なぁ、桃太郎、もうやめないか

八木沼アイ

第一話 ヒーローシンドローム拗らせすぎなんだよ

 桃太郎。俺さ、もうやめようかなって思うんだ。だってこんなのおかしいだろ、これが俺たちが望んだ末路か?だって俺らの表情を見てみろよ。あの夜、焚火の前で平和な未来を豪語してたあの時の表情じゃないだろ。俺は右目がほとんど見えない。キジは左足がもう使い物にならない。イヌは精神崩壊を起こした。なぁ、あんただけ無傷なんだよ。どういうことか、最初から説明してもらえるか。あんた、一体、何者なんだ。



 桃太郎さんと初めて会ったのは、俺が住む山の山道。最初は森にある果物を取りに来る盗賊かと思って、話しかけたんだ。


「なぁ、あんた何しにきたんだ」


「え、あぁ、いたいた。君がサルか。君を仲間にしに来たんだ」


 第一印象はスラっとした桃色の装飾品を着飾った好青年。ニコッと笑う彼の顔には不気味さがあった。


「あ、申し遅れたね。私は桃太郎。この腰に付けた、きびだんごを少しばかりしかないが、分けられる。これを君にあげるから、鬼ヶ島に一緒についてきてもらえないだろうか」


 急な提案に呆気にとられてしまった。そのきびだんごとやらで俺を釣るというのか。なめられたものだ。この山にある豊潤な果実の方がおいしいに決まっている。

 

...しかし、まぁ、食べてみてから決めてみてもいいかもしれない。


「じゃあ、桃太郎さん。一つだけもらえないだろうか。それを食べてから決めてしまってもいいだろうか?」


「...ああ、いいよ、ほら、お食べ」


 木から降りて、彼から、きびだんごをもらう。彼はずっとニコニコしている。訝しみながら、口に入れた。


「なんだ、これは...」


 う、うまい、今まで食べてきた食べ物の中で一番にうまい。


「うまいか?」

「ああ、おいしい」

「それはよかった。では、どうする。私と共に鬼ヶ島へと旅に出てくれるか?」

「わかった、お供させていただこう。一つだけ気になる点があって、俺がこの森を抜けた後、誰がこの森の果実を守るんだ?そのあてはあるのか?」

「は?」

「な、なんだよ」

「サル、お前、ヒーローシンドローム拗らせすぎなんだよ」

 その時、森のざわめきが消え、さっきまで吹いていた風すら止んだ気がした。おぞましく、黒い何かを感じた。

「ヒ、ヒーロー、なんだ?」

「あ、いやなんでもない気にしないでくれ。この森は、俺の村のおじさんが代わりに見てくれるそうだ」


 俺?さっきまで一人称は私ではなかったか。彼の素の一人称は俺なのだろうか。


「あ、あぁならよかった」


 彼を信用し、安心していいのか。あれ、なんだか、どうでもよくなってきた。頭がぽわんぽわんする。


「よし、なら次はイヌをお供にしよう」

「イヌ、か」


 イヌとは、あまり仲が良くない。あいつとはうまが合わないのだ。


「どうした、サル」

「いや、俺はあいつと仲があまり良くなくてな」

「...心配ない、きびだんごがある」


 最初、俺には意味が分からなかった。ただのおいしい団子ではないか。そんな疑問を吹き飛ばして、杞憂だったと思わせるほどに、あれは実際に見た方が早かった。

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