第7話 最後の思い出と勿忘草


奏音side


朝日が目に染みる。

すごく、あたたかい。

私の部屋ってこんなに日差しが差す部屋だっけ___


「…まだ寝ぼけてる?」

「ひぁあ?!」


突然の声に目が覚める。

頭上には、心配したような、呆れたような顔の深月くんがいた。


「…起きたみたいだね、おはよう。」

「…お、はよう…」

「ここは僕の部屋だよ。僕が連れてきたんだ。……サヨナラまであと5日しかないんだし、一気に思い出作れればなーって。」

「……おかあさんは………。」

「一応置き手紙は置いといた。それで君の両親は十分納得すると思うよ。」


なんて幸せな朝だろうか。

朝をそのまま、"私"として過ごせたことなんて、何ヶ月ぶりと言っても過言ではないだろう。

それもこれも、やっぱり深月くんのおかげなんだよなぁ………

……あと5日で離れてしまうなんて、思いたくない。


寂しい。

ずっと一緒にいられたら良かったのに。


「……そうだ!」

「っ?!突然どうしたの?」

「あ…ごめんね、なんでもない!」


日記を書き残そう。

忘れない為に。

どんなに人格が入れ替わっても、奏音に1番与えてくれるあなたをずっと心に留めて置かなくては。



それから、私はすぐ新しいノートを用意することにした。







◇◇◇◇◇◇◇◇


○月✕日(火)奏音

今日は深月くんとの思い出の地に行くことにした。

そう、あの公園。

すっかり時が経ってしまって錆びたブランコが懐かしい。

砂場も健在だった。

この砂場で初めて深月くんに声をかけてもらったんだよね。

…この出来事がなければ、私はきっと既に死んでいたかもしれないと思うと、奇跡の巡り合わせなのかなって思う。

神様には感謝しなきゃいけないなぁ。

神様、ありがとう。

おかげで大好きな人が出来ました。

この日々が無くなってしまうのはとても寂しいし、辛い。

このまま時間が止まってしまえばいいのにと思う。

遠距離片思いなんて、続く人いるのかな?

たくさんの恋愛小説を読み漁ったことあるけど、やっぱりそんな展開はない。遠距離になるとしても、結ばれてから。

…深月くんは、私の事どう思ってるのかな。

帰る前に聞く勇気はない。

でも、大切な人って言ってくれたのは、覚えてる。

深月くん、意外と鈍感だからなぁ…

私が臆病なのもあるけど。

引っ越す日に告白してしまおうかな?

私の勇気次第になっちゃうなぁ。

深月くんが好き。

大好き。

離れても…いつか会えたなら……

絶対、忘れない。

一生をかけて、いつか会いに行く。

だから、深月くんも忘れないでね。





○月△日(水)唯智

今日は僕に切り替わってるって気づいた深月が、アニ○イトに連れてってくれた。

今まで興味無さそうにしてたあの深月が!!!

僕はとてもびっくりしたよ。

僕が好きなアニメとか、漫画とかをたくさん聞かれた。僕が離れてからいっぱい見ておいて、またいつか再会できた時にたくさん語れるようにって言ってくれたんだ!

僕は単なる奏音の1部でしか無かったけど、僕を僕として接してくれるのは深月だけだったね。奏音が好きになるのも当然だよ。

離れてしまうのは寂しいし悲しい。

でも僕はハピエン厨だから、いつかまた逢えるって信じてる。

そして、いずれ結婚してくれたらなと思ってる。

………なんて、気が早いかな?w





○月□日(木)双葉

今日はみづっちと一緒に原宿行ったー!

いつもは私から誘わなきゃ行ってくれないのに、みづっちから誘ってくれるなんて珍しすぎてウケたw

あまーいフラぺのんで、わたあめ食べて、色々店回ったけど、その中で私が気に入ったのはアクセ!みづっちが買ってくれたの!

双葉のマークにいっぱい星型のみずたまがついてるやつ!私らしいってさ!

私に切り替わった時つけてーって言ってたな〜、やくそくまもんなきゃね!

……私ね、やっぱりみづっちがすき。

奏音の1部だからじゃなくて、私として好きなの。

はなれちゃうって日記見てわかったから、今日の帰り、奏音に内緒で告った。

………フラれちゃった。好きな人がいるって。

でも、私を私として見てくれた証拠だよね。

だからみづっちが好きなんだよ。

あ゙ーーーー!!!早く結ばれろ!奏音!




○月○日(金)光芽

きょうは、おにいちゃんとたくさんあそびました!

みつめのためにね、かあいいキーホルダーかってくれたの!

これみつめに!って!

かのんおねえちゃんにあげなくていーの?ってきいたけど、みつめのものだよって言ってくれたの!

とってもうれしかった!

おにいちゃんとはなれちゃうのはさびしーけど、このキーホルダーをおにいちゃんだとおもってたのしくすごせるようにがんばるね!





○月◇日(土)時雨


……何したか忘れた。


ちゃんと度胸あるんじゃねぇか。あいつ。


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


引越し当日。


「準備できましたか?雨晴さん。」

「はい…。」


施設の人が迎えに来た。

とうとうこの日が来てしまったのだと、目の前のトラックと車が現実を突きつけてくる。

無機質な鉄の塊と、見知らぬ大人が手を伸ばしてくる。

正直怖い。

嫌だよ、離れたくないよ。


「……大丈夫?奏音」

「深月くん………」

「…何か心残りある?」


心残り。

いっぱいあるわ。

なんて、今更言えやしないけど。


「………奏音。」


真剣な顔で、深月くんの口が動く。


「…僕、決めてた通り医者になる。」

「……突然どうしたの?」

「…前にさ、奏音が言ってたでしょ?私の病気に固執しなくていいって。好きな道に進んでいいって。」


夢の話…久しぶりだな。未来のことなんて、考える余裕なかったのに。


「確かに、きっかけは奏音だ。だけど、やっぱり医者という夢は僕の意志だよ。僕がなりたいんだ。」

「……っ。」

「……いつか必ず迎えに行く。だから、僕のこと、忘れないで。」


忘れる、わけない。

涙が止まらない。

迎えに行くなんて、そんな王子様みたいなこと、してくれるの?


「…約束、してくれる?」

「っ…!するっ…約束する!」


深月くんと私の小指が絡まる。

一生忘れない約束。

本当に、深月くんは私を喜ばせるのが得意だと思う。


「…私、深月くんに救われてばっかりだね。」

「…救われてるのは、僕も一緒なんだよ。僕だって、奏音が居なかったら、家族を失っても立ち上がる強さもなかったんだから。」

「……でも、でも」

「奏音が言いたいことも分かる。でもね、そんなのはもう僕にとっては些細なことだよ。乗り越えられたのは奏音のおかげなんだから。」

「っ…!」


そう言って。

深月くんは私を抱きしめた。

とても暖かかった。

この熱を、離したくないと思った。


「……大丈夫、すぐ会えるよ。」

「…本当に?」

「うん。僕が約束を違えたことないでしょ?」

「…そうだったね……。」

「……」


…伝えたい。

あなたが好きだって。

今しかないと思った。


「あの、ね。私…」

「雨晴さん、そろそろ行かないと…」


言いたいことも言わせてくれない。それが現実。


「…じゃあ、奏音。」

「…うん、深月くん…。」



「「またね。」」



サヨナラなんて、絶対言わない。




◇◇◇◇◇◇◇◇◇


車に乗せられて、2時間は経った頃。


「少し休憩しましょう。雨晴さんも、トイレとか水分補給しっかりしてくださいね。」


そう言って、先生と名乗る大人はパーキングエリアに去っていった。

私は1人、車の中で涙を流していた。


「……っ…深月くん……うぅ…。」


この悲しみを乗り越えるのに、どれくらい時間がかかるんだろうなと、ポケットに入ったハンカチに手を伸ばした時。



カサッ



「……え…?」


ポケットには、ハンカチ。

と、見知らぬ封筒が入っていた。


「……これ……!」


封筒の端っこに、From Midukiと名が連ねてある。


「……いつの間に…………。」


そっと封を開けて。

……読んで、また涙を流すことになるなんて、思わなかった。



◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


奏音へ


これを読んでいる今頃は、もう車の中なのかな。それとももう施設に着いた?

無事に着くことを祈っているよ。

日記を書きなれてる奏音と違って、書きなれなくてなんだか照れくさいけど、手紙を書いてみることにしました。


君と出会った時、不思議な感覚がしたのをよく覚えているよ。

ボロボロの身なりなのに、笑顔だけは一丁前で、何かを抱えてるのがすぐわかった。

あの頃の僕は面倒が嫌いだったし、そういうのには手を出さない主義だったのに、不思議と声をかけてしまったんだよ。

なんだかそうしなきゃいけない気がして。

でも、今となっては、あの時出会えて、声をかけてよかったと心底思うよ。

柄じゃないけど、運命だとも思ってる。


実はね、君は知らないかもしれないけど、君が転校してくる前、僕は周りから省かれる存在だったんだよ。知らなかったでしょ?

なんでかって、正直すぎて建前のたの字も知らなかったから。

空気が読めないって認識されたんだろうね。

僕を見ないふりして、それとなく避けるやつばっかりだった。

でも君は違ったでしょ?

ホームルームが終わって一直線に僕の前に来て、

「この前の!」

って言うんだもの。

僕びっくりしたよ。

でも、その行動が、言葉が、僕を救ったんだよ。

自覚は無いかもしれないけどね。


両親を亡くした時もそう。

絶望しかなくて、立ち直るのに君を無意識に利用してしまったかもしれない。

嫌な思いをしてたらごめん。

実は僕弱いんだよ。

君が居なきゃ立ち直れなかったんだから。

命の恩人だとさえ思ってるよ。


奏音は自分のことをよくネガティブに捉えるけど、僕はそうは思わないよ。むしろ、羨ましいと思うくらい。


なんでか気になる?

それはね、君ほど優しい人間を僕は知らないっていう事実がヒントになるかな?


大丈夫。奏音はどこへ行ってもちゃんとやっていける強い女の子だよ。

カモミールにも負けない、可憐で強い子だって、僕が保証する。


長くなっちゃったな。

あんまり文章を書くのは得意じゃないんだけどね。


最後に。

直接言えない僕を許して欲しい。























奏音。

君が好き。

愛してる。

必ず迎えに行くね。


深月より




続く_____

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る