第15話 痛みを力に変えた日
「いたたたっ!」
腹部の痛みで目が覚めると、そこはいつもの寝室だった。息をするたびに言葉にできない激痛が私のお腹をノックしていた。
「ふう、ふう、ふう」
立ち上がることもできず、寝たまま痛みの原因である傷を触ると布とテープの感触があって、どうにかなったという安心感と共に昨夜の恐怖が蘇った。
「意識あり、右下腹部に刺し傷」
「大丈夫ですよー。すぐに病院に行きますからねー」
「痛い痛い痛い!」
救急車で病院につくと、すぐに手術室へと運ばれた。このときの私は死ぬことよりも、意識がなくなってしまうことのほうが怖かった。
「注射しますねー」
「待った! それって寝ちゃう? ねえ、意識なくなる?」
「大丈夫ですよー、すぐよくなりますからねー」
「駄目駄目駄目!
「アレルギーとかありますかー?」
「そう! アレルギー! 麻酔とかそういうのは駄目! とにかく、意識がなくなるようなのは駄目!」
「局部麻酔も駄目ですかー?」
「よくわかんないけど、やめて!」
「じゃあ、我慢してくださいねー」
これ以上はグロテスクなので語らないでおこう。思い出しただけで傷が開きそうだ。
兎にも角にも、私は麻酔なしで手術を乗り切った。
医者が言うには、厚手のコートを着ていたことと、厚手の脂肪をまとっていたことが幸いし、皮膚を5針縫っただけですんだという。痛みと疲れで意識が朦朧とするなか、それだけ聞ければ上出来だろう。
「そのあとすぐ気絶しちゃったのか」
なんとか起き上がることに成功した私は、腹部の痛みを和らげようと生理痛の薬を飲んだ。それだけするのに1時間はかかったと思う。
「いたたたたっ。ふう、ふう」
飲んだあとはひたすら寝転がっていた。痛みで眠れず、寝返りもうてず、1分が10分に感じながら昨日の衝撃を
「おい! なにしてんだ!」
「!?」
「その人から離れろ!」
残業帰りか、はたまた飲み会の帰りかは知らないが、通りがかりの勇敢なサラリーマンがいなければ、私は天に召されていたことだろう。
「くそ!」
カガミが逃げてくれて助かった。逃げずにメッタ刺しなんてことにならなくて本当に良かったと思う。
もし、そうなっていたら、私は死んだまま過去へ戻っていたのだろうか。
「大丈夫ですか?」
「いたたたたっ」
サラリーマンの心配をよそに、私はじわじわと押し寄せる腹部の痛みに悶絶していた。
「いたたたたっ」
思い出すとまた痛みがぶり返してきて、布団の中で苦しんだ。
生きててラッキーだった、なんて言うつもりはない。どう考えてもアンラッキーだ。
「くそー、カガミめ。なんてことするの。いったー」
カガミが私のマンションにまで来るとは思いもしなかった。ノートには電話がきて脅されたと書いてあったが、まさか本当に殺しにくるなんて思うわけがない。
それにしても、未来の私はいったい何を考えて住所なんて教えたのだろう。いや、そんなことノートには書いていなかったから、カガミが私を調べたか、もしくは私以外の誰かに教えてもらったのだろう。
そう考えると、電話がきたのも不可解だった。私の電話番号や住所はいったいどうやって手に入ったのだろうか。
「うー、痛いよー」
生理痛の薬はまったく効果がないようで、ズンズンと突き刺さる痛みは時間とともに増している気がしてならなかった。ああ、可哀想な私。この怨みは誰にぶつければいいのか。
「カガミに決まってる」
そうだ、カガミだ。あの男へ倍返ししてやりたい。同じ痛みを味あわせなければ腹の虫が治まらない。
そう思うと、考えもしなかった可能性が1つ浮かんだ。
「まさか……殺されたのはカガミ?」
殺人の容疑をかけられている私にとって、最もあり得そうな答えだった。
でも、本当にそんなことしたいわけではない。殺したいくらいの怒りがあっても、いざという時には絶対に殺せない自信がある。いや、殺したくない自信だ。
人を殺すなんてあり得ない。魚を捌くとか、ゴキブリを殺すとかならまだできそうだが、人を殺すだなんて絶対に無理だ。
「なんなの、もうー」
それとも正当防衛だろうか。このあとの過去で再び私はカガミに襲われ、勢い余って殺してしまうのかもしれない。
しかし、そうなると昨日のカガミが生きているわけがない。なにせ、私以外は自然の摂理に従い、順当に時間を未来へと進めているのだから。
「あー、いたたたたっ」
今日ほど気を失ってくれと思った日はない。人間の身体は意外と丈夫にできていて、このくらいでは気絶も許してくれないらしい。
病院に行こうかとも思ったが、この傷の説明をどうしろというのか。「実は明日の夜に襲われまして」なんて言った日には頭がおかしいと思われて別の病院に入れられてしまう。
それに、今日病院に行っても、次の日も過去だからまた同じことの繰り返しになる。行けるとすれば、未来に戻ったときだろう。
「くそー、それまでこのままなんて絶対無理!」
このときは本当に辛かったが、いまでは笑い話になるくらいには良い体験だったと思っている。2度と体験したくはないが。
「神様の馬鹿! なんでこんな目に合わせるんだー!」
不届き者と叱られようが構わない。天罰が下ろうと構わないから、神様が目の前に現れて欲しかった。もし現れるなら、一発殴ってやる。
「絶対に殴ってやる。これで終わったと思うなよ!」
まるで雑魚が退散していくときの決め台詞みたいだろう? これ、私なんだぜ? 全然主人公っぽくなくないな、私。
「カガミも神様も大嫌いだ!」
お腹に穴が空いているわりには元気だったと思う。これだけ元気があるなら、これからも大丈夫。頑張れ、私!
そうやって一人二役を胸の中で演じていると、オルゴールの音が寝室を和ませた。電話だ。
時刻は午後7時。非通知。カガミだ。
「もしもし」
「お前を殺してやるからな。怯えて待ってろ」
「来てみろバーカ! お前なんか怖くないんだからね! お前は地獄の底でサタンに食われるんだ! その前に私が刑務所に送ってやる!」
それだけ言って電話を切った。ついでにスマホの電源も切った。また電話がかかってくるのが怖いとかそういうんじゃない。私の入眠を妨げて欲しくないだけだ。ただでさえ痛みで眠れないというのに、イタ電みたいに何度も電話されてはたまらない。ただそれだけだ。
「いたたたたっ! うー、傷が開いたなんてことないよね」
それからしばらくしてやっと眠れた。いままでで一番幸せな時間だった。
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