ポップコーンの魔法

庭の片隅で、僕は地面に腰を下ろし、手の中の穀物の粒をじっと見つめていた。


指先でコロコロと転がす。固くて、ざらざらしていて、ただの小さな種。


でも――なんでだろう。


異世界の飯はうまい。


ゴドフリーの料理も、レナの焼き菓子も、肉もスープも、どれも美味しい。


けど、なんか足りない。


腹は膨れるのに、心が満たされていない感じ。


それが何なのか、自分でもよくわからない。


(……なんか、こう、もっと気軽に食べれるものが欲しいんだよな。)


目を閉じる。


ふっと蘇るのは、前世の記憶。


何かをしながら、ぼんやりと口に運んでいた、軽い食感のあれ。


カリッと弾けて、ふわっと広がる香ばしさ。


熱々を頬張ると、ほんのり甘い。


あの味――


(……ポップコーン?)


頭の中で、一気にパズルがはまる感覚がした。


「……これ、できるかも?」


思わず呟く。


現世の料理なんて、もう食べられないと思ってた。


でも、これなら……。


(試さなきゃ、わかんないよな。)


僕は手のひらの穀物をぎゅっと握りしめると、そのまま立ち上がった。


作る。


お腹を満たすためじゃなく、これはただの好奇心だ。


「異世界の飯も美味しい、現世の味も負けてない」って、証明したくなっただけ。


「よし、やるか。」


足早に厨房へ向かう。


胸の奥に、小さな火が灯るのを感じながら。


頭の中で、穀物が弾ける音と香りが生き生きと蘇っていた。


厨房ではゴドフリーが鼻歌を口ずさみながらパン生地をこねていた。


力強く生地を伸ばす彼の手さばきは熟練そのものだ。


僕は息を切らせながら声をかけた。


「ゴドフリー!新しいお菓子を作るよ!!」


厨房の奥に置かれた鍋を取り出した。


鍋の金属がひんやりと手に馴染む。


「はあ?何だ急に。」


くつろいでいたゴドフリーが、椅子に寄りかかったまま顔をしかめる。


カップを持つ手が止まり、半眼のままこちらを見た。


「鍋で穀物を熱したら、ポップコーンになるんだ!!」


「ポップ…?何それ?」


彼は怪訝そうに眉をひそめる。僕は胸を張り、得意げに言った。


「つまり!爆発するお菓子だよ!」


「アーサー坊、料理の定義間違ってねえか?」


「まあ、見ててよ。」


鍋に穀物をぶち込み、火をつける。


 パチ…パチパチッ…!


鍋の底で何かが弾ける音がする。


油の香ばしい匂いがふわりと立ち上り、期待に胸が高鳴る。


「おお、いい感じだ!」


僕は鍋を覗き込みながら頷いた。しかし――


「いや、なんか鍋の中がすげえ暴れてるぞ?」


ゴドフリーが警戒するように椅子をずらす。


ちょうどその時、姉さんが厨房を覗き込んだ。


「なんかすごい音がしてるわね。」


 鍋が突然バクバクと揺れ始める。


 ポンッ!!ポンポンポンポン!!!!


「ぎゃあああ!?鍋が戦い始めた!!」


「落ち着いて!想定内!!!」


鍋の中から勢いよく飛び出すポップコーン。


レナも音につられて厨房に来たようだ。


「これは……まるで“極小爆裂魔法”……!」


「レナ、違うよ!これはただの爆発!」


「おいおい、こんな魔法を戦場で使われたら、敵兵が白くてフワフワになっちまうぞ?」


ゴドフリーが腕を組み、妙に真剣な顔をする。


「いや、それはそれで見てみたいけど…」


ポップコーンが鍋から飛び出し、厨房に大量発生。


「くそっ、鍋が止まらねえ!!」


「どいて!私が食べるわ!もうどうにでもなりなさい!!」


姉さんがまさかの暴走、飛び散るポップコーンをバクバクと食べ始めた。


「なんで姉さんが食べるんだよ!意味がわかんないよ!」


「ソフィー嬢ちゃん食うな!!厨房が戦場だぞ!!」


「私も食べたいです!」


レナがキラキラした目でそう叫んだ瞬間――


ポンッ!ポンポンポン!!


ポップコーンが弾け飛び、天井、床、そしてレナの頭に直撃。


「わっ!? えっ、待っ――ぎゃあああ!! 熱いです!!!」


バチバチと跳ねるポップコーンを慌てて振り払うレナ。


「うわっ!? やめっ、ちょっ、私の髪の中に入ってません!? これ絶対入ってますよね!??」


必死に髪を振り回すが、ポップコーンはどんどん降り注ぐ。


「いやああ!! もうやだああ!! でも食べたいです!!!」


レナは床に落ちたポップコーンを見つめる。


その姿に、僕は思わず呆れた声を漏らした。


「よし!レナはほっとこう!それより、鍋を振って均等に熱しよう!」


「なんで無視するんですか!私の最高のリアクションを!」


涙目で叫びながら、レナはドンッと胸を叩く。


「今、ここが一番盛り上がるとこじゃないですか!!」


「モグ…うるしゃいわよ。モグモグ。静かにしなしゃい。」


姉さんはもぐもぐと口を動かしながら、まだ食べ続けている。


「二人共だまってよ!今、一番いいとこなんだから!」


「待て待て待て、今鍋振ったらポップコーンが砲弾みたいに飛ぶぞ!!」


ポンッ!!


姉さん顔面にポップコーン命中


「ぐおおおぅッ!?」


(数秒の沈黙)


「……今の、当たった?まさかね…」


「確実に当たったな。」


「アーサァァァァ!!!」


「うわぁ!落ち着いて話せばわかるから!!」


「聞かなくてもわかるわよ!あんたの軽口なんて!」


「ポップコーンだけに軽いってね…」


僕は自分で言ってふっと笑ってしまった。


スパーーン


「あぅ…」


厨房はポップコーンまみれ。姉さんは不機嫌そうに腕を組み、レナは膨れている。


「私、ポップコーン食べてないです!」


「知らないよ。そのへんの拾って食べればいいじゃん。」


「汚れてるじゃないですか!」


「そもそも、レナは掃除しにきたんじゃないの?」


「そんなの知りませんよ!私もお菓子が欲しかったんです!」


すると、無言のままカレンが近づき、レナの腕を掴む。


「えっ、ちょっ……いやあぁぁぁぁ!!カレンさん力強いんですからやめてくださいよおぉぉ」


ずるずると引きずられていくレナ。背後で叩かれるような音が聞こえたような気がした。


そんな騒ぎをよそに、姉さんは悠々とポップコーンを口に運ぶ。


「……何やってんのよ、くだらないわね。」


 ボリボリ。


「お嬢が一番食ってんじゃねえか!!!」

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