彼女と僕と、トランプと未来
柔らかな陽光が屋敷の中庭を照らし、木々の葉が少しずつ色づき始めていた。
心地よい秋風が窓を揺らし、外では鳥のさえずりが響いている。
家族の集う食卓で僕は椅子に腰掛け、姉さんと母さんの会話をぼんやり聞いていた。
母さんが紅茶を口にしながら言う。
「ほら、のんびりしすぎると、また父さんに叱られるわよ。」
「朝くらい、ゆっくりさせてよ。」
そうぼやいた瞬間、扉が開いた。
「おはよう、みんな。」
父さんが穏やかな声で入ってくる。
(……最近、妙に眠い。特に秋になってからひどい気がする。)
あくびを噛み殺しながらパンをかじる。
(なんだろうな……このだるさ。疲れてるわけじゃないのに。)
「アーサー、今日は頼みがある。」
「頼み? また面倒なやつ?」
フォークを置きながら、つい眉をひそめる。
「いや、そんな大したことじゃない。」
父さんは苦笑いしながら続けた。
「リリーが村で待っている。例のトランプの最終確認をしたいと言っていてな。お前に行ってほしい。」
「ええ……僕が?」
少し不満げに顔をしかめた。
「村まで行くの? それって僕がやる必要ある?」
「お前が一番トランプのことを知っているだろう。それに、リリーもお前と話したがっている。」
その言葉に、姉さんが茶々を入れる。
「アーサー、何ぐずぐずしてるのよ。リリーさん、あんなに可愛いんだから、もっと喜んで行きなさいよね。」
「いやいや、可愛いとか関係ないし。」
母さんがクスクス笑いながら口を開いた。
「そうね。でも、一人で行くのはちょっと心配だわ。カレンに付き添わせるのはどうかしら?」
「カレン?」
横目でカレンを見る。
「もちろんお供いたします、アーサー様。」
彼女が控えめに頭を下げた。
「いや、別に一人でも……」
反論しようとしたが、母さんと姉さんの視線がじっと僕を圧迫する。
「じゃあ、決まりね。カレン、アーサーをよろしくお願いね。」
母さんが優雅に微笑むと、カレンは静かに頷いた。
「お姉さんとしては、アーサーがリリーさんと仲良くなるのを応援してるわ。」
姉さんが茶化すように笑う。
「だから、そういう話じゃないって…」
苛立たしげに声を上げたが、二人の笑顔に何も言い返せなかった。
朝食を終え、僕はカレンとともに村へ向かった。
村の大通りに足を踏み入れると、活気あふれる市場の音が耳に飛び込んできた。
「アーサー様、いらっしゃいませー!」
元気な声が響き、露店の一角からリリーが手を振りながら駆け寄ってきた。
風に揺れる茶色の髪と明るい笑顔が、一瞬市場の喧騒を和らげたように思えた。
「やあ、リリー。元気そうだね。」
軽く手を挙げると、リリーは弾けるような笑顔を返す。
「もちろん元気ですとも! アーサー様が来てくれるって聞いて、準備万端でお待ちしてました!」
胸を張るリリーの手には、帳簿らしきものが握られている。
「準備万端って……いや、僕はただ確認に来ただけだよ?」
曖昧に肩をすくめると、リリーは明るく笑って答えた。
「でも、ここじゃ落ち着かないでしょう? 集会場に案内しますね!」
「集会場か……初めて行くな。」
呟くと、リリーは勢いよく先導を始めた。僕もあとを追う。
大通りを抜けて広い道に出ると、石造りの堂々とした建物が見えてきた。
村の中心に佇む集会場は、その存在感で周囲を圧倒している。
「ここが集会場か。思ったより立派だね。」
思わず感心して口にすると、リリーが誇らしげに胸を張る。
「村のみんなで何年もかけて作ったんですよ!」
集会場の扉が開くと、ひんやりとした空気が流れ込んだ。
内部は広く、壁には村の地図や収穫祭の案内が貼られている。
「へえ……思ったより落ち着いた感じだね。」
リリーが意気揚々と集会場を案内する。
「ここでは村の未来を話し合ったり、大事な計画を立てたりするんです!」
カレンは静かに周囲を見渡す。
「何か気になる?」
僕が尋ねると、カレンは落ち着いた声で答えた。
「整った環境ですね。アーサー様はどう思われますか?」
「まあ……悪くないんじゃない?」
苦笑しながら椅子に腰を下ろすと、リリーが帳簿を広げた。
「さて、ここでなら話しやすいですよね!」
トランプを手渡されたので、試しにめくる。
「へえ、前よりしっかりしてる。紙質もいいし、これなら長く使えそうだね。」
「ありがとうございます! もうすぐ完成なんですよ。」
リリーは嬉しそうに笑いながら、裏面や角の加工について語る。
「こういうカードなら、いろんな遊び方が考えられそうだよな。」
何気なくつぶやくと、リリーが興味津々と身を乗り出す。
「どういうことですか?」
「例えば、競い合う遊びとか、ペアを組んでやるものとか……。」
言葉を濁しつつカレンに視線を送ると、彼女は静かに紅茶を注ぎながら言った。
「試してみるのも良いかもしれませんね。」
「うん、まあ、何かしら役立つかもね。」
適当にごまかしつつも、少しだけ助けられた気がした。
「確かに! 村のみんなが楽しんでくれるの、ワクワクしますね!」
リリーは早速ノートを取り出し、メモを取り始める。
僕はトランプを机に置き、肩をすくめた。
「とりあえず、僕にできることは教えるけど、あんまり期待されても困るよ?」
「もちろんです! アーサー様のアイデアなら、素敵なものになりますよ!」
カレンが紅茶を差し出す。
「お考えの間にどうぞ。」
「ありがとう。」
紅茶の香りに落ち着きながら、僕はトランプを手に取った。
(せっかくなら村が盛り上がるような遊びを提案したいしな。何かいい案がないかな……。)
ふと思い浮かんだのは、家族とよくやる「7並べ」だった。
7並べってのもありだけど、うちでやり慣れてるし……なんかちょっと違うかな。
村の人たちがみんなで楽しめるものじゃないと。
さらに考えを巡らせた末、僕はピンとくるものを思いついた。
「こういうのはどうかな。」
リリーが顔を上げると、僕はゆっくり言葉を紡いだ。
「カードを裏返して並べてさ、同じ数字とか柄を揃えるゲームとか。簡単だけど、記憶力が試されるやつ。」
その瞬間、リリーの目が輝いた。
「それ、面白そうですね! 記憶力勝負って、大人も子どもも楽しめそうです!」
すぐにメモを取り始めるリリーを見て、少しだけ安堵する。
(よし、悪くない反応だね。村の人たちにも受け入れられそうだな。)
リリーがさらに身を乗り出し、「具体的にはどんな風に遊ぶんですか?」と興味津々で尋ねると、僕は軽く頷いて答えた。
「簡単だよ。全部のカードを伏せて並べる。順番に2枚ずつめくって、同じ数字ならペア。最終的にペアが多い人が勝ち。」
カードを適当に並べながら説明すると、リリーの目が輝いた。
「それ、すごくいいですね! 記憶力と運、どっちも試されるんじゃないですか!」
「記憶力はともかく、運なら僕もいけるかもね。」
ちらりとカレンを見やる。
「……まあ、カレンの記憶力には勝てないだろうけどさ。」
カレンは微笑を浮かべつつも、控えめに首を傾げた。
「私が参加してもよろしいのですか? ですが、勝負を壊してしまわないか心配です。」
「そんなの気にしないでください! みんなで楽しみましょう!」
リリーは笑顔で手を振る。
こうしてゲームが始まった。
1ターン目。
僕がめくる——「7」と「K」。
「うーん、全然ダメだね。次に期待しよう。」
リリーが続けて「2」と「4」。
「難しいですね。でも覚えておきます!」
そして、カレンの番。静かにカードをめくり、「3」と「10」。
「なるほど……。」
何が"なるほど"なのか分からない。
2ターン目。
カレンが再びカードをめくると——
「3のペア、揃いましたね。」
「えええっ!? なんで分かったんですか!?」
リリーが驚くと、カレンは涼しい顔で微笑んだ。
「偶然です。」
(偶然なわけないだろ!!!)
その後もカレンは次々とペアを揃え、僕とリリーは何もできずに顔を見合わせた。
圧倒的敗北。
僕は手元のカードをいじりながら、ため息をついた。
「いやいや、これゲームにならないよ。カレン、絶対全部覚えてるでしょ?」
カレンは静かに首を振る。
「いいえ、ただ順番を整理していただけです。」
「整理って……そんな言葉、ゲームで聞きたくないんだけど!」
リリーが崩れ落ちるように机に突っ伏した。
「カレンさん……強すぎです……!」
「ふむ。では、次は私が進行役に回りましょう。」
カレンが淡々と言うと、僕とリリーはすかさず叫んだ。
「最初からそうしてよ!!!」
三人の和やかな空気が漂う中、新しい遊び方を考えるための再スタートが切られた。
リリーが僕の提案したトランプの遊び方を次々と試してみた。
「ハイ&ロー」――上か下かを当てるだけのシンプルゲーム。
「余裕ですね!」
リリーがカードをめくる。
→ ハズレ。
「……は?」
硬直するリリー。
「いや、今の流れ的に上ですよね!? なに下がってるんですか!?」
「運も実力のうちだね。」
「それ、運が悪い人の前で言うセリフですか!?」
「まぁまぁ、次行こうか。」
「納得できません!!!!」
机を叩くリリーを横目に、次のゲームへ。
次に試したのは「スピード」。これはカードを素早く出し合う反射神経勝負だ。
「スピード」――反射神経勝負!
「これなら負けません!」
リリーが意気込む。
「じゃあ、いくよ。」
「よーし……せーのっ!」
──バンッ!!
リリー、カードを全力で叩きつける!
結果 → カード、宙を舞う。
「きゃああっ!? 待って待って飛んでった!!!」
「リリー、スピードじゃなくて“カオス”になってるよ!」
「だって焦ったんですもん!!!」
「落ち着いて! 落ち着いてって!」
「もう一回!! 次こそ本気で勝ちます!!」
「今のは何だったんだ……?」
リリー、再挑戦。
「……せーのっ!!」
──バサァッ!!
「ぎゃあああ! 今度はカードの山ごとぶちまけましたあああ!!!」
「どんどん悪化してるじゃん!? これ、スピードどころか“災害”だよね!??」
「アーサー様が早すぎるのが悪いんです!!」
「僕のせいなの!?」
「とにかく次! 次です!!!」
カレンが静かにため息をつく。
「じゃあ、カレンもやってみなよ。」
「……わかりました。」
──次の瞬間、カレンが指先をわずかに動かした。
──バシッ!!
カードが一瞬で消えた。
「……え?」
「終わりました。」
リリーと僕、呆然。
「……いや、見えなかったんだけど!?」
「見えません!!」
「カレン、今、どうやったの!? どうやったら“カードが消えるスピード”になるの!?」
「私が遅すぎた可能性がありますね。もう一度やりましょうか?」
「やめて!! 僕たちの常識が壊れる!!」
その後、大富豪の説明を始めたところでリリーが興奮した声を上げた。
「これ、村人たちに広めたら大盛り上がり間違いなしですね!」
目を輝かせるリリーに、カレンが静かにお茶を注ぎながら口を挟む。
「ですが、あまり遊びに熱中しすぎると、本来の目的を見失う恐れがあります。節度を持って楽しむことが大事かと存じます。」
その言葉に、リリーはぴたりと動きを止めた。
「も、もちろんです! カレンさん、ありがとう!」
リリーが慌てて笑うのを横目に、僕はカードを片付け始めた。
「まあ、トランプで遊ぶのもほどほどにしてさ、次の話題に進もうよ。」
彼女は少し戸惑いつつも、「そうですね!」と気を取り直して話題を変えた。
「そういえば、収穫祭の準備も佳境に入ってきたんですよ!」
リリーが明るい声で切り出した。
「今年は広場全体を装飾して、例年以上に盛り上げる予定なんです。」
「へえ、広場全体ね。それは楽しみだね。」
頷きながら答えると、リリーはさらに続ける。
「それに、食堂でも特別メニューを用意する予定なんです。アーサー様もぜひ召し上がってくださいね!」
「食べ物か……それは確かに楽しみだね。」
少し夢見心地に答えると、リリーが笑顔で提案する。
「そろそろ食堂に行きませんか? お腹も空きましたし!」
リリーの提案に頷くと、カレンが立ち上がる。
「では、ご案内いたします。」
三人並んで歩き出す。
リリーの弾む声とカレンの落ち着いた気配を感じながら、僕も自然と微笑んだ。
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