未熟な最強者、のんびり成長する転生ライフ ~めんどくさいけど逃げられない~

@tarapoyo

アーサーの平和な日

「今日は何しようかなぁ、魔法を早く使ってみたいんだけど……とりあえず書庫にいってみるか。」


そう呟きながら廊下を歩いていると、前方から 金髪のツインテールをなびかせた6歳上のソフィー姉さん が颯爽と現れた。


「あんた、なにやってんのよ。ぶらぶらしてる暇があるなら、さっさと木刀持ってきなさいよ!」


開口一番、それかよ。

いや、ほんとなんで 木刀 が出てくるのかわからない。


「えっ、なんでそうなるのか意味がわからないんだけど。僕は書庫に行って勉強するつもりだよ。」


そう答えると、姉さんはため息混じりに肩をすくめた。


「勉強ばっかして、体が鈍っても知らないわよ。」


「姉さんも体ばっか動かして、頭が悪くなっても知らないけどね。」


「はあ!?」


ツインテールが ビシッ と揺れた。これはまずい。


「ほんと軽口ばっかなんだから、その性根、叩き直してやりたいくらいよ! ちゃんと目開けて歩きなさいよ!」


「目は開いてるよ!」


言い返しながら、僕は ゆっくり後退 していく。

このまま捕まったら、確実に木刀を握らされる展開だ。


「じゃあ、書庫に行ってくるから!」


そう言い残し、全速力で廊下を駆け抜けた。

ソフィー姉さんの叫び声が後ろから響くが、振り返らない。


(セーフ……!)


大きく息をつきながら、僕は書庫への道を急いだ。

書庫へ向かう途中、僕は 兄さんの部屋の前 を通りかかった。


ふと、ドアが少しだけ開いている のが目に入る。


(ちょっと開いてるじゃん。閉めてあげようかな。)


何気なく手を伸ばしかけたその時――。


ちらり と中が見えた。


(……なんだろ、あれ。)


4歳上のクリス兄さんが 分厚い黒い本 を開き、じっと読んでいるのが見える。

でも、普通の本とは 雰囲気が違う。


ページをめくるたびに、 薄暗い魔力のようなものが微かに揺らめいている気がする。


(……変な本読んでるように見えるけど。)


次の瞬間、クリス兄さんが ガバッ と顔を上げ、こちらを見た。


「――!」


その目が わずかに驚き、警戒の色を宿した。


そして、 バンッ!!


勢いよく ドアを閉めた。


「うわっ、なんだ?」


急な動きに思わず声が出る。


ドアの向こうから、少し間を置いて 兄さんの声が聞こえた。


「……兄さん、どうしたの? 大丈夫?」


「いや、なんでもないんだ。気にしないでくれ。」


その声は、どこか 硬く、ぎこちなかった。


「ふーん、わかったよ。」


軽く返事をしながらも、僕の心には 小さな違和感 が残る。


(何を焦ってるのかわからないけど……僕は行くよ。)


特に突っ込むこともせず、そのまま歩き出した。


(あんなに焦るってことは、なんか変な本だったのかな? でも、兄さんがそんなの読むかな……?)


ちらりと 閉じられたドア を振り返る。


けれど、それ以上考えても仕方がない。


(まあ、そっとしておこう。)


そう自分に言い聞かせながら、僕は再び書庫へと向かった。


廊下を歩いていると、向こうから鼻歌が聞こえてくる。


「ふっふふーん♪」


軽快な調子で口ずさみながら、モップを滑らせているのはメイドのレナだった。茶髪をゆるくまとめ、楽しそうに床を磨いている――というか、半分遊んでいるようにしか見えない。


「レナ、楽しそうだね。なんかいいことあったの?」


僕が声をかけると、レナはぱっと顔を上げて驚いたように目を瞬かせた。


「アーサー様じゃないですか!いつも寝てるのに歩いてるなんて珍しいですね。」


「なに、その珍獣みたいな扱い。レナこそ、いつもサボってるのに掃除してて偉いね。」


「サボってませんよ!」


レナは頬を膨らませながら、足元のモップをズズッと滑らせる。


「見てください!この床の輝き!足で擦るとほら、こんなにもツルツルなんですよ!」


そう言いながら、彼女は片足を床にこすりつけ、ツーッと軽く滑ってみせた。


「……汚してるじゃん。はいはい、ちゃんと拭き直してね。」


「アーサー様、また私を嵌めましたね!」


プリプリと怒るレナを横目に、僕は肩をすくめて歩き出した。


(いや、自分で勝手にやったんじゃん……。)


レナの小言が背後から聞こえるのを適当に聞き流しながら、僕はそのまま書庫へと向かっていった。


書庫の前に着くと、僕はドアを開けて中へ入った。


そこには、黒い髪をポニーテールに結んだメイドのカレンが、淡々と本を整理している姿があった。


「カレン、何やってんの?」


「本の整理をしていました。アーサー様は本を読まれに来たのでしょうか?」


「そうだよ、ちょっと色々見たくてね。そのあたりの本、借りるね。」


「ええ、どうぞ。ただ、少し難しいかもしれませんが。」


「大丈夫だよ。このくらいなら読めるからね。」


そう言って、僕はテーブルにつき、本を開いた。


「へぇ……この冒険譚、いいね。やっぱり冒険って、ちょっと憧れるかもしれない。」


「もしかして、冒険にご興味がおありですか? 私も昔は……」


「いや、めんどくさいからいいかな。どちらかといえば、のんびり暮らしたいね。」


「そのようなことを言って。また、フローレンス様に叱られますよ。」


「僕がよく叱られてるの、カレンなんだけど……」


「そうでございましたか? 最近忙しくて、アーサー様を叱るのを忘れていましたね。」


「そんなこと、思い出さなくていいから……」


カレンはくすっと笑いながら、本棚の整理を続ける。


「ふふ、では私はこれで。何かご用がありましたら、お呼びください。」


そう言い残して、カレンは静かに書庫を出ていった。


(よし、これで魔法の本が読めるぞ。)


僕は周囲を見渡しながら、適当な本を手に取る。


「このへんにあるの、読んでみようかな。」


ページをめくり、魔法に関する記述を追い始める。


「ふぅ……結構基礎っぽいことしか書かれてないね。大体が初級魔法か……まあ、屋敷にある本なんだから、当たり前か。」


本を閉じ、軽く伸びをする。


「もうこんな時間か……そろそろ夕飯も近いし、リビングにでも行ってみようかな。」


リビングに入ると、フローレンス母さんが優雅にティータイムを楽しんでいた。


「あら、アーサーじゃない。もう起きたの? さっさと顔を洗ってきなさい。目が開いてないわよ。」


母さんがカップを口に運びながら、呆れたように言う。


「そうなんだよね。なんだか眠くて。じゃあ、もう一回寝てくるよ。」


踵を返そうとした瞬間、すかさず母さんの声が飛んできた。


「待ちなさい。もう夕飯なんだから、寝たらダメに決まってるでしょう。」


「えー、母さんから言ってきたんじゃん。ずるいよね。」


「ずるいんじゃなくて、賢いと言いなさい。女性に対するデリカシーを、誰かに教えてもらわないといけないわね。」


母さんがじとっとした目で僕を見つめる。


「父さんでいいじゃん。」


「……あの人はダメです。本当、そういうところまであの人に似なくてもいいのに……。」


母さんがため息をついた、そのタイミングで、扉が開く音がした。


「なんだ? 二人して私を見て。どうかしたのか?」


入ってきたのは父さん――ラルフだった。


「いや、なんでもないよ。」僕は適当に流す。


「それならいいんだが。それよりも、二人とも聞いてくれ。」


父さんはテーブルにつきながら、少し真剣な表情になった。


「今年も収穫祭があるわけだが、最近、領内で怪しげな動きがある。恐らく貴族が関わっているだろう。十分に気をつけてくれ。」


父さんの言葉に、リビングの空気がわずかに引き締まる。


「怪しげな動きって?」


僕が尋ねると、父さんは少し考え込むような素振りを見せた。


「詳細はまだ不明だが、不穏な話がいくつか耳に入ってきている。念のため、お前も警戒を怠るな。」


「ふーん……なんだか物騒だね。」


収穫祭といえば、村人たちが集まり、にぎやかに食事を楽しむ楽しい祭りのはず。そこに「怪しげな動き」なんて言葉が出てくるのは、確かに不安になる。


母さんは紅茶を置きながら、穏やかな口調で言った。


「あなたも、あまり無理をしないでね。」


「わかっているさ。だが、領民を守るのも私の役目だからな。」


父さんは落ち着いた表情で微笑んだ。


(なんだか嫌な予感がするけど……。面倒事なら避けたいなあ)


僕は軽く伸びをしながら、椅子に座り直した。





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