Episode1 勇者になった弟が連れて帰ってきた女が気に入らん!(「勇者、故郷に帰る。」シリーズ8作目)
俺には十歳年の離れた弟がいる。
両親は俺が十九歳、弟が九歳の時に、流行病によって相次いで亡くなってしまった。
それからというもの、俺たち兄弟は二人で生きてきた。
だが、俺が二十八歳、弟が十八歳の時だった。
突然、魔王を倒すための修行の旅に出ると言い出した弟は、俺が止めるにも聞かずに家を出て行ってしまった。
噂に聞く魔王はそれはそれは恐ろしい存在であるらしいが、さすがに俺たちが暮らしている片田舎の村までは侵略の手が及んではいなかったし、何より俺自身、弟がいないと困るからずっと一緒に暮らしたかった。
しかし、弟は「世の平和を脅かしている魔王のことだけじゃない。いろんな意味で、このままでは駄目なんだ」と、俺の手を振り払い、旅立ってしまったのだ。
※※※
弟がいなくなってから、五年ばかりの月日が経った。
魔王が勇者の手によって倒されたという知らせが、俺の村にも届いた。
しかも、その世界を救った勇者とやらは、他でもない俺の弟であると!
弟は国王陛下から賜った巨額の報奨金とともに村に帰って来ると!
そればかりか、すでに結婚していた弟は嫁を連れて村に帰ってくると!
これには本当に驚いた。
名誉に金、さらには嫁とは……驚きがトリプルで畳みかけてくるとは、誰に予測できたであろうか。
だが、嫁に関しては、結婚する前にたった一人の兄である俺にちゃんと会わせて、俺の許可を貰ったうえで結婚するのが筋じゃないかと、少しばかりモヤモヤせずにはいられなかった。
けれども、俺のたった一人の弟が……それも勇者になるという、この上ない栄光を手にした弟が選んだ女なのだから、きっと最上級に素晴らしい女なのは間違いない。
どれほど美人で可愛くて、どれほど優しく慈愛に満ちた嫁を弟は連れて帰ってくるのだろう?
その嫁に「お義兄さん」と可憐な声で呼ばれ、一つ屋根の下で暮らしていくことを想像した俺の胸は期待で膨らまずにはいられなかった。
※※※
待ちに待った弟が故郷へと……たった一人の兄である俺の元へと帰ってきた。
勇者、故郷に帰る。
そして、その傍らには嫁。
が、しかし……嫁というか、弟の傍らにいる女は俺が抱いていた想像図とは大幅に乖離していた。
醜女ではないも、十人並みの容貌に少しばかり美点を足した程度であり、誰もが目を奪われるほどの美女とは言い難かった。
手放しで優れているとは言えない容貌には目を瞑るとしても、何と言うか全体的に蓮っ葉な雰囲気で、品も感じられず……例えるなら、場末のいかがわしい荒んだ飲み屋にいるような女だ。
外見に明確な不潔要素があるわけではないも、全体的に薄汚れたニオイを漂わせているかのごとき女だ。
聞けば、女には身寄りもないとのことで、もちろん身分や財産などあるわけなどなかった。
弟と同い年、すなわち二十三歳とのことでもあったが、目の据わり方を見ればそれ以上に見えた。
世の中のことを、そして男と女のことも知り尽くしている……そう感じさせずにはいられなかった。
この女が弟の嫁? 俺の義妹?
もっと他に選べたろう?
俺は何も、王女とか貴族のご令嬢とか、身分はなくとも絶世の美女とかをモノにして欲しかったわけじゃない。
せめて、普通の女を……こんな女じゃない女を嫁に選ぶべきだった。
いや、今からでも選び直すべきだ。
※※※
俺の考えというか計画に、村の奴らも全面的に賛同ならび協力してくれるものだと予想していた。
皆が声を揃えて、「あんたは勇者の隣で、妻としているべき女じゃないよ。だから、早く元の古巣に帰んな」と言い、女を俺と弟の家から追い出してくれるものだと。
でも、村の奴らの反応も俺の予想とは大幅に乖離していた。
「まあ確かに……最初見た時は、妙に玄人っぽい雰囲気の女だとは思ったけどさ。弟本人が選んだ女なら祝福してやれよ。あいつは小さい時から本当に苦労しっぱなしだったんだから……それより、お前、仕事は……」
「そりゃあ、目の覚めるような美人ってわけじゃないけど、村に馴染もうとして、私たちにもいろいろ気遣って声をかけてくれるし、いい娘(こ)じゃないか。男も女もあまりにも育ちや身分が違うと大変だよ。それより、あんた、そろそろ仕事は……」
サンプルとして二例ほど、牛乳配達人(男)と花屋(女)の意見を紹介したが、他の奴らもかねがね同意見だった。
俺以外の村の奴は、あの女を勇者の嫁として認め、この村の一員として受け入れる気なのだ。
こんなことがあっていいのか?
よくよく思い出せば、弟は帰郷するなり、国王陛下から賜った報奨金の三分の二近くを村へと寄付していた。
「ちょっとばかりのおこぼれをくれてやるならまだしも、やりすぎだろ」と俺が後から文句を言うと、「父さんと母さんを亡くしてからというもの、村の皆が見守ってくれていて、何かあると助けてもくれたんだ。だから、せめてもの恩返しをしたかったんだよ」と言っていた。
あれはもしかしたら、女の差し金だったんじゃないのか?
村の奴らに自分を認めさせるため、あの女が弟を唆して巨額の賄賂を贈らせたに違いない。
※※※
俺は女が外出している時を見計らって、弟に直接、聞いてみることにした。
もしかしたら、体の相性が良かったという単純でありつつも重大な理由なのか?
そうなると、あの女の元・玄人説がますます高まってくるも、薄汚れた雰囲気の女が繰り出す、世慣れた口の技や手の技やその他諸々の性の技に、初心な弟はねっとりと絡めとられてしまったのかもしれない。
「自身の手で運命を切り開き栄光を掴んだお前なのに、なんでよりもよって、あんな女を選んだんだ? 勇者になったお前なら、あんな品のない安っぽい女じゃなくて、もっと競争率の高い女だって選べたろう?」
呆れ顔の弟は、深い溜息を吐いた。
兄である俺の助言を聞き入れる気はないらしい。
「なんだよ、競争率って……別に恋愛は競争じゃないだろ。それよりも兄さん、もう、いい加減に……」
「”その話”は後だ! お前はなんで、あの女を選んだんだ?」
「好きだからだよ。だから、一緒になりたいと思った。それ以外に何の理由があるんっていうんだ?」
弟は質問に質問で返してきた。
駄目だ。
もう完全にあの女に取り込まれてしまっている。
そうこうしているうちに、あの女の腹がデカくなって、可愛くもないガキをポロポロとひり出し続ける展開になるかもしれない。
俺たちの家は、恥知らずな寄生虫どもの棲み処となってしまう。
そうなる前に俺が追い出してやる……!
※※※
ついに俺は、女と直接対決することにした。
いろいろと策を弄したり、周りを固めようとするより、正面切ってこの家から出て行ってもらうのが一番早いし、一番確実だ。
お前のような女は、勇者になった俺の弟の嫁にふさわしくない。
俺だって、たった一人の弟の人生をお前みたいな女に食い物にされたくない。
だから、弟と別れてこの家を出て行ってくれ、といったことを俺は女に伝えた。
女は黙って俺の話を聞いていた。
だが、聞き終えたその顔には嘲笑を浮かべていた。
「いやだ、お義兄さん、今の話って本気で言ってます? 私が大して美人じゃなくて身分も学もなくて、育ちが良いとは言えないのは事実ですよ。でも、お義兄さんもお義兄さんで、『たった一人の大切な弟』とか連呼しているわりには、その弟のことを本当に大切にしているって言えます? …………私、村の人たちからもお義兄さんのことを色々と聞いてるんですよ。十歳も年が離れた兄弟なのに、弟の面倒を見るどころか、まだ幼い弟ばかりを働かせたうえに家事までさせて、自分は定職にもつかず、亡くなったご両親が残してくれた遺産を食い潰しつつ、無駄に年だけを食いながらブラブラしてるだけの人だって……お義兄さんって、言葉と行動が違うにも程がありますよね?」
女はなおも続ける。
「口で立派なことを言うだけなら、誰にだってできますよ。私、村の人たちからだけじゃなくて、あの人からも事前にお義兄さんのことを聞いていたんですよね。あの人が故郷に帰って暮らしたいって言った時、私、言いましたもん。『故郷に戻っても、絶対に同じ日々が繰り返されるわよ。あなたの兄さんは、人に寄生して生きていくばかりの人だと思う。その相手が本来守るべき存在であったとしてもね』って……けれども、あの人は言いましたよ。『でも、兄さんを放ってはおけない。どんな兄さんであっても、俺のたった一人の兄さんなんだから』って…………本当に家族を大切に思っているのは、一体どっちなんだか」
俺の顔に熱が集まってきた。
拳もブルブルと震え出した。
「別に仲良くやっていこうとかは思っていないですけど……私たち夫婦のことに口を出すのは金輪際止めてくださいね。私たちは別にお兄さんに認めてもらうために夫婦になったわけじゃないんですから。私があの人と結婚したのは好きだからですよ。だから、一緒になりたいと思った。それだけ……っ……!」
俺の両手は自分の両耳ではなく、女の口でもなく、女の首へとかかっていた。
眼前の女の口からはみ出た舌がもがく様を、俺はどこか遠くで見つめていた。
(完)
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