リリーとの出会いとカードの発想


市場は活気に満ちていて、周囲から響いてくる元気な声や足音が、アーサーの耳を賑わせていた。広場には、色とりどりの果物や野菜、手作りの道具が並べられていて、どれも新鮮で丁寧に整えられている。ぼんやりと周囲を見回しながら、アーサーはゆったりと歩みを進めた。


「意外と賑やかだね。」

自然と口をついて出た言葉に、自分でも驚いた。


「この市場は近隣の村からも商人が集まるからな。村人たちにとっても重要な場所だ。」

父さんの声が後ろから聞こえる。


「うーん……。あ、このパン、すごくおいしそうじゃない?」

目に留まったパン屋の店先を指さしてみた。こんがりと焼けたパンが積み重なり、ほんのりとした香ばしい匂いが漂ってくる。


「おい、視察だぞ。食べ物ばかり見るな。」

父さんは小さく笑いながら先へ進むように促す。


ちらっと視線を移すと、ひときわ元気な声が耳に飛び込んできた。

「いらっしゃい! ハーブティーにキャンドル、それに編み物もありますよー!」


視線を向けると、小柄な女性商人が忙しそうに商品を並べていた。茶色の髪が風に揺れ、その明るい笑顔が印象的だった。つい近寄ってしまう。


「どうぞご覧ください! あっ、ラルフ様!」

彼女がこちらに気づき、慌ててお辞儀をした後、明るい声で自己紹介を始める。


「初めまして! 私、リリー・パクソンと申します! 市場で小さなお店を営んでおります。何でも扱っているので、ぜひご覧になってくださいね!」

茶色の髪を軽く整えながら、彼女はにこやかに言葉を続ける。


「それに……えっと、そちらは……?」

リリーの視線がこちらに向くと、アーサーは少しだけ視線を逸らした。


「息子のアーサーだ。」

父さんがさらりと紹介すると、リリーの目が大きく見開かれた。


「えっ! アーサー様ですか!?」

驚きの声に、思わず少し身を引いてしまう。彼女はじっとこっちを見つめていて、ちょっと居心地が悪い。


「噂には聞いていましたが、思ったより普通の感じで……」

「それ、褒めてるの?」

思わず肩をすくめて聞き返すと、彼女は慌てて首を振った。


「あっ、ごめんなさい! ただ、兄上や姉上のお話を聞いていたので、もっとこう……威厳のある感じかと勝手に思っていました。でも、親しみやすいって意味ですよ!」

必死に弁解している様子が、なんだか面白い。


「まあ、普通が取り柄みたいなもんだから。」

苦笑いを浮かべて言うと、彼女はほっとしたように微笑んだ。


「でも、普通っていいことですよね。なんだか安心します。」

「安心感か……。まあ、悪くないけどね。」

ぼそっと言った言葉に、彼女はくすくす笑っていた。


棚に目を移すと、ハーブティーや編み物、キャンドルが所狭しと並んでいる。その中で、一つのキャンドルを手に取って眺めてみる。


「ずいぶんいろんなものを置いてるんだね。」

気軽に話しかけると、彼女は嬉しそうに頷いた。


「はい! 色々試してみたくて。お客さんが楽しいと思ってくれるといいんですけど、まだまだ経験が足りなくて……。」

「へえ。たくさんの種類があると、選ぶのが楽しくなるからいいんじゃない?」

自然と出た言葉に、彼女が元気よく頷く。


「その通りです! 私も、新しいものを選ぶときは楽しいですから。」

彼女の笑顔を見ていると、なんだか元気がもらえる気がした。


ふと、棚の奥にある編み物を手に取る。手触りが良く、精巧に編まれている。

「これ、いいね。作るのに結構時間かかるんじゃない?」

「はい。自分で編んでいるので、少しだけ手間がかかります。でも、その分、お客様に喜んでいただけたときが嬉しいんです。」

彼女の言葉には真剣さが滲んでいて、思わず感心してしまった。


「じゃあ、これ一つもらおうかな。お土産にちょうど良さそうだし。」

「ありがとうございます!」

リリーはぱっと顔を輝かせ、少しだけ恥ずかしそうに笑った。


「そ、それより、アーサー様は何か興味のある商品とかありますか?」

リリーが少し慌てたように話題を変えてきた。


「興味……ねぇ。」市場全体を見渡しながら答える。「この……編み物とか?」


「えっ、それですか!?」

リリーが目を丸くして驚く。

「アーサー様、編み物をする趣味があるんですか?」


「いや、まったくないけど?」

「じゃあ、何で編み物を……?」

「なんとなく、面白そうだと思っただけ。」

軽く肩をすくめて答えると、リリーが戸惑った表情を浮かべる。


「面白そう……。うーん、アーサー様って、考えてるようで考えてない感じがしますね。」

彼女の何気ない言葉に、思わず頷いてしまう。

「うん、それは否定できない。」


そんなやり取りの中、少し離れたところから父さんの声が響いた。

「お前ら、仲良くやってるな。」


「ラルフ様、そうなんです! アーサー様って、こう……いい意味で予想外の方ですね!」

リリーが父さんに向けて明るく答える。

「予想外って褒め言葉になるの?」

ぼそりと漏らすと、リリーが小さく笑った。


「じゃあ、これなんてどうですか? 編み物じゃなくても、こういう籠ならきっと使いやすいと思いますよ!」

彼女が籠を手に取り、差し出してくる。


「……いや、籠って、何に使うの?」

率直に聞くと、リリーが説明を始めた。

「それは、例えば小物を入れたり、ピクニックに使ったり……。あ、アーサー様はピクニックとかしないですか?」


「うーん、そもそもピクニックに行った記憶がない。」

「じゃあ、これを機にピクニックデビューしましょう! その時は私が特製サンドイッチを作りますよ!」

リリーが無邪気な笑顔で提案してくる。


「いや、なんで僕が籠持ってピクニックする前提になってるんだよ。」

籠を彼女に返しながら、苦笑いを浮かべる。


市場の喧騒の中で交わされる軽い会話。その雰囲気に飲まれながらも、どこか居心地の良さを感じていた。隣で生き生きと商売を語るリリーの姿は、彼女自身の情熱を象徴しているようだ。


少し離れた場所では、ラルフが村長と共に市場を見渡していた。

「この市場も年々賑わいが増してきたようだな。」

市場全体を眺めながら、村長に語りかける。


「はい。おかげさまで、近隣の村や街からも商人が訪れるようになりつつあります。ですが、まだまだ改善すべき点も多く……。」村長が控えめに返答する。


ラルフは頷きながら、「そのあたりは後で詳しく話そう。アーサーにも少し市場の雰囲気を学ばせたいと思っている。」と穏やかに言った。


市場の中央で、リリーと話す自分の姿に視線を向けられているとは知らないまま、アーサーはいつも通りに会話を続けていた。



市場の活気ある声が耳に心地よく響く中、あちこちから人々の笑顔が目に飛び込んでくる。露店にはさまざまな商品が並び、目を奪うような色鮮やかな果物や独特の手工芸品が所狭しと置かれていた。


「それにしても、アーサー様が市場に来てくれるなんて驚きです!」

元気な声がすぐ近くから聞こえた。リリーが笑顔で話しかけてくる。


「普段、貴族の方々がこんな場所に来るなんて滅多にないので。」

「まあ、僕もこういうとこは初めてだけどね。」

視線を商品棚に向けながら答えた。

「意外と面白いものが多いんだね。」


「面白い、ですか? 具体的にはどんなものが?」

そう聞かれて、僕は少し考え込む。

「いや、例えばさ。今まで見たことのない食べ物とか、村独特の道具とか……まあ、まだ詳しく見てないけど。」


リリーが楽しそうに頷く姿を横目に見ながら、なんとなく気恥ずかしさを感じる。


「へえ、それならアーサー様も結構好奇心旺盛なんですね!」

その言葉に、思わず肩をすくめる。


「でも、好奇心だけじゃなくて、何か本当に面白いものを作れたら……もっと楽しいと思いません?」

リリーの目が期待に輝いている。


「面白いもの?」

何を思い描いているんだろう、と考えながら聞き返す。


「はい! 例えば、村の人たちがみんなで楽しめるようなものとか。」


リリーが続ける話を聞きながら、ふと頭に浮かんだのは、昔日本でよく遊んだカードゲームだった。トランプのカードが手元にないのがもどかしい気がする。


「そうだね……。」

自然と口が動いた。

「紙とか木で簡単に作れるものがいいよね。しかも、みんなが同じルールで遊べるような……カードみたいなものとか?」


「カード……ですか?」

リリーが目を丸くする。


「例えばだけど、いくつかの絵とか数字が描かれた小さい板みたいなやつを使って、いろんな遊びができるとか。ルールはシンプルでもいいし、ちょっと工夫すれば大人も子どもも楽しめるんじゃない?」


リリーの表情がぱっと明るくなった。

「なるほど!」

「まあ、あくまで思いつきだけどね。」

肩をすくめて苦笑する。


「でも、すごくいいアイデアです!」

リリーは声を弾ませている。


「絵柄とかデザインを工夫すれば、子どもたちにも喜ばれそうですし、大人にもお酒の席とかで流行るかも!」


「お酒の席で?」

思わず笑いがこぼれる。「まあ、用途が広がるのはいいことだよな。」


リリーが興奮した様子で身を乗り出してきた。

「これ、本格的に考えてみませんか? 私、材料とか製作の手配を頑張りますから、アーサー様はどんなデザインがいいか教えてください!」


その勢いに少し引き気味になりながら、頭を掻いた。

「ちょっと、そんなに勢いよく言われても……でも、もし本当にやるなら、村長とか父さんにも話を通さないといけないだろうね。」


「もちろんです! でも、きっとお二人とも賛成してくれると思います!」

リリーの笑顔はまるで子どものような無邪気さだ。その表情を見ていると、不思議とこちらまで心が弾む気がする。

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