第19話.憤怒・疑問



 翌日の日曜日。僕は朝食と簡単な日常ルーティーンを済ませてイシュタルの休日にログインした。


『わ!もう野菜だいぶ実ってる!』


 そして昨日耕した畑に既に野菜が実り始めてるのをみて、僕は感動した。もしかして、僕たちが居ない間に水やりしてくれたりした人も居たのかもしれない。


『嬉しいなぁ。後どれくらいで収穫に適したくらいになるんだろう』


 僕は畑にしゃがみ込み、まだ小さく青いトマトを眺める。


『これが、あの苦労の末に出来た努力の結晶………どうしよう、めちゃくちゃ可愛く見えてきた』


 野菜に可愛さを見出したことはなかったが、今、僕の中には育て上げた野菜たちへの愛情が芽生えていた。

 

『今まで“何かを育てる”っていうのは、キャラクターだけだったが、植物も頑張ったぶんだけ愛着が湧くものなんだなぁ』


 このイベントの趣旨は、もしかしたらこうやって実際に農業を体験させて、農業に興味を持ったり野菜を身近に感じさせることなのかもしれない。やっぱり、スタッフに農家出身の人がいるな?


『ぴえ丸さんも、見たら喜ぶだろうな』


 このとき、僕は野菜が育ったことに完全に満足していた。しかし、このイベントは収穫数を競うイベントであり、しかもお邪魔モンスターだって登場する。


 そんなことをすっかり忘れていたのだ。




『…………ん?』


 実った野菜たちを気分良く見て回っている最中に。僕は畑の中に何やら小さい影を見つけた。


『なにか、いる?』


 それはじゃがいも草と同じくらいの背丈しかなく、頭から長い何かを生やしている。知っている姿とは少し違うが、その姿はよくよく見覚えがある。


『暴れウサギに似てる……ということは、あれが【サングラスウサギ】?』


 ちらりと見えたその横顔には、確かにサングラスをかけていたから多分間違いない。そいつは手に棍棒ではなく鎌を持ち、フラフラと畑の中を歩き回っている。


『畑を育てようとする人を攻撃して邪魔をするってことかな』


 呑気にそんなことを思った僕は、気づかれていない今のうちに僕は新しいモンスターの動きを観察しようと、サングラスウサギの行動を見守った。


 その動きに複雑性は特にない。彼らは周囲を警戒しながらズンズンと畝の間をまっすぐ歩き、畑を周回する。

 やがて1つの苗の前でピタリと立ち止まり、ジッとそれを見ている。


 そのとき、背筋にゾワゾワとした嫌な予感が駆け抜けた。


 サングラスウサギの持った鎌が、不気味に光る。


 眼の前には僕たちが一生懸命育てた野菜。


『まさか……』


 僕の頭の中に、一つの考えが浮かぶ。彼らの目的が、プレイヤーへの直接の妨害ではなく、作物自体への妨害も含むとするなら。

 奴らはあの作物たちを……。


『っ…………!やめろ!』


 僕は走った。他のサングラスウサギに見つかることも厭わず。しかし、駆け出した僕の足よりも、その鎌が振るわれる方が早かった。


ーーーザクッ


ポロ……


『っ!!!』


 サングラスウサギはあろうことか、実りかけのナスを鎌で切り落としてしまった。切られた野菜は地面に落ちて、モンスターと同じように煙になって消える。


 その光景に、僕はショックのあまり絶叫をあげた。


『あああぁぁぁ!?』


 しかし大声を出した僕に構うことなく、サングラスウサギは再び鎌を振り上げ隣の野菜も攻撃しようとする。見つかっただけではこちらにヘイトは向かないらしい。

 僕は剣を取り出し、サングラスウサギに向かって投擲する。剣を投げるなんて本来ナンセンスな行為だが、弓を出している時間も惜しいし、とにかく奴の足止めができればそれでよかった。


『何度もさせるかっ!』


【キュッ!?キュキュキュ!!!】


 剣は動揺していたせいか若干軌道からずれたが、ちゃんとサングラスウサギに当たり、やつは野菜からこちらにヘイトを移した。


『絶対許さない!』


 僕はアイテムからもう一つ剣を取り出し、今度は斬りかかる。やつは鎌でそれを受けたが、僕はそのがら空きの胴体を蹴り飛ばし、よろけた身体に再び剣を叩き込む。レベルを十分にあげた剣なら、最初の一撃とその一撃だけで十分だった。


【ギュー!】


 サングラスウサギは煙となって消え、後には奴のかけていたサングラスだけが残る。

 けれどその勝利も、今の僕にはただただ虚しい。だって失ったものは、戻らないのだから。


『僕らのなすびちゃん……』


 僕は実を失った苗を目の前に、がっくりと肩を落とした。まさかプレイヤーではなく、野菜に最優先でヘイトが向いてるなんて思わなかった。

 けれど、これは非戦闘系プレイヤーが楽しくプレイ出来るようにするための仕掛けなのだろう。なんと親切で、なんて卑怯な仕様だ。


『許さない……絶対に許さないぞ……!一匹残らず駆除してやる。わはは、今日はミートパイだ!』


『…………あの、師匠。何怖いこと言ってるんすか?可愛い顔が台無しっす』


『!いちごさん』


 僕が月の精霊のイメージとかけ離れた凶悪な笑い声をあげていると、ログインしてきたばかりのいちごさんがドン引きした様子でやってきた。彼女は昨日は家のことで忙しくイベントに参加していなかったので何が起こっているのかまだ分かっていない。だから僕は彼女にイベントについて教えてあげることにする。

 でもその前に。


『泥棒うさぎの肉はパイとシチューどっちがいい?』


『や、さっぱり意味わかんねーす。そもそも、イシュタルに料理機能はないっすよ。そんなことより!イベントはどうっすか?』


 そうやって暗黒微笑を浮かべる僕を、彼女はバッサリ切り捨てた。いちごさん、ゆるふわお嬢様系に憧れるけど中身はさっぱりしていて、ロールプレイもあまりするタイプではないのでちょいちょい外見と中身のギャップがでてくる。


『(うん、可愛くてかっこよくて、みちるとはまた違った魅力があるよね)』


 渾身のボケをマジレスでスルーされて少し悲しかったが、僕はイベントの進み具合を教えてあげる。

 まぁでも教えるとは言っても、やったことと言えば昨日4時間かけて最悪の雑草刈りから始めて苗を植えたあと、放置してログインしたら育ってたことくらいだ。


『それで、今はこんな感じで順調だよ』


『おっ!いい感じに実ってるっすね!』


『そうでしょう?可愛いよね』


『あんなに農業を嫌っていた師匠に一体何があったんすか……』


 いちごさんはそう言うが、僕は農業は嫌っていない。ゲームシステムを面倒に思っていただけだ。そして今も面倒くさいと思っている。ただこの子達はその苦労の末に生まれた大切な子たちなので愛着が1000倍あるだけなのだ。


『それはあとでキタマリちゃんとゆっくり語り聞かせるとして……』


 僕は再び剣を握り締め、周囲を見回す。


ーーーーーーあぁほらみつけた。


 草と草の間から、僅かだがウサギの耳が見えている。


『まずはこの厄介な害獣をどうにかしないとねぇ』


『だから師匠、顔!顔怖い!』


 僕は大事な作物ちゃんたちを守るため、いちごさんとともに剣を振るった。




−−−−−−−−−−−−




『わ〜〜〜!実ってる〜〜〜!!!』


 お昼ごろにログインしたキタマリさんは、先程よりすっかり色づいた野菜を前にサイドテールをぶんぶん揺らしながら喜んでいる。そして、同じくお昼ごろにログインしてきたぴえ丸さんも、頭上のアホ毛を揺らしながら喜んでいる。ここまで喜ぶ姿を見れば、こちらも野菜泥棒の一件を忘れて思わず、笑顔になれた。


『これ、そろそろ収穫出来そうだよね。僕は農業に詳しくないから、ぴえ丸さんにタイミング見てもらったほうが良いかと思って待ってたんだ』


『えぇ、良いと思います!摘んでいきましょう!』


『よし、なら早速収穫していこう!いちごさんは引き続き僕と一緒にサングラスウサギの駆除ね!』


『わーい!』


『押忍!』


 サングラスウサギたちは野菜が収穫されると目標を見失い、ぐるぐると徘徊するだけになる。そして数分後にはスッと薄くなり消えてしまう。


『き、消えた!?』


『お化け!?』


 その様子に、ゲーム初心者のキタマリちゃんといちごさんが大袈裟に驚く。ゲームプレイヤーにとっては時間経過でモンスターが消えるのはよく見る光景だけど、見ようによっては確かに何もないのに敵が消えるのは不思議かも?


『いや、多分いなくなった演出なだけだと思うよ』


『なんだ。武器屋のお兄さんが意味深だから何かの暗示かと思っちゃった』


『え、もしかしてその線もあるのかな……』


 キタマリちゃんにそう言われて、一瞬考えてしまう。なにせあのお兄さんの存在が本当に謎だから。すべてゲームの都合のためと考えるのは、もしかして良くないのか……?


『アイテム交換したら、なんか情報くれるかもしれないっすから、野菜の納品のついでに武具屋にサングラス渡して来ましょう』


『そうだね。そうしよう』


 いちごさんの提案で、僕たちは村代表として野菜の収穫籠(マジックアイテム扱いなので見た目以上に入ってる)を村長のもとに持っていった。


【おぉ……ありがとう。これはお礼じゃよ】


 そう言って村長がくれたのは、肥料5個と罠3個、イベント限定ポーション6個(これは各々のアイテムボックスに勝手に収納される)だ。アイテムが交換されたことはギルドチャットにて通知される仕組みらしく、これで誰がいつ野菜を交換してどんなアイテムが貰えたか把握できる仕様らしい。


 そして次は武具屋。武具屋のお兄さんはサングラスを渡すと、


【おぉ!これはまさしくヤツの!これは礼だ、好きなの持ってきな】


 と言って、鉄やら黒曜石、オオカミの毛皮といった武器や防具を強化するための素材を選ばせてくれる。


『…………え、それだけっすか?他に何かないんすか?』


 いちごさんが思わず詰め寄るが、NPCにはAIが搭載されていないようで、特にそれ以上話しをしてくれることはなかった。


『なんだか拍子抜けだね。素材も武具作成と強化のためのものばかりだから、特に面白そうなものもないし』


『私はサングラスウサギと戦ってないから素材交換できないけど、無理して集めなくても良さそうだね』


『そうだね。戦わないならいらないものだし』


 これでイベントの流れはこれですべて把握できたと言っていいだろう。


 野菜を育てて、合間に野菜を狙うサングラスウサギを倒してドロップしたサングラスで武具素材回収。そして実った野菜を回収して村長に渡し、より野菜を育てやすくアイテムを貰う。看板に書いてあった通りの遊び方だ。


 僕達は日課をこなすため一度イベントエリアから出で、いつもの村へと戻る。


『さて、これからどうしようか』


 そろそろ僕も決めなければならないだろう。今まではキタマリちゃんの熱意に押され、育てた野菜への愛着で今日もイベントに参加していたが……果たして、このままイベントに参加し続けるべきだろうか?


 正直このイベントがそこまで楽しいかと聞かれたら「うーん」っという感じだし、そもそも僕の考える「みちる最強かわいい計画」には少しも関係がない。貰えるのはそこまで高レアの素材でもないし、何より農作業しているみちるの姿が可愛いかと言われたらちょっと僕のイメージとは違う。

 もし辞めるなら早いうちにそう伝えておいたほうが、キタマリちゃんのショックも薄いだろう。


『ねぇ、キタマリちゃん』


『うん?何?』


『あのさーーー』


 僕は勇気をだして、自分の考えを話す。彼女の赤い瞳は大きく見開かれ、悲しげに揺らいでいた。






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