第3話 中学受験
今日の
「なんか今日の服、かわいくない?」
「塾に行くときはファッション雑誌に出ているコーデの真似をするようにしているの。皐月も着てみる」
「バカじゃね」
「ちょっとそのプリント見せて」
真理が見ていた紙をひったくると、それは今日の算数のテストの問題用紙だった。乱雑な字で書き込みがたくさんしてあり、真理がテストに真剣に取り組んでいたことがよくわかった。皐月は真理の頑張りに感動した。
「相変わらずエグイな。こんなの学校で習う算数と全然違うじゃん」
皐月はプリントを取ったついでに、まだ手つかずの真理のサンドイッチも手にとって、真っ先にハムの多いところにかぶりついた。
「後であんたのご飯もらうからね」
問題用紙に何も書き込みがされていないところがあった。それは面積の問題で、自分でも解けそうな気がした。
「ちょっとこの問題やらせて」
「どうぞどうぞ」
真理がニヤニヤしながら皐月を見ている。やりにくさを感じながらも解き始めると、見た目ほど簡単ではなかった。しばらく考えてなんとか解けたが、計算がごちゃごちゃしていたので、解答に自信が持てなかった。
「できた。ちょっと答え見せて」
正解だった。解き方も合ってはいたが、式の立て方が自分のものよりもシンプルだった。別解も載っていたが、皐月にはその式の意味がわからなかった。
「やるじゃん。でもちょっと面倒な解き方したね」
真理に別解の意味を聞くと数学的な解法だと言い、説明を聞くと小学生でも理解できる鮮やかな解き方だった。ただ、この問題はサービス問題らしい。解き方を知っていれば瞬殺できる知識問題は上位校の入試には出ないという。
「皐月は理解早いし、賢いね」
「何だよ、その上から目線の言い方は」
5年生の頃は皐月が真理と話していると、よく受験の話題になった。だが6年生になり同じクラスになると、皐月に受験を勧めてくるようなことはなくなった。
「皐月も中学受験したら良かったのにね」
「なんで過去形なんだよ。今までそんな言い方しなかったのに」
「だってどうせ受験しないでしょ。それに今から受験勉強始めたって、もう間に合わないし」
「……お前、ムカつく言い方するな」
「だって事実だし」
真理は煽られるとすぐムキになる皐月の性格をよく知っている。だが皐月はもう間に合わないと言われたことに激しくショックを受けていた。
「別にいいよ。俺は勉強よりも遊んでいる方がいいし」
「昔から皐月の方が頭が良かったから、もったいないって言いたかっただけよ。本当は勉強好きなくせに」
「好きなことを勉強するのは好きだけど、受験のための勉強なんてダルいじゃん」
「どうせ高校受験で勉強することになるよ。嫌でもやらなきゃならなくなるんだから、やるなら早い方がいいじゃない。どうせ毎日ヒマでしょ?」
確かに皐月は夏休み中、暇を持て余していた。友だちと遊んでいても外は暑いし、部屋でゲームして遊んでいてもたいして楽しくはなかった。
真理が塾に通うようになるまでは皐月の方が勉強ができた。5年生まではクラスで無双していたくらいだ。それが6年生になると真理と同じクラスになり、勉強では負けっぱなしになった。悔しいことにもう一人の女子にも勝てなくて、今じゃ屈辱の3位だ。
「で、受かりそうなのか? 行きたい中学」
「もう全然無理。上の子たちって化け物みたいに頭がいいから、勝てる気がしないんだよね。泣けるわ」
「マジか……」
皐月は学校で真理に勉強で勝てる気がしないから、真理からそんな言葉を聞かされると切なくなる。
「たぶん、私の勉強に対する真剣味が欠けているんだろうね。眠くなったら寝ちゃうし。テストだっていつも時間が足りなくなって、まともな答案を作れない。もう完全に訓練不足だわ。勉強そのものは嫌いじゃないんだけど、タイムアタックみたいな勉強? ていうかバトルからは逃げたくなっちゃう」
「タイムアタックってゲームみたいで面白そーじゃん。それにそんな難しいテストで満点取れたらかっこいいし、気持ちよくね?」
「それが中学受験の問題って満点が取れないようにできているんだよね。メッチャ難しい問題が混ざっていたり、問題が多過ぎて時間が足りなくなったり……。それでも満点を取るような子がいるからたまんない。私なんて今日のテストだって7割取れてないかも。これじゃあ間違いなく落ちる」
「手強いゲームだな。でもそれくらいの方がやりがいがあって面白いじゃん」
「全然面白くないよ!」
真理はサンドイッチの端を食べ始めた。皐月が具のところを先に食べてしまったので、少し怒っている。
二人が一緒に母の帰りを待ちながら夕食を食べていた頃、皐月はいつも好きなものから先に食べていた。真理は美味しいものを後にとっておきたいタイプだ。しばらく一緒にご飯を食べていなかったので、真理のそんな癖が懐かしかった。
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