第12話:ダルい目覚めと苦い色々

「……くぁぁ」


 都内で暮らしていたプロゲーマー時代ならば十分に満足して居ただろう寝心地の寝具での睡眠が、今は少々寝苦しいと感じるのはコレ以上に寝心地の良い文字通り宇宙レベルの寝具を経験してしまったからだろうか?


 寝ぼけた頭でそんな事を思いつつ、身体を起こしたシンは大きなあくびをしながらも、ベッドから立ち上がり寝室を出る。


 昨夜のウチに豆と水をセットしておいたコーヒーメーカーのスイッチを入れると、電動ミルが豆を砕く音が室内に響き渡りその音で少しだけ目が冷めた気がした。


 ゲーマーと言うとエナジードリンクを愛飲すると言う印象を持ちがちだが、彼は同じカフェインを接種するならばその手の飲料よりはコーヒーを、コーヒーよりはコーラやガラナを……と言った嗜好の持ち主である。


 更に言うならば赤を基調としたコーラよりは三色のトレードマークのコーラのゼロカロリーを好んで飲むが、朝一番はやはりコーヒーだろう……と言うのは長年の習慣の様な物だ。


 とは言えコーラやガラナは兎も角としてコーヒーは割と眠気覚ましとして飲んでいると言う部分も有る為、宇宙カマキリ対策センターのタンクベッドで寝た時のシャッキリとした目覚めの時に飲む事は無い。


 電動ミル付きのコーヒーメーカー自体はそこそこのお値段がする物では有るが、豆の方は近所の業務用品を扱うスーパーで大袋に入った物を買ってきて居る辺り、コーヒーに関しては然程のこだわりは無いのだろう事が見て取れる。


 暫し機械が動きコーヒーが淹れられる音と香りだけが部屋を支配したような時間が流れ、ソレが止まった所で大ぶりのマグカップへと注ぐと、砂糖もミルクも入れずにブラックのままで舐める様に一口すすった。


「にが……」


 顔をしかめ思わず呟いてから改めてもう一口……彼はブラックコーヒーが好みと言う訳でも無い、単純に苦い方が目が覚める様な気がするから何も入れずに飲んでいるのだ。


 嗜好品として好みでも無い物を飲むのはどうだろう……と本人も思っては居るのだが、完全に習慣づいてしまっている事なので今更変える様な事でも無いのだろう。


 コーヒーに含まれるカフェインの効果か、それともただのプラシーボか……ソレを判断する方法を彼は持たないが、目が覚めてきた気がするのでヨシっ! と言う事にしてソファーに座ると、取り敢えずテレビのリモコンを取ってスイッチを入れる。


『……と言う訳で、こうした事態は何も北海道だけで起こる訳では有りません。東京近郊にも宇宙カマキリが営巣して居ると見られる場所は幾つか報告されており、そこにマーセの部隊が展開しては居ますが完全に駆逐出来ては居ないのです」


 何時も付けている局でやっている朝のワイドショーは、全国ニュース枠で北海道で起きた昨日の事件を特集して居るらしい。


 日本地図の数か所に赤い大きな丸が打たれているのは、恐らくそこがマーセが展開して居る主な戦場と言う事なのだろう。


 北は当然北海道、南は九州熊本辺りまで、どうやら沖縄の様な離島には宇宙カマキリの卵も落ちなかった様でソレらしい印は入っていない。


 もしかしたら落ちて居たとしても比較的狭い範囲だった事もあって既に鎮圧済みと言う可能性も十分有り得る話では有る。


 何せ沖縄と言う狭い範囲の中に日本に駐留する米軍施設7割が集中して居り、恐らくはNASAを経由して宇宙人から一番最初に技術提供を受けたであろう米軍が、その安全性の実証確認に自国の領土以外の場所で試すのにうってつけの場所なのでは無かろうか?


 そんな疑念が一瞬脳裏をよぎるが……


『しかしあの怪物は宇宙カマキリと呼ばれており、我々はいつの間にかソレを疑問も無く受け入れて居ますが……本当にアレは宇宙から来た外来生物なのでしょうか?』


 テレビから聞こえて来た不穏な言葉を耳にした瞬間、取り敢えずは他の全てを忘れて仕舞って良いから、まずはこの番組を見よう……と思ってしまった。


 こうしたセンセーショナルな言葉で興味を煽るのがマスコミの常套手段だと言うのにまんまと乗せられた……と言う様な気分ではあったが、自分が割とガッツリ関わっている話だけに特に興味をそそられたのだ。


『今では世界中で猛威を振るうこの怪物に宇宙カマキリと言う呼称を付け、ソレに対抗する武器を用意したのも米国です、我々はかの国の情報操作に踊らされていると言う可能性は無いのでしょうか?』


 ……あー、成る程な、この発言だけで筋書きが読めた、コレは所謂大陸系の連中がこういう風な番組を作る様に裏から働きかけをして居る奴だ。


 テレビの偏重した報道だと結論付けたシンのそんな考えは、何の根拠もない陰謀論と言う訳では無い。


 SNSを通じて発信される情報を全て鵜呑みにする様な真似はしないが、そうしたネットの情報の中には多少の真実が含まれている場合も有る……と彼は考えて居た。


 そしてマーセとして活動していく中で、米国籍の軍人達から軍事機密に抵触しない程度に雑題として海外の情報を耳にする事も有る。


 ソレ等を総合して考えるとお隣の大陸の某国では予備肉体……サブボディ技術を軍事利用する気マンマンで、分解し技術解析を行う所謂『リバースエンジニアリング』を試みたが、技術格差が酷すぎて取っ掛かりも掴む事が出来なかったと言う話なのだ。


 しかも宇宙人からの産物はアメリカも無料で手に入れていると言う訳では無いそうで、それ相応の対価と成る物を宇宙人に支払って居るらしく、そうした不正行為で壊した物の代替品を無償提供する……なんて事は出来ないと言う。


 更に言うならば俺達が普段持ち歩く様に言われているブラスターの一丁一丁にも、携帯電話スマホに入っているGPSと似た様な機能が備わっており、やろうと思えば宇宙人達はマーセ個人個人を追跡する事も自由自在……らしい。


 当然、大陸系の国としてはアメリカと結託して居る宇宙人を完全に信用するなんて事は出来る相談ではなく、此方の方も何とか上手く改造しようとしたが結局は失敗に終わったのだそうだ。


 こうした情報はアメリカ軍的には軍事機密なのでは無いかとも思ったのだが、何でもアメリカ本国では普通にニュース番組で報道されて居る程度の情報でしか無く、この手の話が報道されてい無い日本の方が特殊なのだと言う。


 ちなみに日本では全く報道されて居ないが、お隣の大陸に有る某小国は大国同様に解析に失敗し、アメリカとは完全に敵対して居る関係上、初期に配布された分の代わりを『買う』余裕も無く、生身にブラスターを抱えて兵士に突撃させている……らしい。


 ネットの大型掲示板やSNSなんかで、都市伝説の様に語られていた話では有るが、米軍兵の方々から聞いた話で大体事実だと裏付けが取れてしまった時には、シンも何をやってるんだと呆れた物だ。


 何せ大国の方も小国の方も、彼がプレイしていたワールドガンセッションの世界大会では、必ずと言って良い程に決勝ラウンドまで駒を進めるチームを送り込んで来て居た、ソレくらいには最新鋭の技術に適応して居た筈なのである。


 にも拘らず開けるなと言われているブラックボックスを開けて機材をぶっ壊して居ると言うのでは、『後進国』と謗られても文句は言えないだろう。


 シンはその理由を知らないが日本は何故か他の国よりも、サブボディを培養する為の機材もブラスターも、そしてブラスター以上に危険な対宇宙カマキリ用の武器も、大量に配備されていたりする。


 無論ソレには真っ当な理由が有るのだが、今の時点で彼にそれを知る事は無いので、実際にソレを知る時まで語らずにおこう。


 苦いコーヒーを飲み干し苦いニュースで目を覚ましたシンは、やはりゲームをする気分では無いな……と、普段通りにススキノに有るジムへと向かう準備を始めるのだった。

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