第2話

 社務所は、プレハブ小屋のような所だった。ストーブが焚かれていて暖かい。そこ座っていいよ、と言われたパイプ椅子に、佳奈は大人しく座った。


「はい。どうぞ」

「ありがとう、ございます……」


 ほかほかと湯気の立つほうじ茶と、シュークリームが置かれる。マフラーをとって膝にのせた後、小さくいただきます、と言ってシュークリームを頬張った。


「ん、美味しい……」

「でしょ? 僕これ、大好きなの」


 シュークリームは記事がサクサクしていて、甘さも控えめで美味しかった。近くにあったもう一つのパイプ椅子に座りながら、彼がにこにこ笑う。


「はい! ありがとうございます、えっと……」


 彼の名前を呼ぼうとして、名前を聞いてないことに気づく。それがわかったのか彼は白崎と名乗った。彼に続いて私も田島佳奈です、と自己紹介する。


「かなちゃんね、りょうかーい」

 

 白崎が軽く言うのを聞きながら、本当にこの人がゆきちゃんのことを知っているのだろうか、と半信半疑の目で彼の事を見た。家族に聞いても、そんな子は知らない、と言われてばかりだった。ましてやいくらあの子と会ったのがこの神社であったとは言っても、この人が本当に知っているとは限らない。

 むしろ嘘を吐かれている方が全然あり得るのだ。


「それで」


 私の疑いの視線など気にしないように、彼は続ける。


「教えてくれる? ”ゆきちゃん”のこと」


 彼は真っ直ぐ私の事を見つめた。その視線に、笑うような感情も、心配も見られない。ただ真摯に見つめてくるだけだ。

 懸けてみても、いいかも。

 彼の視線に押されるように、私はぽつぽつと話し始めた。






 

「ゆきちゃんと出会ったのは、7年前、私が10歳だった頃の話です。

 あの日は、大雪が降っていて、小学校からの帰り道を私は一人で歩いていました。その時私は転校してきたばっかりで、友達もいなかったんです。それに、生まれつき目の色素が薄くて、男の子に揶揄われて、雪を投げられて。……どうしようもなく悲しくて、寒くて。泣きながら歩いていました」


 そもそも私は、祖父母の住むこの街に引っ越したくなんてなかったのだ。

 だけど、母が離婚して実家に戻るから、父と二人より母との方がいい、と諦めて引っ越してきた。そんな後ろ向きの態度が知られていたのか、それともただでさえこの田舎の町では珍しい転校生、加えて目の色が青いとなればそれは目立ったのか、馴染むことはできなかった。

 雪道は悲しかった。靴下まで雪で濡れて足先には温度がないし、投げられた雪が服の中まで入って気持ち悪い。最悪、という言葉しか浮かんでこなかった。

 この神社の下の道路が通学路だった。この長い道が嫌いだった。家まで、いつまで経っても辿り着かない気がするから。

 一人でとぼとぼと、通りがかった時だった。

 声が聞こえた。

 神社の方を見れば、階段の中腹くらいに真っ白な着物を着た女の子が立っていた。綺麗な真っ黒なおかっぱ頭に、綺麗な肌だった。真っ黒な瞳はまるくてくりくりとしている。

 可愛い子、というのが第一印象だった。


「ねぇ、あなた」


 声が聞こえて、肩を震わせた。きょろきょろと辺りを見回すが、誰もいない。それから自分の事を指さして小さく「わたし……?」と尋ねる。


「そう、あなた」


 遊ぼう? 


 自分でも、その時何を考えていたのかわからない。

 だけど教室でもずっとひとり、放課後だって遊ぶ子はいなかったから寂しかったのかもしれない。

 私は、その言葉にこくりと頷いた。


 ゆきちゃんと言ったその子と私は、たくさん遊んだ。

 かくれんぼをした。雪道なのに鬼ごっこをして、疲れたら手遊びをした。

 楽しかった。ただただ楽しかった。ゲームがなくても、スマホがなくても、ゆきちゃんとは何をしていても楽しくて、幸せだった。

 ずいぶん長い時間遊んでいたように思う。

 どこからか、かな、と名前を呼ぶ声が、聞こえたような気がした。


「おかあさん」


 小さく呟いた後、はっとする。


「ゆきちゃん」


 名前を呼べば、彼女はきょとんとした表情で首を傾げた。もっと遊びたいという気持ちが湧いたけれど、頑張って押し込める。


「私、帰らないと」

「かえる?」

「うん、帰らないと、お母さんが心配しちゃう」


 急いで立ち上がる。

 走って帰ろうとして、どう帰ればいいのかわからないことに気がついた。急に不安が首をもたげてきて涙目になる。どうしよう、と呟けば、後ろからかなちゃん、と名前を呼ばれる。


「道案内、してあげる」

「ほんとうっ⁉」

「うん」


 でも、ひとつ約束しよう?


「約束?」

「うん」


 ゆきちゃんは、にっこり笑った。


「雪が降る日に、ここにまた会いに来て。絶対絶対、待っているから」

「うんわかった! 約束!」





「そこからのことは、実は記憶が曖昧なんです」


 私の言葉を白崎は真剣に聞いていた。少し量の減ったほうじ茶に映る自分の顔を見つめながら、私は続ける。


「母の話によると、遅くまで私が帰ってこないから心配して探しに行ったら、神社の下で眠っていたみたいで。案の上次の日から熱を出してしばらく寝込みました。祖母もご祈祷とかして、ずいぶん心配してくれたみたいです」

「ご祈祷?」

「うちの祖母、拝み屋? の血を引いてるみたいな話で。よくご祈祷してたんです」


 へぇ、と白崎は興味深そうな表情を浮かべた後なるほどね、と呟く。その言葉に引っかかったけれど、とりあえず話を続けることにした。


「その次の雪の日に会いに行ったんですけど、もう会えなくて。私、あの時ゆきちゃんと遊んだのをきっかけに、楽しい事ってここにもたくさんあるんだなって思って少しずつみんなと話すようになって、それから友達もできたんです。だから、そのきっかけになったゆきちゃんに会って、お礼が言いたくて、それでずっと探してるんです」

「うーん、そういうことかぁ」


 のんびりとした調子で彼は言った。私は彼の方を見てそっと尋ねる。


「それで……ゆきちゃんについてなにかわかりますか?」

「うん。たくさんわかったことがあるし、多分君に会わせてあげることもできるね」

「ほんとですか⁉」

「うん。だけどその前に、ちょっと協力者を呼んでて」

「協力者……?」

「あ、きたきた、ほら」


 がらりと突然社務所の扉が開いた。はっとしてそちらを向けば、黒髪の長身の人が立っている。


「シロ……」

 

 地を這うような声を出す彼を、私はぽかんと見つめた。

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