第18話 暗雲

「にゃ?」


 礼拝堂で考えごとをしていたわたしに、なんか悩みごと? て感じで仔猫姿のコハクが声をかけてくる。


「悩みというほどのことはないんだけど、これからどうしようとは思ってるかな」


「にゃにゃーん」


 意図があれこれ錯綜して上手く伝わってこないけど、なんか不穏なこと考えてそうなのはわかる。聖獣様コハクって、案外こう見えて脳筋なとこある。


「にゃぅん、にゃ……」


 ん? いまのはわかった。わかった、けど……

 最初に出会ったとき、コハクが捕まっていた罠。ボルトカッターで切断したとき魔法陣みたいのが浮かび上がったあれが、メルバの連中の仕業だって言ってる。


「ホントに? それって、領主とか、敵になりそうな奴ら? わたしたちが会ってきた、ふつうの街のひととかじゃないよね?」


「にゃ」


 魔力の高いものだけに反応する効果で希少な魔道具で、ふつうの猟師が手に入れられるものではない……か。よく考えてみれば、あんな異世界のチート工具でしか切断できない時点でおかしいんだよね。ツタみたいに見えて鋼鉄製のボルトと同じくらいの硬さってことだもの。


「捕まえようとしたのは、聖獣コハク? それとも、なにか強い魔物とか?」


「にゃ」


 わかんない、けど魔道具は森のなかにいくつも設置されてたんだって。その時点で、一般庶民の線は消えた。まあ、設置されてるのがわかってたのになんで捕まったのと思わなくもない。

 とりあえず街の一般人は関わってなさそうと聞いてホッとはしたけど、問題はなんにも解決してない。わたしたちの敵である領主とその手下たちが、改めて敵だと認識されただけ。領主の弟のケルベル商会も含めて、想定している敵がどんどん増えてく。


「にゃ」


 どうにかなるって、聖獣様猫ちゃんは楽観的ね。


 その話とは別に、ちょっと気になっていたことがある。

 それは“スーパーマーケット”のレベルアップ条件。最初、わたしは購入金額かなと思ってた。レベル1から2に上がったときは、手持ちのキャッシュ150ドルほどを使い切りそうになっていたときだったから。


 あれから金貨2枚を換金して2千数百ドルは使ったはずなのに、なんの兆候もない。極論を言えば特にレベルアップの必要はないんだけど、なにか新しい機能なりサブスキルなりがあれば今後のプランも変わってくる。


 さらに言えば、戦い方も。


【プロフィール】天籟テンライ 香里カオリ(24)

【体力】426/512

【魔力】921/1024

【攻撃力】128

【防御力】64

【ストレージ】財布/鍵/ボールペン/i-phone/パスポート/ハンカチ/ウェットティッシュ/ボルトカッター/平服上着(2)/平服スカート(2)/平服肌着(4)/串焼き肉(26)/ミラネア塩焼き(4)/金貨(216)/銀貨(3)/大銅貨(7)/銅貨(26)

【キャッシュ】526ドル14セント

【スキル】スーパーマーケット(レベル2)

【サブスキル】移動店舗召喚/換金

【換金対象】金貨216枚/大銀貨0枚/銀貨3枚/大銅貨7枚/銅貨26枚/魔珠0個

【換金レート】

・金貨:1、600ドル

・大銀貨:64ドル

・銀貨:16ドル

・大銅貨:2ドル

・銅貨:50セント

・魔珠(スライム ):4ドル

・魔珠(ゴブリン):10ドル


 “スーパーマーケット”のステータスメニューを確認しても、変わったのは手持ちのキャッシュと現地貨幣の数くらいだ。

 体力と魔力は前の数値を覚えていないので、上がったのか下がったのかもわからない。正直、あんまり興味もない。


「ねえ、コハク。メルバの領主って、こちらに手を出してくると思う?」


「にゃ」


 聖獣コハクは冷静に応える。自分を強者と思っている相手は、負けを認めるまで考えを変えたりしないって。


◇ ◇


 森のなか。黒フードの男が、茂みに転がった断片を拾い上げる。しげしげと見た後で、馬上の男に声を掛けた。


「セルファ様。拘禁罠が作動しています」


「獲物は」


 黒フードの男からバラバラになった罠を見せられ、セルファと呼ばれた男は周囲を見渡した。


「それは魔力量が高いものが近づくと絡みつく魔道具だと言っていたな。最低作動値は5千だったか」


「はい。人間でいえば上級魔導師並みの魔力です。魔力抵抗値は2万」


「その罠が作動して、しかも逃げられたとは。ドラゴンでも掛かったか?」


「それ以上の化け物かも知れませんね。硬鋼樹コウコウジュのツタで編まれた索状が、引きちぎるのではなく切断されています」


 破片のひとつを受け取り、断面を見てセルファは真顔になる。チラリと空に目を向けて、忌々し気に溜息を吐いた。


「伝承通りの異常な魔力渦が繰り返し観測されている。今度こそ、“ディーラー”再来の予兆だと思ったんだが」


「魔力渦の観測は過去50年間で四度ありましたが、異界から流れてきた者は見つかっていません。ですが」


 黒フードの男は罠の残骸に触れてなにかをつまみ上げると、それをセルファに示す。それは、薄く魔力が残留した金褐色の体毛だった。


「“ディーラー”を導く聖獣については、何度か目撃報告が入っています」

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