剣と魔法が交わる庭

カレンが騒ぎを聞き急いで門へ向かうと、異様な気配が漂っていた。


姉さんとカトリーヌがにらみ合っている。


「カトリーヌさん、またこんな形で現れるんですね。」


カレンはため息をつきながら言う。


「お、カレンか!相変わらずきっちりしてんな~。」


カトリーヌは軽く挑発しながらカレンを見た。


「久しぶりなのに、それが挨拶ですか?」


カレンが首を振り、二人の間に歩み寄る。


「ソフィー様、何があったんですか?」


姉さんは険しい表情でカトリーヌを睨む。


「この人、私の剣の腕前を侮辱したのよ。」


カトリーヌはニヤリと笑う。


「いや、剣の話なんてしてねーよ。振り回してるだけじゃ何も変わんねーって、そんだけの話だ。」


姉さんが眉をひそめると、カトリーヌは肩をすくめて言う。


「聞いてなかったんなら、まぁ仕方ねぇけどな。」


カレンは二人の間に腕を広げて立ちはだかる。


「お二人とも、落ち着いてください。こんなところで争う必要はないでしょう。」


「無理よ。私はこの人に剣の意味を教えないと気が済まない。」


姉さんはカレンを無視して木剣を握り直す。その目は決意に満ちている。


カトリーヌは笑みを浮かべ、肩をすくめる。


「こんだけ熱くなってんだから、引き下がれないだろう?」


カレンが頭を抱えたその時、足音が遠くから響いてきた。


「一体どうしたんだ、ここで?」


現れたのは父さん、その後ろに母さん、兄さんが続く。


「父さん、母さん!」


姉さんが振り返り、僕は少し安心した。


「随分賑やかじゃないか。」


父さんは二人を見渡し、状況を確認しようとする。


母さんは静かに尋ねた。


「カレン、一体どういうこと?」


カレンは頭を下げて、簡潔に説明を始める。


「カトリーヌさんがいらした際、少々言葉が行き過ぎて、お嬢様が――」


「少々どころか、大いに問題よ!」


姉さんがカレンを遮る。


「ですが、落ち着いて考えれば――」


カレンが説得しようとするが、姉さんの視線はカトリーヌに固定されていた。


剣を構えたその姿に迷いはない。


「ソフィー、あなたまでこんな無作法なことをしてはだめよ。」


母さんが注意するが、姉さんには届いていないようだ。


その時、再び足音が響き、レナが息を切らせて駆け寄ってきた。


「な、何が起きてるんですか!?大声が聞こえたので!」


(やっとみんな来てくれた……助かった。)


僕は一歩下がって家族を見つけ、胸を撫で下ろす。


(どうせ姉さんが火種を撒いたんだろうけど、これで誰かが止めてくれる……自分じゃ無理だよ。)


父さんや兄さんがこの場をなんとか収めてくれるのを、祈るような気持ちで見守っていた。


僕の目の前で、姉さんがカトリーヌに向き合い、木剣を握りしめていた。


顔には鋭い気迫が漂っている。


一方、カトリーヌは相変わらず楽しげで、余裕たっぷりの表情を浮かべている。


「カトリーヌ、少し静かにしてくれないかしら。」


母さんが厳しく言うと、カトリーヌは一瞬目を細め、すぐに肩をすくめて軽く笑った。


「静かに?心配すんなって。アタシ、何もしてねえよ。」


挑発的な口調だが、母さんは表情を崩さず、じっと見つめる。


父さんが溜息をつき、姉さんに目を向ける。


「ソフィー、お前はどうしたいんだ?」


姉さんは迷いなく言った。


「決まってるわ、父さん。ここでしっかり勝負をつける。それだけよ。」


その言葉に兄さんが口を挟む。


「姉さん、待って。こんな争い、無意味でしょ?冷静になって――」


「うるさい!」


姉さんの鋭い視線が兄を射抜く。威圧感に押されて、兄さんは一歩後退した。


(うわ……兄さん、気の毒だな。)


僕は心の中で呟く。


父さんは姉さんとカトリーヌを交互に見ながら、短く息をつく。


「もういい。ここまで来たら、二人を止めるのは無理だな。模擬戦で終わりにするぞ。」


母さんが目を伏せ、首を振りながら小さく溜息をつく。


「全く、どうしようもないわね。好きになさい。」


父さんがカレンとレナに視線を向ける。


「準備を頼む。庭を使え。」


「かしこまりました。」


カレンは毅然と応じ、一瞬カトリーヌを見た。


「ご主人様方にご迷惑をおかけになりませんように。」


軽く頭を下げて、優雅に立ち去る。


レナも深々と頭を下げ、慌ただしく動き出す。


カトリーヌはその様子を見て、大きなあくびを一つこぼした。


「準備?そんなに大掛かりにしなくてもいいんだけどなぁ。」


僕は肩を落としている兄さんを見た。


「まあ、頑張って。」


軽く言うと、兄さんは無言で首を横に振り、深く溜息をついた。


「姉さん相手じゃ、止める気力もなくなるよ……」


その一言で、場の空気が少しだけ和んだ。


「はぁ……本当に、なんでこうなるんだ。」


庭の模擬戦の準備が進む中、姉さんとカトリーヌ、そしてその周囲の雰囲気をただ見守るしかなかった。


庭の準備が進んでいる間、カトリーヌは腰に手を当て、母さんと父さんの前に立っていた。


姉さんが柔軟体操をしているのを横目で見ながら、カトリーヌが少し困ったような顔をしていた。


「カトリーヌ。」


母さんが静かに声をかける。その目には叱責よりも、事情を聞きたいという気持ちが滲んでいた。


「あぁ、もう怒んないでくれよ。」


カトリーヌは手を振りながら母さんを見た。


「悪かったって。ほんと、大したことじゃねぇんだよ。ただ、面白そうだったからついちょっかい出しただけだ。」


「あなた、いつもそうやって問題を大きくして、楽しんでるだけじゃないの!」


父さんは苦笑しながら、カトリーヌを軽く睨んだ。


「お前、昔から変わらないな。面白そうだってだけで首突っ込んで、いつも騒ぎを大きくして。」


「まあ、ラルフさんには散々世話かけたな。」


カトリーヌは肩をすくめながら、まるで気にしていない様子で笑った。


「でもさ、アタシ、退屈が一番性に合わねーんだよ。」


「退屈が嫌いって、今それじゃないでしょう!」


母さんが少し声を張る。


カトリーヌは一瞬黙ったが、すぐに片手を挙げて降参のポーズを取る。


「アーサーのために呼んだのよ。」


母さんが冷たい声でカトリーヌを見つめる。その眼差しには呆れと苛立ちが交じっていた。


僕はそのやり取りを横で見て、居心地の悪さを覚えた。


「あの子を導いてくれることを期待して、あなたを迎えたの。それがどうしてこんな騒ぎになったの?」


カトリーヌは顔をしかめたが、すぐに苦笑いを浮かべた。


「……あぁ、悪かったな。でもな、アタシだって色々考えてるつもりだぜ?」


「考えた結果がこれなら、先が思いやられるわね。」


母さんが呆れたように言うと、父さんが手を上げて間に入った。


「まあまあ、フローレンス。これ以上は言わないでやれ。カトリーヌなりに反省してるだろ。」


父さんがそう言うと、カトリーヌがにやりと笑った。


「さすがラルフさん、分かってるねぇ。」


軽い口調だが、どこか憎めない響きがあった。


その様子を見て、僕は静かに思った。


(確かに僕のために呼ばれた人だけど……どう見てもただの変わり者にしか見えないな。)


父さんが息をつき、カトリーヌに向き直った。


「ただし、これ以上余計なことはしないでくれ。本当に頼むからな。」


「おう、任せとけって。何も心配すんな。」


カトリーヌは軽くあしらうように答えたが、どこか安心感も漂っていた。


その時、カレンが近づいてきた。


「準備が整いました。そろそろお呼びしてもよろしいでしょうか?」


「ああ、分かったよ。」


カトリーヌは伸びをしてから、ちらりとカレンに目を向けた。


「相変わらずテキパキしてんな、カレン。お前、ホントに頼りになるよ。」


「当然です。」


カレンはそれだけ言うと、一礼してその場を後にした。


カトリーヌはあくびをしながら、姉さんが待つ場所へ向かう。


(こんな時にあくびかよ、どんだけマイペースなんだよ)


呆れながらも、彼女たちを見守った。


(他人の魔法を戦いで見るなんて初めてだ。どんな光景になるんだろう……)


僕はその場に立ち尽くし、戦いの始まりを待った。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る