家庭教師は強キャラです
──試合が終わり、庭には静けさが戻りつつあった。
姉さんとカトリーヌは向かい合い、しばらく無言で息を整える。
言葉は交わさなくても、視線だけで十分伝わるものがあった。
「やるじゃない。」
息を切らしながら姉さんが言う。
握った木剣は汗で滑りそうだったが、どこか満足げな表情だった。
「お嬢ちゃんもなかなかのもんだな。こんなに楽しめるとは思わなかったぜ。」
カトリーヌが肩を叩いて疲れをほぐす。
……その拍子に、彼女の胸が大きく揺れた。
姉さんの視線が、一瞬釘付けになる。
「……そこだけはどうしても許せない。」
低く呟いた姉さんに、カトリーヌがニヤリと笑いかける。
「ん? 何か言ったか?」
わざと胸を張り出しながら、挑発するような動き。
姉さんの目がピクリと釣り上がる。
「……別に。」
つまらなそうに木剣を鞘に収めるが、その手つきがどこかぎこちない。
「まあまあ、こればっかりは仕方ないだろ?」
カトリーヌが自分の胸を叩きながら、軽く笑った。
「天からの贈り物ってやつさ。」
「……不公平よ。」
姉さんが小さく呟く。
「不公平って?」
カトリーヌが胸を指差して、さらに煽る。
「これかい?」
「もういいわ!」
姉さんは肩に木剣を担ぎ、ぷいっとそっぽを向いた。
だが、唇の端にはわずかに笑みが浮かんでいる。
「はいはい、お疲れさん! またいつでも相手してやるよ!」
カトリーヌが高らかに笑い、その場を後にする姉さんを見送った。
──そんなやり取りを遠くで見ていた僕は、ポツリと呟く。
「姉さん……あれだけ怒るのって、やっぱりそこなんだよな……。」
隣にいた兄さんが、軽く肩をすくめながら言った。
「まあ、仕方ないさ。あればかりはね。」
僕はニヤリと笑い、ふと思いついて姉さんを見た。
「それで思い出したけど、姉さん。あの技名……」
姉さんの背中を追いかけながら、僕は叫ぶ。
「ねえ、『ベルベット・テンペスト』って、あれ一体どこで思いついたの? 鏡の前で練習したの?」
ピタッ。
姉さんの足が止まり、ゆっくりとこちらを振り返る。
「何よ、その顔。ふざけてるの?」
「ベルベット・テンペストォォ!!!」
僕は木の枝を振り回し、わざとらしく大声を上げながら渦巻くような動きを見せた。
──その瞬間。
姉さんの顔が、一気に赤くなった。
「アーサーッ!!!」
ドゴォン!!!
「ぐはっ!!!」
頭に衝撃が走り、僕はその場に崩れ落ちる。
目の前がグルングルン回る……!!
「ちょっ、待って!! 本気で殴ったでしょ!? いてぇぇ!!!」
悶える僕を見て、カトリーヌが大爆笑する。
「ハッハッハッ!! お前、バカなのか? 挑発するにしても加減を考えな!」
「そっちが言う!?」
涙目でカトリーヌを睨む僕。
だが、その言葉は父さんの低い声に遮られた。
「もういい。屋敷に戻るぞ。」
父さんの一言で、空気が引き締まった。
母さんが「お疲れ様」と微笑み、みんなが自然と屋敷へ向かい始める。
僕は頭を押さえながら立ち上がり、横目で姉さんを見る。
……睨まれていた。
その横で、カトリーヌが堂々と胸を張りながら歩いていく。
屋敷に戻ると、レナが元気よく案内する。
「こちらがリビングになります、カトリーヌ様。どうぞおかけください!」
「ふぅ、なかなか居心地のいい空間だな。」
カトリーヌはソファにどっかりと腰を下ろし、満足げに辺りを見渡した。
父さんが椅子に座りながら穏やかに口を開く。
「さて、カトリーヌ。こうして家に迎えるのは久しぶりだな。改めて自己紹介を頼む。」
「そりゃそうだな。」
カトリーヌは軽く肩をすくめ、堂々と前に出る。
「カトリーヌ・エリス。年齢は……まあ、聞かないでくれ。昔はラルフさんやフローレンスと一緒に冒険してたが、今はアーサーの家庭教師として来た。よろしく頼むよ。」
父さんは微笑みながら頷いた。
「お前なら、アーサーにとって良い師になるだろう。それでは、他の者たちも改めて自己紹介を。」
姉さんが一歩前に出る。
木剣を腰に手を置きながら、どこか警戒した様子だった。
「ソフィー・クリーヴランド。13歳よ。剣術をやってるわ。よろしく……一応ね。」
続いて兄さんが、穏やかな笑みを浮かべながら一礼する。
「クリス・クリーヴランド。11歳です。普段は本を読んでいることが多いですが、よろしくお願いします。」
そして、僕の番だ。
少しだけ気取って前に出る。
「アーサー・クリーヴランド。7歳。魔法がちょっと得意だよ。これからよろしくね。」
その言葉に、カトリーヌが思わずクスッと笑った。
「7歳にしては、ずいぶん落ち着いてんな。」
「よく言われるよ。」
僕が飄々と答えると、カトリーヌは満足そうに腕を組んだ。
「私はレナです! メイドやってます! 楽しいこと大好きなんで、何でも気軽に言ってくださいね!」
元気いっぱいの自己紹介に続いて、カレンが静かに一礼した。
「カレン。護衛を担当しています。」
その声に、カトリーヌが反応する。
「カレンか……随分と真面目になったな。」
「相変わらず奔放なご様子で。」
カレンが淡々と返し、カトリーヌはニヤリと笑う。
「お前たち、冒険者時代からの知り合いだったな。」
父さんが微笑みながら言い、厨房の方へ視線を向けた。
「ゴドフリーのことも知っているだろう。」
「ああ、忘れるわけないね。」
カトリーヌが懐かしげに笑う。
「あいつの豪快な声、相変わらずだろ?」
「元気すぎるくらいにな。」
父さんが肩をすくめ、部屋全体に和やかな空気が広がった。
自己紹介が終わり、リビングは和やかな雰囲気に包まれていた。
家族とカトリーヌの会話は弾み、冒険時代の思い出や、日常の話が次々と飛び交う。
──そんな中、カトリーヌが僕を見てニヤリと笑った。
「でさ、どうする? 今からちょっと教えてみようか?」
「えっ、嫌だよ!!!」
即答。全力で首を振る僕。
「アーサー。」
母さんが優しく微笑みながらも、軽くたしなめる。
すると、姉さんと兄さんが揃って肩をすくめた。
「さっき散々言ってたけど、ちょっとは教わるべきじゃない?」
「そうそう、姉さんの言う通り。せっかく来てもらったんだし。」
みんなが揃って「当然のこと」みたいな顔をしてくる。
そんな中、カトリーヌが手を叩いて笑った。
「ほら、甘やかすなって! こういうのは最初が肝心なんだからさ。」
──すると、なぜかレナが目を輝かせた。
「その通りです!!!」
「……え、なんでレナまでそんなに乗り気?」
僕が呆れながら見ると、レナは胸を張ってニッコリ。
「だって、教えてもらえるなんて最高のチャンスじゃないですか! ここでびしっと学んでおくべきです!」
「いやいやいや!! 今じゃなくていいってば!!!」
全力で手を振る僕。
このままだと押し切られる──本能的にそう悟った僕は、何とかして逃げる方法を考えた。
「あっ、そうだ!! 思い出した!!!」
急に声を上げる僕に、カレンが軽く首を傾げる。
「……何を?」
「片付け!!!」
「……片付け?」
「そうそう! 部屋の本棚がぐちゃぐちゃになってて!! それ、どうにかしないと!!」
適当すぎる理由をひねり出し、椅子から立ち上がる。
姉さんがジト目で僕を見た。
「……珍しいわね。あんたがそんなこと言うなんて。」
「いやー、僕もやるときはやるんだよ!!」
ニヤリと笑いながら、僕はすかさずリビングのドアへ。
「じゃ、片付けに行ってくる!! あとは任せたよ、みんな!!!」
全力で言い放ち、そのまま脱兎のごとくリビングを飛び出した。
アーサーの去っていく背中を見送りながら、ソフィーが呆れたように言った。
「……逃げたわね。」
クリスが肩をすくめて微笑む。
「うん、完全に逃げた。」
フローレンスはティーカップを口に運びながら、静かに微笑んだ。
「相変わらず分かりやすい子ね。」
レナが勢いよく頷く。
「はい! 間違いなく逃げました!!」
カレンがわずかに息をつき、冷静に言葉を添えた。
「ご自分のペースを守るのは結構ですが、もう少し向き合ってほしいですね。」
カトリーヌがそのやり取りを見て、大声で笑う。
「おいおい、これがいつもの光景ってわけか? まだよく知らねえけど、ちょっと興味出てきたぜ。」
ラルフが椅子に深く腰掛け、軽く手を上げた。
「さて、そろそろ屋敷を案内しようか。カトリーヌもまだ慣れていないだろう。」
一同が立ち上がり、カトリーヌを屋敷へ案内し始める。
──その頃、僕はすでに自分の部屋に戻っていた。
机の上の小さな人形を手に取り、軽く息をつく。
土魔法を使うと、指先に呼応するように土が滑らかに形を変え、フェンリルの彫像が徐々に姿を現していく。
(……とんでもない人が来たもんだ。)
リビングでの一幕を思い返す。
挑発的な笑みを浮かべたカトリーヌの顔が脳裏に浮かび、無意識に息を吐いた。
(あの豪快な笑い方に、余裕たっぷりの態度。どこをどう切り取っても厄介すぎる。)
土を練りながら、彼女の実力を思い出す。
手加減なし、強さも桁違い。完全に面倒な相手だ──と思いつつ、胸の奥にわずかな焦りが混じっていた。
指を止め、ようやく完成したフェンリルの彫像をじっと見つめる。
毛並みの一本一本まで精密に仕上がった造形に、少しだけ満足感が湧いた。
(やっぱ魔法って便利だな。何でもできそうだ。)
──そのとき。
ドン、ドン、ドンッ!!!
廊下からやたらデカい足音が響いてきた。
「アーサー様、失礼します。」
扉越しにカレンの落ち着いた声が聞こえ、続いてノックの音。
「……なに?」
警戒しつつ返事をすると、扉がゆっくり開いた。
「おい、坊や! さっきはよく逃げたな!」
カトリーヌが満面の笑みで ドカドカ と入ってくる。
まるで自分の部屋のような堂々っぷりだ。
「ええ……来たのか。」
彫像を軽く一瞥し、彼女の勢いにうんざりしながら顔をしかめる。
カレンが後ろから顔を出し、苦笑しながら言った。
「カトリーヌさん、ここはアーサー様の部屋なんですから、ほどほどにしてください。」
「ほどほどって何だよ。まだ何もしてないだろ?」
カトリーヌはケラケラ笑いながら部屋を見回す。
「あなたのことだから、何かやらかしそうな気がするんです。」
カレンの口調には、親しい間柄特有の柔らかさが混じっている。
「何もしないってば!」
──とか言いながら、明らかに “何かやる気” 満々な動き。
(……なんでこうなるんだよ。)
心の中でため息をつきながら、カレンとカトリーヌのやり取りを聞き流した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます