密室殺人は海に浮かぶ礼拝堂《フローティング・モスク》の見える場所で

高井希

第1話透明度高きサウジの紅海

 その男はロープで首を絞められ、大きな目を開いたまま苦痛に顔を歪めて絶命していた。


紫色の唇からは舌が覗いていており、ロープを緩めようともがいたらしく、首には被害者自身の爪の跡が幾筋も残っていた。


「これは密室殺人だ。」


ドアにもベランダに出る窓にも内側から鍵が掛かっている。

部屋の中はきちんと整理整頓され、争った形跡も誰かが侵入した形跡も無い。


 「なんだ?。この違和感。何かがおかしい。」

探偵が呟いた。



 サツキと進藤は卒論の為に、サウジアラビアのジェッダ空港に到着していた。


空港から外にでると、焼けるような暑さが出迎え、現在レンタカーで、フローティング・モスク目指して進んでいた。


フローティング・モスクは、「Float(浮く)」の名の通り、海を漂うかのような場所に位置している幻想的な白と青のモスクで紅海にある。


「もう着いたのか。割と近かったな。」


フローティング・モスクは海面下に台座があり、白亜にターコイズブルーを組み合わせた外観と海がコラボレーションした光景は、まさに絶景だった。


「フローティング・モスクも素晴らしいが、紅海ってこんなに綺麗なんだ。透明度高いな。」


二人はフローティング・モスクを見学してから、予約していたホテルに向かった。


ホテルは旧い建物をリノベーションした物で、周囲の建物も旧市街の趣きがあった。


「なんか、アラビアンナイトの世界に入ったみたいだ。」

「進藤、アラビアンナイトはイラクのバグダッドの物語だ。」


「たいして違わないだろう?。」

「それなら日本と中国の違いがわからないハリウッド映画に、文句を言う資格が無くなるぞ。」


そんな軽口を叩きながら俺達はチェックインした。


「良いな。ホテルのベランダからフローティング・モスクと紅海が見えるなんて。」


ベランダに出て、スマホでの写真撮影に忙しい進藤をサツキがまたからかった。


「桜に見せる為に撮影してるのか?。24時間ライブでビデオコールをしていたらいいじゃないか?。」


ーそれよりも、俺はずっと日本で桜と一緒に居たいんだ。ー

桜は進藤の初恋のひとであり、初めての彼女だった。


「こんにちは。日本人の方ですか?。日本語が聞こえたので。」


声のした隣のベランダから覗いた顔は、典型的な日本人のものだった。


「そうです。K大学の学生で、進藤とサツキといいます。」


「私は退職して世界を廻っている、榎本です。」

60歳前後に見える人物は人懐っこい笑顔を見せた。


「さっき、部屋に食事を頼んだんです。良かったら、ご一緒にどうですか?。」


「え?。でも、ご迷惑じゃあないですか?。」


「量が多くてどうせ1人では食べきれません。それに、久しぶりに日本語で会話したい。」


榎本氏の誘いに応じ、俺達は彼の部屋で食事を共にした。


卓上にはかなりの量の料理が並んでいる。「確かにこれを1人では食べきれませんね。」


榎本氏は各皿からほんの少しずつ食べただけでギブアップし、残りを俺とサツキが平らげた。


「このホテルに長期滞在されてるんですか?。」

榎本氏の部屋はきちんと整理整頓されているが写真立て、爪切り、靴類の多さ、何冊もの本を見てサツキが尋ねた。


「一ヶ月になるかな?。」

「そんなに長く同じ場所に?。」


「まあ、暇な身だからね。」

「その写真は娘さんですか?。」

写真立ての中には少し若い榎本氏と20歳くらいのふっくらとした女性が写っていた。


「そうです。16年前の写真です。自分は転勤ばかりで家族には苦労をかけました。」

榎本氏の表情が曇ったのに気付いたサツキは話題を変えた。


「本が沢山ありますね。どんな本を読んでいるんですか?。」


その後は彼が最近読んだ本の話題になった。

それらはここ数年のベストセラーばかりで、俺達も何冊か読んでいた。


「ごちそうさまでした。」

「久しぶりに日本語で会話が出来て楽しかった。」


「明日、レンタカーで紅海の島を観光に行くんですが。榎本氏、良かったらご一緒にどうですか?。」


「ありがとう。残念ながら、明日は人が会いに来るんです。また次の機会に誘って下さい。」


しかし次の機会が来ることは無かった。












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