16走目 ヴィンテール・ジュニアサマー・カップ

 今日はヴィンテール・ジュニアサマー・カップ。そう、レティシアとヴィオラさんが出ることになったレースだ。私は彼女たちのレースを観客席で見ている。少し怯えている。


「む? フィリアか? 今日は出場しないのか?」


 私に声をかけてきた年上の落ち着いた声の女性は……アウリスさんだ。私の憧れの伝説の選手である彼女も、今日のレースの観戦に来ているみたいだ。


「アウリスさん、こんにちは……はい、私は明日のヴィクトールビギナー・カップに出る予定なんです」

「そうか。頑張れ、フィリア。前回のレースも見ていたぞ」


 !? あの……二着だった。勝てなかったレースを……見ていたんだ。


「あ、ありがとうございます!」


 私はそう言って頭を下げると、アウリスさんから少し距離を取る。


「初戦で二着。普通なら喜ぶべき実績だ。君は……悔しかったのだろう。だが、悔しい気持ちがあるということは前を向いている証でもある」


 そう言ってアウリスさんが観客席に座り、レースが始まるのを待つ。私も……彼女の隣に座り、レースが始まるのを待つ。そして……


『さあ! 本日のジュニアサマー・カップもいよいよ最後の組となりました!! まずはこの方、レティシア・ヴェントゥス選手!!』


 レティシアだ。彼女の堂々とした佇まいが、私には羨ましい。


『彼女の走りは見た者もいるだろう! 圧倒的な加速と諦めない根性!! 今の時代にこそ! 彼女のような走りが人を引き付ける!!!』


 司会の紹介は、きっと私とレティシアが走ったあのレースのことだろうな。大きな大会ではないものの、たくさんの人がかっこいいレティシアと……負けた私を見ていたんだ。


「アウリスさん、私は逃げちゃいました。自分の心の弱さから」

「そうか……ならば今日はどうする? 見ているだけでいいのか?」

「……え?」


 アウリスさんの言葉の意味がわからない。見ている以外に何ができるのか。……いや、見ているからこそ次の対策ができるんだ。そうだ、私はみんなの走りをただ見に来たわけじゃない。学ぶんだ。癖や特徴。勝ち方。そして……自分の走りを。


「フィリア、君は良い目をしているな」


 アウリスさんが私を見てそう呟く。私は……そんな大それた人間じゃないのに。でも、今はその期待に応えたい!


『続いてはヴィオラ・アストラ選手!!』


 ヴィオラさんだ。彼女はアウリスさんやヴィクトリアさんと一緒に走らせてもらった初めてのレースで、私が初めて負けた相手。


『彼女の走りは一言で言うなら……無音! まるでそこに存在していないかのような走りを彼女はします!』


 ヴィオラさんの走りは重力を無視したものだ。普段からフワフワと浮いているし、飛行スキルもある。ヴィオラさんの前に重力はないと言っても過言じゃないくらいだ。


『さあ! それではジュニアサマー・カップ、最後の組となりました!! 選手は位置について! よーいドン!!!!』


 そして……ヴィンテール・ジュニアサマー・カップが始まる。最初はスプリントゾーン。一定の間隔で砂地があるものの、基本的には障害物のないエリアがしばらく続く。


「速い!!」


 先頭を走るのはレティシア。それに続いてヴィオラさんが追走している。でも……二人とも本来は後方から一気に後半に追い越すタイプだ。


「二人とも本来の走り方と違う!」

「ああ、そのようだな」

『さあ! 先頭を走るレティシア選手! ここで加速しましたがこのまま逃げ切って最初の障害物に突入か!?』


 レティシアは加速して一気に先頭を走っていく。でも、そのすぐ後ろにヴィオラさんがぴったりとついている。


『おっと! ここでヴィオラ選手も加速したぞ!!』

「アウリスさん、どうして二人はあんな……」

「わかるわけないだろ? 今日はそういう作戦なんだろう。あるいは初戦が本来の戦い方と違ったのか、どちらかだ」


 そっか。いつも同じ作戦で勝てるほど、私たちに実力はない。だから走るんだ。普段と違う走り方も試すんだ。


『レティシア選手、最初の障害物に到着!! ……速い! 速すぎるぞ!!』


 最初の障害物はローリングヒルズと呼ばれる小高い丘が連続するエリア。禁止事項は飛行のみだ。丘を登るのに苦戦するレティシアと、急な坂すらも障害にならないヴィオラさん。


『抜いた!!!! ヴィオラ選手が一気にレティシア選手を抜いていく!! このまま一つ目の障害物を突破だ!!』


 ヴィオラさんは重力操作で自分の体重を軽量化しているんだ。レティシアは加速のスキルが中心だけど、あの坂で加速すると逆にスタミナを奪われかねない。


『レティシア選手失速か!? 後方からオリヴィア選手とフロレンティア選手が追い上げる!!』


 レティシアが失速し、ヴィオラさんが一着で最初の障害物を突破する。そして、そのすぐ後ろにオリヴィア選手とフロレンティア選手。この三人が先頭集団だ。でも……


『そして次は重力変化ゾーンだ!! 急な下り坂と重力が倍かつコーナーも兼ねているので、上手に曲がれないとコースアウトだ!』


 重力変化ゾーン。ここでどれだけ加速しすぎずに坂を下れるか。そして、重力変化ゾーンでのコーナーワークが勝負を分ける! 当然だけど、重力変化ゾーンをものともしないのは……ヴィオラさんだ。


『ヴィオラ選手、重力変化ゾーンをものともしない!! そして……なんと重力倍の下り坂!!! レティシア選手も加速して坂を駆け下りていく!!』


 レティシアが重力変化ゾーンの急な下り坂と倍になった重力を利用して超加速する。でも、その先はコーナーで……


『おっとレティシア選手一気に先頭に返り咲いたが目の前のコーナー! 一体どう対処する気だ!?』

「無策なわけ!!! ないでしょう!! 【無謀なる疾風レクレス・ヴェントゥス】!!!!!」


 レティシアはコーナーの曲がり角で無理やり足先を曲げて直線加速し、直角に曲がる。


『なんと直角コーナーを無理やり曲げて直線加速だと!? これは足への負担が大きいはずだが!!!! 後続を一気に置き去りにした!!』


 レティシアが仕掛けた作戦。それは先頭を走りながら、さらに前方の重力を重くして後続との距離を広げるために直線で一気に速度を上げるというものだ。私は観客席で息を呑む。彼女の走りに目が離せない。


『ヴィオラ選手はいつも通りの重力の状態のままかと思ったら一気に自由落下で下り坂を進み始めたぞ!!! そしてコーナリングのタイミングで重力の向きを変えた!? レティシア選手を追う! レティシア選手はヴィオラ選手を引き離すことはできるのか!?』


 ヴィオラさんが重力操作で自由落下し、コーナリングで重力の向きを調整する。私はその動きに驚く。彼女の走りは本当に予測できない。


「アウリスさん、ヴィオラさんの走りって……どうしてあんなに自由なんですか?」

「彼女は重力を操るスキルを持っている。自分の身体を軽くしたり、重力の向きを変えたり……それが彼女の強さだ。レティシアの加速とはまた違う魅力があるな」


 私は頷きながら、二人の走りを見つめる。レティシアは加速で強引に突破するけど、ヴィオラさんはまるで風のように自然にコースを流れていく。


『次の障害物は綱渡りゾーンだ!! ここは飛行禁止、足での移動も禁止!! 腕力とバランスが試されるエリアだ!!』


 綱渡りゾーンに突入する。レティシアがロープに掴まり、腕の力で進む。でも、彼女の動きが少しぎこちない。加速に頼る彼女にとって、腕力勝負は苦手なのかもしれない。一方、ヴィオラさんは……


『ヴィオラ選手、綱渡りでも重力を軽くして進む!! まるで浮いているかのようにロープを渡っていくぞ!!』


 ヴィオラさんが一気にレティシアを追い抜く。私は拳を握りしめる。レティシア、頑張って!


『レティシア選手、ここで踏ん張る!! 腕力で懸命に進むが、ヴィオラ選手との差は縮まらない!! 後方からオリヴィア選手が追い上げてきたぞ!!』


 レティシアが必死にロープを渡る姿に、私は胸が熱くなる。彼女の諦めない姿勢が、私に勇気をくれる。


「アウリスさん、私……明日のレースで絶対に勝ちます。レティシアやヴィオラさんに追いつくために!」

「その気持ちが大事だ。フィリア、君ならやれるよ」


 アウリスさんの言葉に、私は力強く頷く。レースはまだ続くけど、私の心はもう明日のヴィクトールビギナー・カップに向かっている。レティシアとヴィオラさんの走りを見て、私も強くなるんだ!

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