第21話 修羅場と出会い

「ちょ、ちょちょちょ、ちょっと待った!」


「かろりーさま、たすけに、いく?」


「そ、そうね。ほっとけない、けど……テニャちゃんもほっとけないし……!」


 ひとりで右往左往するわたしを見て、ニーナちゃんとエイルちゃんが、ふたりで手を差し伸べてくれた。


「えいる、あかちゃん、みてる」


「ニーナも、ちゃんと、めんどう、みる」


 ありがとう、君たちホントええ子や……


「すぐ戻るから! ちょっとだけ、お願い!」


 ふたりには床に座ってもらって、その膝にテニャちゃんをそっと横たえる。天使が天使を抱えているような光景だけど、いまのわたしにはそれを愛でている暇はない。

 ドアを開けて外に出ると、まわりに魔物や獣がいないか慎重に見渡した。コハクがいないいま、車から離れたわたしは戦闘力ゼロの弱っちいエサだ。血の臭いで肉食獣やらゴブリンやらが寄ってくる前に、あの子を助けなければ襲われてしまう。


「待っててよ……!」


 車から見えた方向に走る。進むたびに薮がガサガサと派手な音を立てて、あたりの生き物にわたしの居場所をアピールしてるみたいだ。

 一瞬、女の子を見失って動揺するが、車の位置と自分の位置を再確認して進む。

 見えた。まだ動いてる。なにに襲われたのか服も肌もボロボロで、いくつもカギ裂きみたいな傷が走ってる。


「ねえ、大丈夫⁉ 立てる⁉」


 反応はない。こんなところでグズグズしてると危ない。脇に手を掛けて抱え上げ、肩に乗せて車に向かう。血を流しすぎたのか、触れている肌がひどく冷たい。


「がんばって! 絶対助けるから!」


 進むのに必死で後ろが見えない。薮を掻き分ける音で、なにかが近づいてきてもわからない。振り返りたいけど、そんな余裕もない。いまにも襲われそうでむっちゃ怖い。

 フードトラックが見えてきた。窓から小さな子たちがこっちに手を振っている。なにか注意を引こうとしているのか応援しているだけなのか。


「ぶはあぁ……ッ!」


 車内に転がり込んだわたしは、運んだ来た子を床に横たえてドアを閉める。


「なんもいなかったんだろうけど、勝手に怖がって寿命が縮んだわ……」


「おおかみ」


「え?」


「かおりーの、うしろ。おおかみ、いた」


 車の窓から覗くと、子供が倒れていた辺りにこちらを見ている獣の姿があった。木陰の暗がりにうずくまっているので、狼なのかはわからない。

 気のせいじゃなかった。やっぱり危なかったのか……


「そんなことより治療……包帯も消毒液もなんにもないな」


 子供の身体を調べてみる。すぐに止血が必要なほどの流血はなさそう。傷は多いし深いのもあるけど、いまの段階で出血はおさまってきている。

 ただ、どこか違和感があった。


「それどころじゃない、ちょっと待ってて」


 キッチンの冷蔵庫を開けて“スーパーマーケット”に入る。薬局ファーマシーのコーナーに駆け込むけど、なにを買えばいいのかわからない。頭が上手く回らない。包帯バンデージとガーゼを大小いくつかと、痛み止めペインリリーフ化膿止めアンチビオテック救急軟膏・オイントメント、あとは消毒液……なんだっけ、英語が出てこない。

 過去に見慣れた傷洗浄剤スプレーウンドウォッシュを取って、その隣にボトルを見る。過酸化ハイドロジェン・水素パーオキサイド・液体リキッド・消毒薬アンチセプティック……たぶんこれだ。

 ついでに汎用の薬箱みたいなオールパーパス・ファーストエイド・キットと、途中で目についたタオルをひと束ひっつかんで全部を購入。


「ちょっと離れててね」


 小さい子たちには運転席の方にいてもらって、怪我した子供をキッチンの方に運ぶ。床にタオルを敷いて服を脱がせる。ミネラルウォーターで肌についた汚れと血を洗い流し、まだ新しい傷を消毒する。小さな傷はバンドエイドで、大きな傷は化膿止め軟膏を塗った後にガーゼで押さえて包帯で巻く。

 これでいいのかわからない。でも、やるだけのことはやる。


「……うッ」


 応急処置の途中で、子供が目を開けた。傷の消毒が痛かったんだろう。ボトルには傷に沁みないノースティングって書いてあったけど、それは擦り傷程度の話だ。


 最初は怯えるような警戒するような顔でわずかに身構えたが、わたしが治療していたことはわかったらしくホッと肩の力が抜けた。


「大丈夫、ここは安全だよ。ずいぶん血を流しちゃったみたいだから、少し動かない方がいい」


「ここは……」


「“魔境の森”の浅いあたり。近くにケルベ川が流れてる、って言ったらわかる?」


 子供はうなずいて、自分が半裸なのに気づいた。服を脱がせるとき血で固まっていたところをハサミで切ってしまったので、ちょっと待っててもらって“スーパーマーケット”で服を買ってきた。


「ごめん、あなたの服は着れなくなっちゃったから」


「……なんだ、この服は」


 だよね。Tシャツにパーカーに、カーゴパンツ。アメリカ人がよく着てる感じの服だ。悪目立ちしないように地味な色を選んだつもりだけど、服は生成りがほとんどのこの世界で目立たないのは無理。なんか全体にダサいのも勘弁してほしい。


「……信じられないほど肌触りが良い」


 そっちか。自分が着てみてわかったけど、こっちの服って生地がかなりゴワゴワしてるもんね。そのくせ繊維が脆くて、ほつれたり破れたりしやすいし。スーパーマーケットでセール品の子供服が、超高級素材みたいに感じてるんだろう。

 そうだ、いま着ているのは子供服なんだけど……


「あなた、子供じゃないよね?」


 見た目で子供だと思ってたけど、治療するのに脱がしてしまったから、なんとなくわかってしまった。このひと、たぶん大人の女性だ。


「そう。ドワーフだからな」


 おお、ファンタジー。話では聞いてたけど、見るのは初めてだ。身長は1メートルを少し超えるくらい。パッと見た印象は人間の子供だ。


「助けてもらったことは、感謝する。いつか必ず礼もする」


「感謝は受けるけど、お礼は要らないかな。失礼だけど、子供が倒れてると思ったから助けただけだし」


「大人のドワーフだと知っていたら、助けなかったか?」


 皮肉っぽい口調で笑う。顔立ちそのものは子供っぽいんだけど、そういう表情を見ると、やっぱり大人なんだなと思う。


「どうだろう。わたしのいたところに、亜人はひとりもいなかったから」


「悪いが信じられないな。そんな国は、聞いたこともない」


「かもね。遠いところから来たの。もう帰れないくらい遠いところからね」


 外が急に騒がしくなった。シスターたちが戻ったんだろう。ドワーフの女性は身構えて目を泳がす。武器を探っているのか、逃げ道を探しているのか。起き上がろうとするのを手振りで押さえる。


「大丈夫よ、わたしたちの仲間が帰ってきただけ。誰も武器は持ってないし、子供とお年寄りの女性しかいない」


「そうか……」


「ああ、あと聖獣」


「あぁン⁉」




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