第44話 赤司氷華の帰郷

 赤司氷華は迷っていた。

 馬玉町へ向かうタクシーのなかで。


 配信を少し休む旨をネットで発表した手前もう引き返すことはできない。けれど、いざ帰郷が近づくと胸がそわそわとしだすのだ。


「お兄ちゃん、なんであんな投稿を……」


 氷華には理解できなかった。妹は兄に助けられてしまったのだ。あれほど憎しみあっていた兄に。


(新宿魔王グールの放つ稲妻から守ってくれた時、お兄ちゃんは私のことを助けに駆け付けてくれたんだと思ってた。全日本霊能力者協会のテリトリーでないのに、禁忌を破ったのは、血の繋がった実の妹を助けるためだったんだって。……嬉しかった。それにお兄ちゃんの実力が世界に伝わったのも気分が良かった。私のお兄ちゃんは世界最強の能力者なんだって、凄く誇らしい気分になれた。──でも、違った。お兄ちゃんがあのクソ田舎からわざわざ駆け付けたのは、私のためじゃなかった。私と同い年の可愛い後輩のためだったんだ。稲妻から私を守ってくれたように見えた行動も、私と一緒にいた神谷京香かみやきょうかを守るためだった。私はお兄ちゃんにとっくに見捨てられてた。お兄ちゃんは私の代わりを見つけてた)


 思い出すたびに怒りが湧いてきた。あるいは悲しみか。悔しさか。喪失感と後悔の薄いベールは、一枚ずつ重なるように、時間が経つごとに、着実に氷華の肩に積もっていった。


 考えないようにしていたことに向き会わないといけなかった。長年、目を逸らし続けたものと対峙する時がきたのだと、氷華は悟った。だから、帰るのだ。確認するために。あの投稿の真意を。兄の思いを。


 タクシーの窓から見える景色からは、どんどん人工物が減ってゆく。


(田んぼ、田んぼ、田んぼ、山、山、山……)


 去来するのは懐かしき日々。

 それと道を違えた時の思い。


(……嫌いなものばかり思い出す。霊能力者たちの集まり。ジジイババアを敬うのは絶対で。勝手に背負わされて。伝統と風習にうるさくて。考えも古くて。あぁ、うざいうざいうざいうざい。全部うざい)


 かつての氷華が気に入らなかったものをあげるとするのならば『全部』というほかなかった。霊能力界そのものが嫌いだった。


(わからないよ。お兄ちゃんならもっと簡単に、ずっと楽に、なんでも手に入れることができるはずなのに)


 やがてタクシーが止まった。

 スーツケースを手におりる。


「本当に家なくなっちゃったんだ」


 実家と事務所が全国同時多発グール事件でなくなったことは、姉経由で知っていた。それでもあえて立ち寄ったのは自分の目で確かめたかったからだ。


 氷華は姉からもらった住所を目指した。

 タクシーはすぐに次なる目的地に到着した。

 懐かしい神社。境内へ続く階段を見上げる。


「……やっぱり、帰ろうかな」


 迷い、背を向け──だが、意を決する。

 氷華は一段ずつ階段をのぼり始めた。


「陰力の抽出ができるんですから、原理的には陽力もできるんですよ」

「赤司さんは指導者の才能もあったのですか」

「そう思います?」

「ええ。とても」

「なんだか照れますね。やめてくださいよ、日陰さん」

「事実をお伝えしているだけですよ、赤司さん」


 氷華は足を止めて物陰からうかがう。知らない女と兄・赤司斗真がいた。女は手元に霊力を集中させ、彼女の手首を赤司斗真が握っている。ずいぶんとスキンシップが激しいのだなと氷華は目を細めながら思った。


「赤司先生、見てください!」

「流石は神谷後輩。天才霊能力者だ。日陰さん、見てください。これが霊能力初めて2か月も経っていない女子高生による展霊ですよ」


 赤司斗真は非常に嬉しそうな表情で、可愛い女の子を、可愛い女の子に紹介している。すべてが氷華の神経を逆撫でした。


(また新しい女……ふーん。デレデレしちゃってさ。弟子を増やしたってところかな。可愛い子ばっかり弟子にして。好き勝手やって。やっぱり、私なんてもう)


 しょんぼりと落ち込む氷華。心のどこかでは何かの間違いであることを期待していた。まだ兄は自分に執着してくれていると。それゆえの投稿なんじゃないかと。


(店に火炎瓶投げ込まれたり、誹謗中傷されたり、サブスク外されて配信で喧嘩したり、荒れてた私を助けるための投稿とか都合よく解釈してた。馬鹿だな。私。本当に馬鹿だ。これじゃあ気持ち悪い勘違いリスナーと一緒じゃん。私の居場所なんてもうないんだ……帰ろう)


 氷華は踵をかえして階段を下りようとする。と、そこで初めて気づいた。一匹のキツネがこちらを見ていることに。ふっくらした尻尾を凄く楽しそうにフリフリしていることに。


「あっ」

「きゅえ♡」

「お姉ちゃん、しーっ!」

「きゅええ!」


 モフモフ狐の正体に一瞬で気づいた氷華。血の繋がった姉は、その尻尾を取れちゃいそうなくらいブンブン振り回して、ヒコーキ耳になってしまう。嬉しそうな声が「きゅえきゅえ……っ」と喉の奥から漏れ出ている。


 氷華はすぐに姉を抱っこしてあげて、その口を押さえて撫でであげた。


「お姉ちゃん、しーっ。よしよしよし」

「きゅええ~(訳:こら~。お姉ちゃんのことを可愛いペット扱いして!)」

「お姉ちゃんは可愛いマスコットでしょ。本当に昔から変わらないんだから」

「きゅえ!(訳:ふふーん! 覚醒したこと氷華は知らないんだね~! 私もう本当にすっごくなっちゃったんだから~!)」

「はいはい。とにかく静かにしてて。お兄ちゃんに私が来たこと言わないで。もう帰るところだから」

「きゅえ!?(訳:えええ!? なんでー!? 実家に帰ってきたんじゃないの!?)」


 狐は全身の毛を逆立てて驚愕をあらわにする。氷華の視線が境内の奥に向いた。それを見逃さない姉狐。


「きゅえ~ん(訳:なるほどねえ~。大好きなお兄ちゃんに新しい女が出来て気に喰わないってところか~)」

「違うから! そんな型にハマったような嫉妬をするとでも?」

「きゅええ(訳:お兄ちゃんの相棒は自分だけだった。お兄ちゃんはきっと私のことをいまでも必要としているはず。なのになんだか裏切られた気分。私はもういらない子なんだ。ふんだ! 帰ってきてあげたのに、もうお兄ちゃんなんか知らない! ってことねえ。ふーん)」


 したり顔のモフモフ姉狐は、妹に抱っこされたまま次々と鋭い洞察を披露。姉妹の気持ちなど姉にはお見通しなのである。なお当の妹はもちろん面白いわけもなく、頬を染め、焦燥感と看破された悔しさのままに姉狐を振り回した。


「そんなわけないじゃん! お姉ちゃんなんかこうしてやる!」

「きゅええー!?(訳:うわあ~! やめて~! ぐわんぐわんしゅる~! お姉ちゃんに酷いことしないで~!)」

「はぁはぁ。ちょっと取り乱した。ごめんね。大丈夫だった?」

「きゅえ(訳:氷華、お姉ちゃんにいいアイディアがあるんだ。ひとまず帰らずに話だけでも聞いていって! そうすれば弟ときっと仲直りできるはず!)」

「お兄ちゃんと仲直りなんてありえないよ。絶対にね」

「きゅええ(訳:仲直りしちゃったらどうする?)」

「私がタマを憑依術式で降ろして、10割にゃんこになって、好きなだけモフモフさせてあげるよ」

「きゅええ~(訳:弟と一緒にたくさんモフモフしちゃっていいってことだね?)」

「絶対に仲直りなんかしないけどね」


 姉キツネは非常に得意げな顔で「きゅえ(訳:吐いた唾は飲めないよん)」と釘を刺した。







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 こんにちは

 ファンタスティック小説家です


 宣伝だ。実はカクヨムネクストっていう場所で新連載をしてます。


タイトル『努力無双の転生エクソシスト』

 血統と才能が重要とされる悪魔祓いの世界。魔法が当たり前にある世界で、しかし、主人公は魔法を使えず、イカれた精神力とボディビルディング、あと八極拳や武器術を高めることによって最強の悪魔祓いへと成り上がっていく。そんな物語なんだ。コメディありダークあり。超面白く書けてるからぜひ読んでみてくれ。


『努力無双の転生エクソシスト』

作品ページ↓

https://kakuyomu.jp/works/16818093092665757343


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