第41話「時を刻む音」



時計店のシャッターが、12年ぶりに開けられた。埃が舞う店内に、夕暮れの光が差し込む。


「お姉ちゃんの作業台、そのままだよ」

由香が店の奥へと進む。調律師――本名・宮澤千春が、懐かしさと恐れの入り混じった表情で後に続く。


「実験の日...私は、ここで時計を修理していた」

千春の声が、静かに響く。

「『星霊波動増幅実験』の準備中、私は...」


「新しい可能性を見つけた」

星見凛の声が、突然店内に響いた。彼女は店の入り口に立っていた。人と星の狭間の存在である彼女の体が、薄く発光している。


「凛さん!」

星川綺羅が驚いて振り返る。


「時計の振り子のように、正確な周期を刻む波動」

凛は千春を見つめる。

「でも、それは自然の摂理に逆らう力だった」


千春は静かに頷く。作業台に残された工具を、そっと手に取る。


「星霊術の波動と、時計の振り子を共鳴させれば...」

千春は工具を握りしめる。

「完璧な調律ができると、思い込んでいた」


「それで、レオの父は...」

織部翔が古い写真を取り出す。

「あなたの研究に、警鐘を鳴らそうとした?」


千春は首を横に振る。

「いいえ。晴明さんは...もっと本質的なことに気付いていた」


彼女は作業台の引き出しを開ける。中から、一冊のノートが出てきた。


「これは...」

翔が息を呑む。

「獅子堂晴明の、失われた研究記録?」


「コピーよ」

千春は懐かしそうにノートを開く。

「原本は処分されたけど、私が密かに...」


ノートには、星霊術についての斬新な理論が記されていた。


『星霊術の本質は、完璧な調和ではない。それは、不完全な存在である人間が、星々の無限の可能性と対話する術である』


「これが、消された真実...」

綺羅の声が震える。


その時、由香が古時計を作業台に置いた。カチカチという音が、静寂を破る。


「この音...」

凛が目を閉じる。

「千春さんの波動が、時計に残っている」


確かに、時計の音には微かな星霊波動が混ざっていた。しかし、それは支配的な力ではなく、時を刻む音の中に自然に溶け込んでいる。


「私は...間違っていた」

千春の目に、涙が光る。

「完璧な調律を求めて...でも、本当は...」


「お姉ちゃんの音が、時計を生かしてたんだよ」

由香が微笑む。


その瞬間、ノートの最後のページから、一枚の紙が滑り落ちる。それは実験当日の記録だった。


『実験中止を進言。星霊術は制御すべきものではなく、対話すべきものである。我々は、重大な過ちを犯そうとしている...』


「でも、間に合わなかった」

千春が続ける。

「実験は強行され、私は消えかけ、そして...」


「違う波動を得た」

凛の声が、優しく響く。

「それは、失敗でも成功でもない。新しい可能性だった」


時計の音が、今まで以上に鮮明に響き始める。それは不完全で、時には乱れる。しかし、確かな存在感を持った音色。


「レオくんのお父さんは...」

綺羅が言葉を探す。

「きっと、この音を聴いていたんですね」


夕暮れの光が作業台を照らし、時計の影が壁に映る。それは少しだけ歪んでいて、完璧な形ではなかった。


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