第37話 裏事情
『どうやら、うまくいってるようね』
「はい」
学校の屋上にて。立ち入り禁止であるこの場所にいるのは、人ではなくぬいぐるみ―――の姿をしたAI内蔵型生体ロボット、ヌコワン。最早恒例となった、上司への報告会である。
『そう。……徹夜で手続きを進めた甲斐があったわ』
「……そもそも、何故こんなに彼女の編入を急いだのですか? 本来なら数日は掛けるものでは?」
欠伸交じりに漏らす上司に、ヌコワンは疑問をぶつけていた。……由美たちが魔法少女になったことで、魔法少女局も彼女たちが通う学校に色々と手を回していた。職員を派遣するため、教師の異動や生徒の転校をいつでも行えるように事前に根回しをしていたのだ。だからこそプリメラも迅速に編入させることが出来たのだった。とはいえ、通常であれば数日掛けて手続きをするところを、一晩で押し通すという無茶をしたのは変わりない。
『それね……あのプリメラという少女を、可能な限り迅速に引き離す必要があったのよ。でも、彼女はかなり強情だったみたいだし、口実として使えそうなのが学校くらいだったから、無理をするしかなかったというわけ』
「引き離す……親船正雄から、ですか?」
『そうよ』
ヌコワンが出した名前を、上司は肯定した。
『BEMの人化現象。それを引き起こしたのは、親船正雄よ。だからこそ、彼からプリメラを引き離して確かめないと』
「彼女の人化が一時的なものか否かを、ですか?」
『ええ』
思考を整理するのも兼ねてか、上司はヌコワンに詳しい事情を話す。ヌコワンもある程度察しはついているものの、正確な答えを教えて貰える場面で勝手に早合点するような愚は犯さなかった。
『BEMが人化するということは、つまりは物質化するということ。明らかに質量保存則から外れた現象だわ。もし彼女の人化が、親船正雄と一緒にいることによる一時的な現象なら問題ないけど……もしそうでないなら、ちょっと厄介なことになるわ』
「無から物質を生成する手段になるから、ですね」
『それもあるけど……まあそこはまだ大したことはないわ。学術的にはともかく、実利的な意味では殆ど役に立たないもの。人体なんて、所詮は簡単に合成できる有機物の塊だし。レアメタルとかだったら面倒なことになってたかもだけど』
何もないところから物質を生成できること。それは確かに驚愕に値するものの、それだけならまだ大事にはならない。上司はそう語る。
『問題は、人間を生み出せるということよ。しかも、成人に近い姿と、最低限の知識がある状態で、よ』
「それはつまり……」
『ええ。―――戸籍もない人間を無から生み出せる。しかも、養育する手間も時間も必要ない、ね。賢いあなたなら、悪用方法くらい、いくらでも思いつくでしょ?』
上司は暗に、こう言っているのだ。―――BEMを人化すれば、都合の良い奴隷として使うことが出来る、と。
『まあ、ボスクラスのBEMを用意しないといけないし、再現性がある現象でもないだろうから、どの道すぐにはどうこうなることはないにしても……このことが広まれば、良くないことを考える人間が現れるのは想像に難くないわ』
魔法少女局は、組織図にないとはいえ政府組織だ。現状既に、魔法少女の技術を軍事利用しようとするなど、悪巧みをしている連中が存在することは分かっている。その上で更なる懸念事項を増やしたくないというのが上司の考えだ。
『BEMの人化現象が一時的なものなら良し。そうでなければ、悪用を防ぐために動く必要が出てくる。……そして、現象の発生源である親船正雄とずっと一緒にいれば、仮に本来は一時的な現象だったとしても、人化した状態で定着してしまう可能性も捨てきれない。だから、最低でも半日程度は引き離す必要があるってわけ』
「そういうことでしたか……」
上司の説明が終わって、ヌコワンは納得の声を漏らす。となれば、彼(?)の役割も必然的に決まる。
「では、放課後は彼女たちに寄り道させて、可能な限り帰宅を遅らせますね」
『そうね。そうして貰えると助かるわ』
「では、そのように」
本日の方針が決まって、ヌコワンは上司との通信を切った。
◇
……放課後。
「というわけで、事情を説明するから、集まって欲しいワン」
授業が終わって後は帰るだけとなった頃。人気がなくなった教室にヌコワンが現れて、そんなことを言い出した。
「私はパス。早く帰ってパパに会いたいもの」
「いや、あんたがいないと話にならないじゃん」
空気を読まずにさっさと退散しようするプリメラの手を、私は掴んだ。彼女がいないと、説明をするにもスムーズにはいかないだろう。
「それで、どこに行くの? この前の喫茶店?」
尋ねる一美が言っているのは、彼女の行きつけのほうではなくて、ボスクラスが初めて現れたときに行ったほう。ショッピングモールの近くにある喫茶店のことだろう。
「あの店はさすがに遠いから、別の場所を用意したニャン」
でも、そういうわけではない様子。まあ、ショッピングモールは遠いからね……。
「じゃあ、さっさと移動しましょう。ダラダラしてると他の生徒がやって来るかもしれないし」
「そだね」
言いながら、私たちはみんなで移動を開始する。……放課後とはいえ廊下にはまだ少しは生徒がいて、金髪のプリメラがいるのもあってか、その残り少ない生徒たちから注目を浴びていた。
「やっぱ目立つね」
「そうね」
そうやって人の目を集めても、プリメラは気にした様子がない。他人を意識していない、と言ったほうが正しいかもしれない。
「見られてるのに、気にならないの?」
「人間なんてどうでもいいもの。私にとって、気に留める価値のある人間はパパだけよ」
……訂正。他人に興味がないだけだった。パパ以外の人間に価値がないとまで言い切るか。まあ、元々BEMだったことを考えれば、害意がないだけマシかもしれないけど。
「でも、教室ではちゃんと受け答えしてたじゃない。みんなと仲良くするつもりがあるんじゃないの?」
「問題を起こさないように、穏便にやり過ごしてただけよ。……学校で問題を起こすと、パパに迷惑が掛かるんでしょ? それはさすがに本意じゃないもの」
教室で大人しかったのも、結局はパパを考えてのことだったらしい。どこまでもパパ中心なのが、人間化してからの彼女のブレなさ、軸なのだろう。
「ねえ由美、この子が言ってるパパって、もしかして……」
「あ、うん……それは後で話すから」
そんな彼女の態度から、何かを察した様子の輝美。でも、これからその話をしようとしているのだから、今答えても二度手間になるだけだろう。彼女には悪いけど、もうちょっとだけ辛抱して貰おう。
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