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目を開けると、そこは神戸の街だ。だが、風景が全く違う。どういう事だろう。そして、みんなが走っている。そして焦っている。明らかにおかしい。何があったんだろう。
「ここは?」
と、勇気は何かに気が付いた。煙臭いのだ。どこかで火事が起こっているんだろうか? だから、走っているんだろう。だけど、どうしてこんなに多くの人が走り回っているんだろう。
「なんだか煙の匂いが」
と、希望はあるものを見つけた。民家の多くが崩れ落ち、その所々から火が出ている。こんなに多くの民家が崩れ落ちているのは、明らかに尋常じゃない。
「えっ!?」
「まさかこれって・・・」
それを見て、2人はこれがいつの光景なのかがわかった。1995年1月17日、午前5時46分に起こった、阪神・淡路大震災だ。まさか、ここはその直後の神戸だろうか? 自分たちは、その直後の神戸にタイムスリップしたんだろうか?
「これは、阪神・淡路大震災?」
「だと思う」
2人は辺りを見渡している。写真やテレビでしか見た事がないが、自分がその光景を生で見るとは。こんなに大変だったんだな。その中で亡くなった人々は、無念でしょうがなかっただろうな。それで身内を亡くした人々は、さぞかし悲しかっただろうな。
「テレビや写真でしか見た事がなかったんだけど、こんなのだったんだ」
「なんでこんな事になったんだ・・・」
経験した事がないのに、まるで経験したような気持ちになった。2人は自然に泣けてきた。どうして神戸がこんな目に遭わなければならないんだろう。
「自然の力とはいえ、あまりにもひどすぎるよ・・・」
やがて、消防隊がやって来たが、火を消すための水がなくなり、どうしようもなくなった。誰もが絶望していた。
「何千人もの人が亡くなったんだね」
「お父さんやお母さんは幼くて、その事を全く知らない。おばあちゃんは今思い出しても泣けてくるんだって」
希望はその光景をじっと見ていた。新長田はここよりもっと大きな被害が出たらしい。商店街が焼け野原になったらしい。本当に大変だったんだろうなと改めて感じた。
「そうなんだ・・・」
「どうして神戸がこうならなければならなかったんだ・・・」
勇気は崩れ落ちた。自然に力に負けるのが、とても悔しかった。
「あまりにもひどいよね」
だが、希望はその光景をじっと見ている。それを見て、何かを感じているようだ。
「この悲劇を、絶対に忘れてはならない。僕らはそれを語り継ぎ、子供たちに語り継いでいかなければならない」
「それが僕たちの使命なんだ」
と、再び光に包まれた。今度は何だろう。いつの時代にタイムスリップするんだろう。全く見当がつかない。
「また光だ!」
光が収まると、そこは夜だ。2人は辺りを見渡した。ここは神戸ではない。どこか、森の中の大きな球場のようだ。外野が芝生だが、しっかりとした構造だ。
「あれっ、ここは?」
「野球場?」
と、希望はその球場を見て、ある球場を思い浮かべた。西武ドームだ。だが、屋根がない。どういう事だろう。別の球場だろうか?
「ここは西武ドーム? でも屋根がないよ」
勇気もそう思っている。西武ドームにそっくりなのに、屋根がない。どうしてだろう。
「だけど周りの雰囲気から見て西武ドームっぽいよ」
「そうだね」
と、1人のバッターが打席に立った。打席に立った直後の姿を見て、ある男を思い浮かべた。イチローこと鈴木一朗だ。メジャーリーグでも活躍した天才バッターだ。
「あれあれ! イチロー!」
「あっ、本当だ! イチローだ! これはいつの頃だろう」
勇気も驚いた。日本で活躍していた時は、まだ生まれていない。これはいつの出来事だろう。
と、希望は目の前の人の広げていた新聞を見た。それは1995年9月19日だ。阪神・淡路大震災から約8か月後の出来事だ。とすると、これはオリックスが優勝した日かな?
「ん? 1995年? 阪神・淡路大震災の年だ」
と、イチローの打ったボールがバックスクリーンに吸い込まれた。オリックスファンは歓声を上げている。その時の映像を、希望が見た事がある。『神戸の想いがスタンドへ届いた』と表現していたのが耳に残る。
と、勇気は何かに気が付いた。胸には『ORIX』と書かれている。これはオリックス・バファローズの試合なのか? だが、ユニフォームのデザインが全く違う。それに、表記が『B』ではなく『BW』になっている。これはどういう事だろうか?
「あっ、ホームラン! でもこの球団、何だろう。『ORIX』? オリックス? オリックス・バファローズなのか?」
希望もそれに気が付いた。その頃はまた違うんだろうか?
「そうみたいだね。あっ!」
また希望は何かに気が付いた。スコアボードの名前に、『中嶋』がある。まさか、去年までオリックス・バファローズの監督だった、中嶋聡だろうか?
「どうしたの?」
「中嶋! 去年までオリックスの監督だった中嶋さん!」
勇気もそれに気づいた。まさか、このころはオリックスの選手だったとは。そして、監督として26年後に優勝、その翌年には日本一に導くとは。誰もが想像してなかっただろうな。
「その頃はまだ選手だったんだね」
試合が進み、9回表になった。マウンドには平井が上がっている。オリックス・バファローズのコーチだ。この人も現役だったんだな。
2アウトになり、あと1人のコールがかかっている。優勝が近づいているようだ。
「あと1人? まさか、優勝に王手がかかってる?」
「そうみたいだね」
と、希望は何かを思い浮かべた。この年のオリックス・ブルーウエーブを思い出したようだ。
「・・・、がんばろうKOBE!」
「えっ!?」
それを聞いて、勇気は首をかしげた。『がんばろうKOBE』とは何だろう。
「この年のスローガンだよ!」
「へぇ・・・」
希望が言った、『がんばろうKOBE』は、この年からオリックス・ブルーウエーブの袖につけられたワッペンだ。
勇気が感心していると、最後のバッターがファーストゴロに打ち取られた。それとともに、内外野にいるオリックスの選手やコーチがマウンドに集まり、抱き合った。オリックス・ブルーウエーブ優勝の瞬間だ。
「おっ、優勝したみたい!」
「すっげー! 神戸の人々に勇気を与えたんだね!」
2人は感動している。この年の初めに、阪神・淡路大震災が起こったにもかかわらず、選手たちは一生懸命頑張り、パリーグ優勝を果たした。そして、神戸の人々、いや、全国に勇気と希望を与えたに違いない。
ふと、希望は思い浮かべた。きっと、神戸の人々も喜んでいるだろうな。これで、阪神・淡路大震災から立ち直る事ができたんだろうか?
「きっと神戸の人々も喜んでるだろうな」
ふと、勇気は思った。野球の力って、スポーツの力って、ここにあるんだろうか? ただ単に夢を与えるだけではなくて、人々に勇気と希望を与えるものだ。そこにスポーツの力って、あるんだろうか?
「みんなの力って、こんなにすごいんだね」
2人はまた光に包まれた。今度は何だろう。
「わっ!」
また2人は目をふさいだ。
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