第12話 私が選ぶ相手

 ……やっぱりずっと会社でそばにいて、慰めてくれた三井くんを彼氏にするべきかなって思ってる。


 優しい三井くんとなら、二人で初めての彼氏彼女になって、イベント共有して、ゲームも一緒に始めて。これから先も仲良く楽しく暮らしていられる。


 会社で情報オープンにしたって、同期で仲良いから納得してもらえるはず。

 振っちゃったら三井くんは多分傷ついて近づけなくなるし、周りにも何があったのかって心配されちゃう。


 タツキとは冷戦状態の上司と部下。


 ゲームの中で素性を知らずに遊んでただけだからきっと誰にも驚かれるし、上司が部下に手を出したのは正直喜ばれる話じゃない。

 私だって『⚪︎課の課長が部下と出来てる』って聞くのやだ。

 何か特別扱いをされてるわけじゃなくたって、穿った見方もされる。


 振れば元から塩対応同士、きっと誰も気付かないまま終わりだ。


 ……携帯端末を開けば『恋の芽生える街』の看板を背景に、二人でピースした写真が残されてた。

 シャチコーデが似合う課長を見れば、一緒に水族館を巡った思い出が溢れてくる。


 それでも待たせてる三井くんを思い浮かべて、今度こそ答えないとって全部含めて考えて……私は誰を選ぶべきか決めた。

 運転中のタツキと、暮れていく高速道路を眺めてたけど……私の答えはもう決まったんだって、これから先も隣にいて欲しい人を思い浮かべてた。


 もう一度寄ってもらったサービスエリアで休憩して車内に戻ると、エンジンがかかる前にタツキのシャチコーデを引っ張る。

 振り向いた背が高くて顔はいいメガネの課長を改めてじっと眺めると、不思議そうに「どうした」って聞かれるから言うって決めた。


「タツキに残念なお知らせしていい?」


「……ん?」


「今日の結果をお知らせしようかと思うんだけど」


「……は、このタイミングで!?」


 高速道路のサービスエリアだから、風情も何もない。

 それでも頷くと、タツキが自分の首に触れて考えてから私に向き合った。

 辛そうな顔してるのを見て、それでも笑おうとしてるのを見て、息を呑む。


「……まあ、妥当か。やっぱ俺じゃダメだって思ったら、早めに言わないと三井に悪いよな」


 思わず固まっちゃったけど、課長が静かに頭を下げた。


「今日は無理言って付き合わせて悪かった」


 一度でいいからチャンスが欲しいって、タツキは必死になって伝えてくれた。

 三井くんと遊びに行った帰りにお見舞い持って行ったら、風邪ひいて目が潤んでる課長がマスク姿で嬉しそうにしてたのをなんとなく思い出した。


 今は終わりを感じて、潔く頭を下げてる。

 一日中そばにいた私が突きつけた言葉を受け止めたって、タツキは文句も言わなかった。


「もともと嫌われてたし、三井と遊びに行くの喜んでたから、俺はもう駄目だって思ってた。

 なのに……チャンスもらえて嬉しかった。ありがとう」


「……」


「気まずいかもしれないけど、今日のお礼に、家までは責任持って送らせて。

 もう嫌なら近くの駅まででもいいから。

 ……社会人として、上司として、それだけはさせて」


 振られても帰りやすい場所に送り届けようとしてくれる言葉に、課長はちゃんと私のこと大事にして、好きでいてくれたんだって分かって胸が痛くなる。

 好きな人に振られたって思ったら、傷ついて、悲しくなるはず。

 それでも最後まで面倒見ようとしてくれるのがタツキらしかった。


 顔も上げられないままの蜷川課長につい言葉もなくしてたけど……だからこそ私だってちゃんと伝えなきゃって、シャチコーデの袖を握りしめた。


 ごめんね、タツキ。

 正直、話の冒頭をミスりました。


「今日は残念だけどダンジョン攻略諦めて、グランディエメレに一緒に潜って、って話が『残念な話』なんだけど」


「……グランディエメレ?」


「STP消費したらペットもらえるから。

 お付き合いするって決めたら一緒に行くって話してたでしょ」


 冒頭に『残念なお知らせ』『今日の結果』って流れにしちゃった私のせいだから、まだ信じられてないタツキの前でこれもミスのリカバーだって、静かな車内で思い切って体を前に倒した。

 課長が驚いてる。

 目の前にいるのが、会社でいつも見る上司だってわかってる。


「ん」


 でも今はこっちの方が伝えるの早いって、背を伸ばして自分から唇を合わせた。

 ……休憩でさっき飲んでたブラックコーヒーの香りがする。

 ゲームと違って柔らかさがリアルで、体温とか、いろんな情報に頭がいっぱいになる。


 それでも嫌じゃないし、押し付けて離した先にいるのがやっぱりゲームの一流イラストじゃなくて、背が高くて顔もいいけど性格悪いと思ってたメガネの課長でも、伝えたいことがあった。


「タツキが、……蜷川課長が、好き、です」


 多分課長、振られたと思ってる。

 でも、もう課長のこと嫌いじゃないってまたキスして見せた。


 ゲームの中で何回もしたのに、SHOT D RAINは脳と直接リンクしてるはずなのに、リアルは遮断されてない情報多いせいでドキドキして止まらない。

 嫌がられたりしないから見つめあったら、夕暮れの中で赤い課長の顔を見て、私まで熱いことに気づいた。


「今日一日一緒に過ごしてみて、すっごく楽しくて。

 タツキとお付き合いしたいって、思えて」


 必死に断る理由を考えてたけど、三井くんの方が良いんじゃないかって悩んでたけど、何度考えたって……タツキに惹かれる気持ちが強くて振るの無理だった。

 ゲームよりも、もう少しリアルでも一緒に遊びたい。

 タツキとならログイン時間削っても良いって、家に帰るのが惜しく思えた。

 このままずっと一緒にいられたらいいのにって思えた。


 ゲームの話題だけじゃなくて、サービスエリアでの休憩も、水族館も全部楽しかった。

 会社の有利不利わかってても、そばにいるのはタツキじゃないと嫌だって思った。


「だから残念だけど今日はダンジョン攻略諦めて、私とグランディエメレ潜って」


 目の前にいるのは政府AIが私に合うって判定してくれたプレイヤーで、ゲームの楽しみ方を教えてくれた先輩。

 現実は嫌いな上司だったけど……素直な気持ちを伝えたら関係改善考えてくれたり、ログインしなかったら心配して家まで来てくれた。

 不仲バイアスかからなくなったら……いつしかリアルもゲームも『好きな人』に変わってた。


「考えたけど、これから先もずっと、私の隣にいるのはタツキがいい。……だから私と、お付き合いしてください」


 驚いて何も言えない上司を見つめてると、ようやく息を吹き返したタツキが自分を示してる。


「待った、一崎。

 ……え。俺? 三井じゃなくて?」


 頷いたけど、課長がタツキとして振る舞うたび、見慣れた顔と名前が一致するようになる。

 関係修復に努めてくれてからは、嫌いな気持ちが変化して……背が高くて顔はいいけど性格悪いと思ってたメガネの上司はそこまで性格悪いわけじゃなくて、ちゃんとゲームの中で一緒に遊んできた頼れる先輩タツキなんだって、ずっと一緒にいた人なんだって思った。


「タツキのことが好き。……たとえタツキが蜷川課長であっても好き。

 むしろリアルの課長も、今は好きになった。……自分からキス出来るくらいには、しても良いって思えるくらいには、好き」


 必死に想いを伝えると、課長が手を伸ばして私の頬にちょっとだけ触れた。

 緊張するけど黙って受け入れてると、頬を包む手のひらがあったかく感じる。


「……振られたかと思ったんだけど。本気で」


「ごめん、話の流れが悪かったよね。ビジネス構文仕込まれたはずなのに、恥ずかしいから思いつくまま喋っちゃった」


 ビジネスは結果が先で、理由がその次だってメールの書き方指導されたの覚えてる。

 残念が先で、今日の結果って言われたらもう終わりだって思うよね。ほんとごめん。


「でも残念なお知らせ最初にしたおかげで、タツキが私のこと本気で好きなんだってわかったから結果オーライってことで。

 えータツキ最後まで送ってくれるなんてやさしー。

 気分乗らないから降りて高速バスで帰ってって言われても有り得る話だと思ったんだけど、さすが課長。

 社会人として送ってくれるんだーすごーい」


「相変わらず減らず口叩くし。……本当に一崎には敵わない」


 あ。

 課長にちょっと顎を引かれて、顔が近づく。


「ん……っ」


 夕暮れの車内で減らず口塞いでくるとか、課長はリアルでも乙女ゲーの人だった。

 近くでコーヒーの苦い香りがするだけで感動しちゃって、息も出来ないくらいドキドキする。

 思わず目を閉じたけど、リアルな課長に唇を軽く吸われると頭がいっぱいになって、何も考えられなくなる。


 赤く染まる高原で、恋の芽生える街の看板があるサービスエリアで、タツキに、課長に、キスされてる。

 唇が離れると目が合って、課長が照れ笑いするのを見てた。


「俺も一崎のことが好き。

 きっかけはミツハだったけど……今は一崎蓮花が全部含めて好き」


 胸がギュッと締め付けられて、伝えて良かったって、心が通じ合えるってこんなに嬉しいんだって思えた。

 見つめ合うだけで自然に顔が近づいて、もう一度キスしてもらえるのが気持ちいい。

 離れたら寂しくて、むしろ私からもキスしちゃってた。


 けど……不意に影が通り過ぎるから我に帰った。

 サービスエリアに駐車中の車内だから、もちろん人も通りがかることに気づいて、慌てて離れた。


「ごめん、場所が」


「あ、う、ううん。私が始めたから気にしないで」


 タツキも我に返ったらしく二人して座席のシートに体を預けて出発の準備を整えると、車が動き出す。

 お互いに無言だけどお通夜じゃなくて、心も体もふわふわしてる。


 ……どうしよう、何話していいのかわかんない。


 恋人になったら話題ってどうするんだろうって考えてたら、そもそも今日一日ゲームの話してたのを思い出した。


「そ、そうだタツキ、STPって付与してもらえるだけそもそもある?

 私、まだ一ポイントも付与されてなくて。自分じゃグランディエメレ絶対に潜れないんだけど」


 そういうことしたいって言ってるみたいだって気づいてそれ以上は言葉が出なくなったけど、タツキも恥ずかしそうに首に手を当ててる。

 ハンドルは握ってるし半自動運転だけど、なんて話題をと自分でも思ってる。ミス続いてる。


「笑わない?」


「え、何を。……あ、まさかゼロ?

 そっか、ついこの間付与してもらって消化してるし、タツキが今までで使ったポイントって三ポイントだから……残り二ポイント以上ないとグランディエメレ難しいし」


「いや、二十六ポイントある」


 ……二十六?

 とんでもない数を聞いて、思わず硬直する。

 でもタツキは冗談を言ってるわけじゃないって、横顔で分かる。


「慣れてるけど画面右端見づらい勢の一人。

 ……だからないことはないけど、古参って笑われそうかなって」


 思わず携帯端末で調べたけど、多分安定的に稼いでて昇進とかで給与変動あると、政府AIに子育て安泰って判断されて付与されるのかもしれないって説がやっぱり濃厚。

 課長はもちろん毎年お給与上がってるけど、趣味はゲームでグッズに散財してる様子がない。

 車の中もピッカピカ。

 多分貯金自体も増えてて、ヒラからチームリーダーに上がって、さらに課長職になって、安定的に給与増やして働いてるからSTP付与多いってこと? わかんない。


「え、つまり十三体は確実にもらえるってことですか。噂では全十種類らしいですけど」


「ガチャのために入り浸ってるやついるけど、それだけ消費するってこと自体が相当なことだからな。

 ……使いたければ惜しくもないからあげるけど。

 そこはお相手次第……だめだこの話題もうやめよう」


 私次第。

 タツキと十三回ホテルでそういうことするってことね、OK把握。何を把握してるかもわかんないけど。


 心臓バクバクで、それでもなんとか復帰してお互いの攻略情報共有に努めた。

 帰りは暗くなってるからマンションの前で下ろしてもらって、ふわふわしながらも全部終わらせて11Gシート貼ってログイン。


 拠点に今日は魔法使いのオンドルラさんがいて、タツキたちと笑い話をしてるのに招かれた。


「ミツハ聞いてくれよー。今日サービスエリアでさ。カップルがチューしてるの見ちゃって。

 顔まで見えなかったけど恋の芽生える街で、マジで恋芽生えてたw」


 先に聞いたらしいタツキが微妙な顔でいるのを見ながら、ほんっとサークルメンツはどこにいるのか分からないな、って思った。

 へーソンナコトアルンダ、私ハ知ラナイヨ!って必死になって知らんぷりした。

 利用客数多いから、きっと別人に違いない。そうに違いない。

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