4.取り残された者たちは
柴本から連絡が途絶えて、すでに3日が過ぎている。
おそらく何かトラブルにでも巻き込まれたのだろう。残されたわたしたち、便利屋シバモト合同会社の社員3人はそう考えている。とても残念なことに、そこそこの数の心当たりがリストアップできた。あの男は人望もある分、恨みも人並み以上に買っているのだ。
『こちらにも新しい情報は入ってきていない。あまり力になれなくて申し訳ないね』
ディスプレイの向こうで
いやまぁ、そんなことじゃ困るんだけどね!!
さておき、他に沢山の案件を抱えているなか、わたしたちというか柴本のために時間を
『それにしても、那由多くんの追跡も振り切られてしまうとはね。君のことだ、あいつの端末に何か仕込んでいたのだろう?』
ちょっと答えづらい感じの問いを向けられ、ええまぁ、と何となく言葉を返したものの、どうにも気まずい。柴本が勝手にいなくなるのはこれが最初ではない。何かあったときのために位置情報を追跡するアプリを仕込んでいる。が、現在、あいつが持つ複数の端末のいずれも、追跡不能な場所にあるようだった。電源を切られているか、壊されているか。それにしても、全てダメになるとは想定外だ。ああ、一体何が起きているのか――
『それにしても、困ったものだね』
柳警部の柔らかな声音に、少しだけ心が落ち着きを取り戻す。わたしが何か返すより先に、ディスプレイの向こうから『いやまったく、ヤツは本当にロクなことしませんね』と渋い声質に幼いセリフ。『こらっ!』それを柳警部が
ふたりとも、柴本とは長い付き合いだと聞いている。柳警部と柴本は同じ年で、学生時代には男女の仲だったこともあったらしい。焼けぼっくいに火がつく気配はまったくみられないものの、仕事仲間としてのつながりは健在だ。腐れ縁と言ってもいいかも。
瀬畑巡査は幼い頃に、柴本と同じ武術道場に通っていたと聞いているが、詳しいことは知らない。というのも、過去に何かあったようで、憎んで遠ざけているようにしか見えないのだ。柴本の方は瀬畑巡査と仲良くしたそうな雰囲気を見せているが、日頃のウザ絡みを見る限りは難しいだろう。
『どうか悪く思わないで欲しいんだ。口ではツンケンしているけれど、実際に足を運んで調べてくれたのは瀬畑なのさ』
上司によるフォローに『課長っ! おれは別にそんな――』と言い訳じみた抗議の声がつづく。いつもながら上司と部下というよりお姉ちゃんと弟のようにしか見えない。柳警部は人間、瀬畑巡査は犬狼族と、実際は種族すら違うのだが。
文句を言い続ける瀬畑をスルーし、柳警部は柔らかくよく通るメゾソプラノで
『今のところ、事故その他の報告は入っていない。また何かあったら連絡するよ』
本当にありがとうございます。通話はそこで終了した。
入れ替わりに、今度はブッチーからの通話申請。ウタさんと一緒に柴本の行方を聞いて回ってもらっているところだ。
通話をONにする。おつかれさま。何かあっ『大変ッスよ那由多くん! 師匠のケータイ端末が見つかったッス!!』
えっ? ひやりと冷たいものが、背すじを走った。
『拝渕くん、言葉を省略しすぎだ。ああ、すまないね
地図アプリを立ち上げて位置情報を確認。ここから直線距離で6キロ程度。海のすぐ近くにある駅だ。
『ボスの目撃情報を追っていたら、この駅に辿り着いた。ロッカーに荷物を預けていてね、鍵はコンビニの店長から渡されたんだが、中には電源を落とした状態の端末が入っていた』
本人は? わたしが問うとウタさんは続けて
『端末を預けてすぐ、どこかに行ったらしい』
『スイッチは普通に入るッスね。バッテリーも残ってる。師匠のことだから、パスワードはきっと簡単なやつに決まってるッスね』
ブッチー、それ微妙に悪口っぽくない?
『那由多くんは何だと思うッスか?』
んー、誕生日が8月31日だから、0831かな。いやでもさすがにそこまで簡単だったりは……
『開いたッス』マジで!? 思わず作業机の上に突っ伏した。
『んー、えっちな動画と画像ばっかりッスね』
『拝渕くん、そこはあんまり見ないであげようか』やはり男同士、何か思うところがあるらしい。特にコメントはしないでおこう。
『で、何ッスかね、この"くさらさま"って?』『怪しい宗教か?』
えーっと、どれどれ? ふたりの会話に混ざるべく、まずは話題の中心にある柴本の端末に遠隔で侵入。電源が切られていなくて、電波の圏内にあればこれくらいのことは
一.くさらさまを
一.くさらさまを
一.くさらさまを
一.くさらさまをお返しすることなかれ
なんだこれ、民間信仰のたぐいかな? でも、聞いたことがないよね。端末の向こうで首をかしげているようで、「うーん」と困惑した感じの声が聞こえてくる。
『怪しい宗教に引っかかったんスかねぇ?』
『それは考えにくい。ボスは怪しい儲け話には引っかかるクセに、こういうのは結構見抜くからな』
どうだろう? 数年前には高額の報酬にだまされてヘンな儀式の生け贄にされかけてたからなぁ。
『そんなこともあったッスねぇ』
『そうなのか!?』
あのときはブッチーの助けがあったから、間一髪で柴本を救い出すことが出来たっけ。そんな話は始めて知ったとばかりに、ウタさんは驚いたように声を上げた。
『どうした?』『何かあったんスか?』
つい漏れてしまった独り言に、ふたりが反応する。"死亡者リスト"なるタイトルのブログには、沢山の人のプロフィールが書き連ねてあった。
氏名、種族、性別、住所、享年、死亡理由。誰が、どうしてこんなものを? よく分からないリストをスクロールダウンし――えっ!? また、言葉を失うことになった。
『今度は何ッスか?』
リストの一番下には、よく見知った、そして現在捜している名前を見つけることが出来た。
氏名:柴本光義 種族:犬狼族 性別:男
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