第2話
二年前ロンドン警視庁
「ってことでお前に出張命令だ。カナダのノースウェストへ行って来い。」
「いやあ僕最近娘が生まれたばっかりなんですよねー。ほら、育児の手伝いとかしないとなあー。」
当時の上司ジョージ警部補に呼び出された僕は一方的に理不尽な出張命令が出された。その内容はカナダに向かうジュリー・ブラッドリーの追跡と調査だ。もちろん全力で拒否した。当時僕は結婚一年目にして念願の娘を授かり、育児手伝いと仕事の両立に四苦八苦していた時だ。こんな時に出張だなんて奥さんに嫌われてしまう。しかしあのジョージの頑固爺はそんな部下の意をくもうなんて毛ほども考えていないのだ。
「これを断ればお前クビだからな。」
「なんでですか!?僕はいつも真面目にしっかり仕事してるじゃないですか。」
「確かにお前は仕事は早い。しかしだからといって仕事時間に当然のようにティータイムやらチェスやら、遊び惚けておるだろうが!こっちが上に目を付けられないようにどれだけ…どれだけ心身を削ってると思ってる!?」
そういって警部補は恨めしそうに僕をにらみつける。なにを言っているのかわからない。ただ僕は仕事が早く終わったら少し休憩してまた仕事をする。人間として当たり前な行動をしているにすぎないのだ。
「とにかく首になりたくなかったら実績を残して来い!お前がただの遊び人ではないという実績をな。そのためにジュリー・ブラッドリーを徹底的に調べ上げるのだ!」
そんな方便を使わなければならないほど追い詰められているのだろうか。おいたわしや警部補。しかしジュリー・ブラッドリーを調べろとはなかなか大胆なことをすると僕は内心驚いていた。彼は警視庁内では割と有名人だ。正確には彼の義姉で上司に当たるエリザベート・ゼクス・ブラッドリーが我々の上層部から目をつけられていたわけだが。
「ジュリアス・ブラッドリー年齢21歳、身長167cm体重…103キロ!?いやどう考えても70あるかないかぐらいだろ。」
警部補に叩きつけられた資料に目を通す。ブラッドリー家はこの国の軍備を陰ながら支援している有力な貴族だという。二十年前エリーゼ・ゼクス・ブラッドリーが当主であったが、突然叔母に当たるミーカ・フュンフ・ブラッドリーに代替わりし、数年前エリーゼの娘であり現当主エリザベート・ゼクス・ブラッドリーに全権が渡されたらしい。ブラッドリーの当主は長い間その姿も国の要人すら知らないほどであったが、エリザベートが当主になってから急に表舞台に立ち始めた。
「アンノウンとの関係性が高いと推測される…。完全に憶測じゃんかあ。」
アンノウンというのは近年になって現れ始めた人知を超えた怪物たちの総称である。高い身体能力を備えた神話の生物とも思われる様々な姿をした怪物で、銃火器では歯が立たないといわれている。アンノウンを倒すには少なくとも中型爆弾以上の破壊力が必要らしい。その出現数は今のところごく少数で軍が派遣されれば駆逐できるものではあるが個体数が増えればどうなるか想像に難くない。そんな中ブラッドリー家は先んじて対アンノウン用の兵器の開発を行っているらしい。実用化の目途も立ちつつあるという噂だ。これはブラッドリー家が影響力を強めるためのマッチポンプなのではないかと疑うものも多くいる。
「一貴族が怪物を作ってそれをネタに武器を売りさばいてるって?そんなんもう勝ちようないじゃん。」
人間の最新の科学でも説明できない怪物だからアンノウン。少しずつ民衆にも広がりつつあるその恐怖をどうにか解消したいという暗黙の願いが透けて見える気がした。そんなエリザベートの義理の弟だというジュリーは時折他国へ出張している。以前はアメリカそして今回はカナダ。その理由を上層部は知りたいらしい。ブラッドリー家が行っているであろう犯罪的計画を洗い出そうと必死なのだ。
「それで俺に捨て駒しろとー畜生上のクソ爺どもめーえええ。」
同僚に愚痴を吐いたがお前以上の適任はいないとかなんとか適当に流されてしまった。僕に味方はいないのか。しかしクビになるわけにはいかない。かわいい嫁と娘を養うことが何よりも優先だ。仕方なく妻に出張のことを話したら「もう知らないバーカ」と実家に行かれてしまった。恨めしやあのクソ上司共め。いつかお前たちの黒い噂の真偽も確かめてやろうと心でぼやきつつ、僕はカナダへ行く準備を始めたのだった。
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