第29話 エルフの怨嗟とファーストフード・パーティ
わたしたちが店内から出てこないとわかって、いけ好かないエルフの連中は罵りながら引き上げていった。
脚を射ってやった黒フードが立ち去り際に振り返ってなにか叫んでたけど、聞き取れないし聞く耳も持たない。かわいい子供たちを怖がらせたような奴には、もう1本くらい射ってやっても良かったくらいだ。
「また来るかな。来るんだろうな……」
「にゃ」
そのときはやっつけるって、
「すぐ外に出るのは危ないかもしれないから、ここで少し買い物していこうか」
「かいもの⁉」「なに、かうの?」
「おいしいもの?」「おれ、にくがいい!」
肉か。なにが良いかな。どうせなら気分を変えて、まだ食べてないものが良いな。
「……ん?」
天井近くの案内のプレートを見ると、2階にフードコートがあると書いてあった。
このスーパーって、そんなものあったっけ。実店舗に行ったのはアメリカ在住時代、もうかなり前なので記憶は朧気だ。そもそも店があったところで店員がいないんだから、調理も配膳も自分でやることになるんだよね。
「どしたの、かろりーさま」
「上の階に、食べ物を出す店があるって書いてる。行ってみようか」
「「はーい!」」
エスカレーターは動いてた。わたしの指示で、みんなで揃って行儀よく乗る。当然みんな初めての体験で、キョロキョロしながら笑顔になっていく。
「うごく、かいだん!」「らくちん!」「おもしろーい!」
「危ないから手や顔を出しちゃダメだよ! ちゃんと立って、前向いて! 上まで行ったら、つまづかないように、グーッて足を上げて降りるんだよ! グーッて!」
わたしは心配性のオバちゃんか。でも、かわいい子たちが万が一にもどっかに挟まったり巻き込まれたりしたら大変だからね。心配性にもなるわ。
「……わあぁ♪」「いい、においがするぅ……ッ!」
ホントだ。無人の店内の、無人のフードコートだっていうのに。照明は明るくて、静かなBGMが掛かってて、ファーストフードの香ばしい匂いが漂っていた。そうだ、こんな感じだった。記憶との違いは、ひとの気配と喧騒がないことだけ。
バックオフィスのスペースでもあるのか、1階に比べれば面積は少しだけ狭いようだけれども、テーブルと椅子の並んだスペースは日本のフードコートより広々としてる。
テーブルから見渡すと見慣れた店舗がズラッと並んでいた。ハンバーガー、ホットドッグ、フライドチキン、ピザ、ドーナッツ、タコス、トルティーヤ・ラップ、スシやサラダ系デリ、アサイーボウルの店もある。
「かろりーさま、ここ、おみせ?」
熊獣人の女の子、カイエちゃんがキョロキョロしながら訊いてくる。
「そうだね。みんなが、周りのいろんなお店でそれぞれ好きなものを買って、ここに座って好きなものを食べるの」
「……メルバの、広場みたいだ」
「そうだね、にぃちゃ」
メルがエイルちゃんと話しているのが聞こえた。そこは、メルとわたしが初めて会った場所だ。孤児院の子たちのなかでメルバの街を知っているのは、たぶんメルとエイルちゃんだけ。屋台がいっぱいの広場は、彼らにとって必ずしも楽しい記憶ではないのかもしれない。
お店のひとつを覗いてみる。カウンターの奥には調理された商品が置かれていて、ホカホカと湯気が立っているのが見えた。調理する者もいないのにどうどうなってるんだろうと悩みかけたわたしは、魔法なんだから考えちゃダメだとあっさり思考放棄することにした。
料理はある。でもカウンターに店員はいない。どうやって買うのかな、これ。
「おお」
カウンター前に立つと、目の前に“購入しますか”という表示が出てメニューが選択できた。
「便利、だけど少し違和感あるかも……」
「にゃ!」
もにゃもにゃ言ってないで、はやく美味しいもの食べたい! ってコハクから抗議された。
「みんな、なに食べる? 好きなお店の前に立ってくれたら、わたしがお金を払うからね!」
「カロリーさま、よろしいのですか?」
仔グマな
「もちろん、大丈夫ですよ。新しく使えるようになったお店の機能を確かめてみたいんです。メルバでの取り引きで資金も潤沢ですし、今後の商売のための勉強のためですから、遠慮なく選んでください」
子供たちはそれぞれに好みの店を見つけたらしく、意外とバラバラにいろんなところに散らばり始めた。
「ああ、テニャちゃんはまだ赤ちゃんだからミルクか。ちょっと待っててくださいね」
わたしはコハクに乗せてもらって、1階の“
仔グマちゃんはどの
「みんな、きれい」「あかいの、なに?」
「にーな、これがいい」「わたしはねえ……」
いつもお利口な猫耳お姉ちゃんのイリーナちゃんと猫幼女ニーナちゃん、ふわふわ髪の仔羊エイルちゃんはそろってドーナッツを選んだみたい。アメリカのドーナッツ特有のフワフワキラキラした感じが女の子なセンスに刺さったのかな。
あれがいいとか、こっちも美味しそうとか、ショーケースのドーナッツを前でにぎやかに悩んでいる。
「カロリーさま、これ、ひとつ? ふたつ?」
「いくつでも大丈夫だよー?」
……って、自分で言っておいてなんだけど、大丈夫なのか? いや、金額的にはぜんぜん大丈夫だけど、カロリー的に。まかり間違って彼女たちがぷっくぷくになったら、“豊満神の加護”もあるから戻れないかもしれないんだけど……
「そうだね、3つまでにしておこうか。その代わりアイスクリームみたいな味の、シェイクっていう甘い飲み物をつけるよ」
「「はーい♪」」
うん、やらかした。どちらかと言えば……というよりも比較にならないほど、シェイクの方がハイカロリーだな。さすがカロリーさま。わたしはデブの守護神だ。
「これにする」
兄羊のメルは、ひとりタコスの
あえて困難に挑むというなら、それもまたよし。
「かろりーさま、これ、いい?」
「いいよ。ちょっと待っててねー」
犬獣人の男の子たち3人組、キンデル、ルイード、オーケルは大きなダブルチーズバーガーのコンボにチャレンジするらしい。フライドポテトにナゲットもつけて、ドリンクはバニラシェイク。コッテコテな肉と脂肪のパラダイスだ。男の子だねえ……
「かろりーさま! きめた!」「ぼく、こっち!」
人間の男の子ミケルとべイスは、ピザとフライドチキン。ふたりでシェアして食べるみたい。わたしが孤児院で出したメニューを食べて以来、ミケルはチーズが大好きになって、ベイスはフライドチキンの味が忘れられないんだって。
そう言ってもらえると、作る方は嬉しい。また作るよって伝えておいた。
「この、キレイなの、たべたいの」
「わたし、こっちのがいいな」「わたしは、これ」
人間の女の子ユティとケーミナ、そして熊獣人の女の子カイエちゃんは、おしゃれでカラフルなアサイーボウルとフルーツボウルをチョイス。ちりばめられた色とりどりの果物が宝石箱みたいでスゴーくキレイ。見てるだけでワクワクするよね。
だけどアメリカのショップだから、出てきたものは大盛牛丼のどんぶりくらいあった。女の子たちは怯む様子もなく、目をキラキラさせて歓声を上げる。
これが若さか……
「うむむむむむぅ……ッ!」
意外というかなんというか、最後まで決断できなかったのがリールルだった。
「なにをそんなに迷ってるの?」
「わからん」
「え?」
「どの食い物も見たことも聞いたこともないばかりで、どんな味なのか想像もつかん。手がかりをつかもうにも、この不可思議な字が読めん。これで、どうやって選べばいいのだ⁉」
なるほど。彼ら彼女らにとってみれば異世界の文化だもんね。印象だけで決めちゃえる子供と違って、頭で考えようとするとバグるのか。
「……ふふふ。決めたぞ、あたしはこれにする! これが一番、なんの想像もつかんからな!」」
ドヤ顔で選んだのは、これまた意外なことにスシだった。理解しがたいものばかりのなかで、あえて最難関に挑むところはドワーフの血を引くリールルらしい気がした。
「わたくしは、けっこうですよ。おかまいなく」
シスター・ミアは遠慮してたけど、赤ちゃんを抱っこしてても片手で食べられるようにトルティーヤ・ラップにしてみた。
これは日本のファーストフードでも、たまに見かける。厚めのクレープみたいな生地で肉と野菜を巻いたものだ。バラエティ豊かで断面がキレイでヘルシー。わたしとシスターの分で4種類を買ってみたものの、出てきたものは想像してたよりもひと回りデカかった。片手で食べられるかな、これ。
「みんな、食べたいものはそろった?」
「「「はーい!」」」
それぞれのメニューを前に、子供たちが目を輝かせて座っている。美味しいものを食べられるのも、もちろん嬉しいんだろうけど。孤児院で育った子たちはきっと、好きなものを自分で選んだ、っていう体験が少ないんだと思う。
飽食の国で生まれ、さらなる飽食の国で育ったわたしは、その気持ちを想像して少し切なくなる。
「では、女神様と、聖獣様、そしてカロリーさまに感謝を」
「「「めがみさま、せいじゅうさま、かろりーさまに、かんしゃを」」」
食事前の言葉の後で、子供たちはそれぞれ自分で選んだメニューを口にして、小さく歓声を上げる。
「カロリーさま、お先にどうぞ」
シスター・ミアに言われて、わたしは自分のトルティーヤ・ラップをいただく。
うん。たしかに片手で持てるし、食べられる。でも直径が大きすぎて口に入らない。無理に食べようとすると中身がこぼれる。抱っこしながら食べるのは無理そう。これならホットドッグの方が良かったかな。
でもまあ、味は良い。あっさりチキンと野菜たっぷり。子供たちはともかく、初老のシスター・ミアは連日のハイカロリーで脂っこいメニューで大丈夫かなという懸念があったのだ。
「抱っこを代わりますね」
手早く食べ終わると、シスターから仔グマのテニャちゃんを受け取る。
ミルクを飲んだばかりなので、あーうーと
向かいの席では、メルがホットソースの掛かったタコスと格闘していた。
顔は赤いし、めちゃくちゃ飲み物で流し込んでるし、小さくひーひー言うてるしで、あきらかにムリしてるんだけど。お腹は減っているのか単なる意地なのか黙々と食べ進んでゆく。
無駄で無益なチャレンジをしたがるのって、いかにも男の子な感じがする。
「にぃちゃ」
隣のエイルちゃんがドーナッツを持って、メルに笑いかけた。わたしは初めて見る、ひどく幸せそうな笑顔で。
「たのしいねぇ?」
メルは一瞬、不思議そうな顔をした。初めて聞く単語だとでもいうように、エイルちゃんの言葉をかみしめる。
いつも俯いて耐え忍んでいるような兄羊は、妹のフワフワな髪をなでながら愛おしそうに笑った。
「……そうだな」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます