序章
01
最初に光が見えた。とても小さな一筋の光だ。
(嗚呼、行かないと。僕はあそこへ行かないと)
決して届かないと知りながらも、汚水に塗れた手を光の差す方へ伸ばす。
よく見るとそれは、氷のような夜空に穿たれた小さな穴で、差し詰め僕はそこから落っこちて来たアリスなのだろう。尤も僕をこの世界に誘ってくれたであろうメルヘンチックな白兎は何処にも見当たらないけれど。
此処は見渡す限りごみ捨て場だ。何かの金属部品や腐った廃材がそこら中に散乱している。かつて何かだった者が最後に行き着く場所。もう要らなくなった壊れ物の終着駅。
僕の身体の殆どはそんなごみの瓦礫に埋もれていた。辛うじて動かせるのは珪素繊維とアルミフレームで構成される右腕だけで、自分もまた彼等のように此処で朽ち果てていくだけの存在なのではないかという不安に苛まれる。
何処からか汽笛の音が聞こえる。彼方に見える無数の煙突は絶えず煤煙を吐き続けており、僕にはそれが何だか良くないもののように思えた。
自由を求めてごみ山から抜け出すことを試みる。けれど藻掻けば藻掻くほど何かのケーブルが蛇のように手足に絡み付き、とうとう僕は身動き一つ取れなくなってしまった。
(どうしよう、このまま僕はずっと一人……嫌だ、そんなの嫌だよ)
頭部から蒸汽が立ち昇る。焦っているのだから当然だ。
僕はこの世界を見て、歩き、喜ぶために生まれてきたのだ。こんな物悲しい場所で誰にも知られず朽ちていく為なんかじゃない。僕はまだ何も始められていないじゃないか。
(あの光の向こうに何があるのか確かめに行きたいのに!)
そう叫んでいるのに肝心の発声機関は先程から振動していないことに気付く。音が抜けているから、この声が決して誰にも届くことはないのだと知り僕は絶望した。
そうしてどれだけの時間が経っただろうか。
ごみ捨て場に白い灰が降り出した。いや、灰と呼ぶには余りにも粒子が細か過ぎるし、何よりそれらは自ら淡く発光している。光る微粒子は空にかざした僕の手のひらに触れたが、すぐに溶け落ち揮発して消えた。
不思議そうに空を眺めていると、誰かがごみを踏み潰して此方に近付いて来た。
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