第4話 グリルド・チーズ・サンドウィッチ
ぐきゅるるるるぅ……
「ん?」
なんかこう、弱ったカエルの合唱みたいな音が聞こえてきたんだけれども。
ご飯と聞いて、子供たちはわたしにすがるような視線を向けてきた。
「シスター、子供たちはこれで全員ですか?」
「はい。巣立った子たちはいますが、いまはメルバという近くの街で暮らしています」
孤児たちは全部で11人。猫獣人のイリーナちゃんニーナちゃん、犬獣人の男の子が3人、熊獣人の女の子と赤ちゃんがひとり。人間の子が男女ふたりずつ。
みんなお利口そうで可愛らしいのに、痩せこけてる。畑の様子を見た限り、日頃の食べものにも事欠いてるのがわかる。
「みんな、なにが好きなの?」
「にく!」「おにく!」「さかな!」「にく! にく!」「とり!」
「くだもの!」「おいも!」「にく!」「みるく!」
いろいろ要望が出てるけど、肉が多いね。犬獣人と猫獣人が多いせいかな。
「にゃ!」
コハクはちゅ〜るを食べたいって言ってるようだ。あれは一日一回なので、また今度と答えておく。
「肉、にく……っと」
残念ながら、「
コハクのときみたいに、ペットフードを出す? ワンコとニャンコとクマで共通のフードをなんにするべきか決めかねる。そもそもクマはペットじゃないからフードないしね。
あとセコい話をすると、ペットフードって量を揃えると人間用食材より割高だ。予算に限界があるので、最初はパンとミルクかな。
「シスター・ミア、厨房に案内してもらえますか」
「ええ、こちらへどうぞ」
孤児院の厨房は、清潔だけど狭く簡素なものだった。調理器具も古い大鍋がひとつと、大きな鉄のフライパンがひとつ。あとは、まな板とざるが置かれているだけ。
食料保存庫を見ても、なんにもない。小さな岩塩の塊と、布袋に入った残り少ない小麦粉。吊り下げられた干し肉が少し。食事時にはその都度、畑の野菜を収穫しているというけど、野菜なんてほとんど残ってなかった。育ち盛りの子供たちが11人となれば、家庭菜園くらいじゃ足りるわけがない。
そりゃ痩せるよね。
気を取り直して、必要なものを購入する。
とりあえず、
ミルクはアメリカらしい取っ手付きの
パンとミルクだけじゃ味気ないので、
「あ、そうだ」
“スーパーマーケット”の「
オレンジ色でコクのあるチェダーと、山羊ミルクと牛乳で作ったミルキーなアサデロと、クリーミーなケソ・テティージャが入っててマーブル模様がキレイ。そして、とろけるとめっちゃ美味しい。
……んだけど、ちょっと待った。たしかワンコや猫ちゃんに人間用の乳製品はダメだった気がする。
「シスター・ミア、ちょっとお聞きしていいですか」
「はい。なんなりと」
「わたしのいたところに獣人はいなかったので、食べてはいけないものがあれば教えてください。たとえば、ミルクやチーズ、バターなどでお腹を壊すことはありませんか? あとタマネギとかニンニクとか……」
「いいえ、まったく。獣人と言っても、食べるものは人間と変わりません。違いは、人間よりもお肉が好きで、食べる量が多いことくらいですね。子供たちはみんなミルクもチーズも大好きなんですが、高価なので
よし、とりあえずOKっぽいので調理スタート。
スライスしたパンにブレンドチーズをたっぷりと挟み、たっぷりのバターで両面を揚げ焼きにするのだ。アメリカの料理は、計量単位が“たっぷり”だからね。日本人にとっては罪悪感との戦いだけど、ここで弱気になってはいけない。美味しいものはハイカロリー。アメリカでは常識である。
「御使い様。なにかお手伝いできることは」
「それじゃ、卵を茹でてもらえますか」
卵を18個入りの
そちらはシスターに任せて、私はバターを投入したフライパンに、チーズ・サンドウィッチを並べてゆく。
「「「お、おおぉ……ッ」」」
ジュージューと焼けていくグリルド・チーズ・サンドウィッチの香りに、寄ってきた孤児院の子供たちがよだれをダラダラと流しながら見守っている。
「もうちょっと待ってね、そこのパンとミルクでよければ先に食べてて良いよ」
みんな顔を見合わせて、それでも先に手に取る子はいない。なにもつけてないパンより美味しそうなチーズサンドを食べたいのかなと思ったら、違った。
「孤児院のルールとして、みんなで揃って食べることになっているんです」
「なるほど。じゃあ急ぎますね」
フライパンは大きいけど、一度に焼けるのは5人分。ギュウギュウでも7人分だ。待たされる子たちには可哀想だけど、順番に食べていってもらうのがダメなら急ぐしかない。かといって強火にするとバターは簡単に焦げてしまうのが難しところだ。
「御使い様。茹で上がった卵は剥いてしまって良いですか?」
「お願いします。それと、シスター・ミア。わたしのことは“カオリ”と呼んでください。自分が御使いとは思っていないので」
通じているのかいないのか、シスターは笑顔でうなずいた。
「はい、カロリーさま」
ちょっ、いま、なんて?
「にゃ」
焦げちゃうよ、みたいな声でコハクから指摘され、余所見していたわたしはグリルド・チーズ・サンドウィッチの量産に全力投球する。
飢えた子供たちを待たせるわけにはいかない。とはいえ、焼き過ぎると焦げて台無しになるし、焼きが甘いとチーズがとろけずパンもカリッとせず美味しくない。キレイなキツネ色に焼き上げなければ、至高のカロリーは得られない。
なにかと大雑把に思われがちなアメリカ料理にも、譲れない一線はあるのだ。
「できた!」
シスター・ミアとわたしたちの分も合わせて、グリルド・チーズ・サンドウィッチを14人分。茹でたまごは潰して、これまたたっぷりのマヨネーズと
「お待たせ~♪」
礼拝堂に長テーブルを並べて、子供たちが食事の準備をする。それぞれ木の皿に2種類のサンドウィッチを載せ、木のカップでミルクも配った。受け取った子供たちが小さく歓声を上げ、涙ぐんでいるのが切ない。
シスターに目を向けると、手を組んで祈りのポーズになっていた。そりゃそうだよね。子供たちと一緒に、わたしも手を組んでお祈りする。
「女神様と、聖獣様、そしてカロリーさまに感謝を」
「「「めがみさま、せいじゅうさま、かろりーさまに、かんしゃを」」」
ああ、みんなお利口さん。だけど、わたしカロリー様じゃないです。カオリです。一心不乱にかぶりつく子供たちの前でうるさいことを言う気にはなれず、否定するタイミングを逃してしまった。
「うま!」「ぱん、あま~い……!」
「なかの、しろいの、すごーく、のびるー♪」
「みるく、おいし……」
小さな声で嬉しそうに話しながら、みんな一心不乱に頬張ってる。好評でなによりだ。コハクも仔猫姿になって、切り分けたパンにかじりつく。テーブルに乗るのは行儀悪いよと言ったら、子供たちが椅子の上に木箱で台を置いてくれた。そこに座るような恰好で、聖獣様であるところの仔猫ちゃんがサンドウィッチを食べてる姿はすごくかわいい。
「むむむぅ……」
「ほら、ミルク飲んで」
慌てて食べちゃったせいで喉を詰まらせた子たちに、わたしとシスター・ミアがミルクの追加を注いで回る。落ち着いて食べてねと伝えるはするものの、ずっと飢えていた身で美味しいものを出されたら貪るように食べてしまうのはしょうがない。
「……ねえちゃ、たべないの?」
「だいじょぶ、たべてる。ニーナ、いっぱいたべて」
小さな声に振り返ると、イリーナちゃんはサンドウィッチの片方をニーナちゃんの木皿に置いてる。もしかしたら、ずっとそうやって妹に譲ってきたのかな。お姉ちゃんだから。
「イリーナちゃんも、ちゃんと食べてね?」
わたしは手つかずだった自分のサンドウィッチをひとつ、こっそりイリーナちゃんのお皿に載せた。
足りなければもっと出す、と言いたいところだけど。ステータスボードをチラッと見たら、手持ちの
異世界では追加のドルを手に入れる方法はない。となれば、レベルアップでなにがしかの
このスキルが女神様の御加護なのかは知らないけど、ここは神頼みしかない。
「女神様、お願いします……」
ピコンッ‼
“レベルアップ条件達成、スーパーマーケットがレベル2になりました!”
電子音と音声アナウンスが聞こえて、目の前にステータスメニューが開く。
おお、良いタイミングだ。
【プロフィール】
【体力】316/512
【魔力】1032/1024
【攻撃力】128
【防御力】64
【ストレージ】財布/鍵/ボールペン/i-phone/パスポート/ハンカチ/ウェットティッシュ/ボルトカッター
【キャッシュ】3ドル97セント
【スキル】スーパーマーケット(レベル2)
【サブスキル】移動店舗召喚/換金
体力と魔力が上がってる……とはいえ、その実感はまったくない。
さっきチラ見したときと同じく、キャッシュはほとんど残ってない。代わりに、“移動店舗召喚”と“換金”というサブスキルが生えてた。どちらも、ありがたいといえば、ありがたい。
でも、この孤児院……というか、この村じゃ換金できるものなんて持ってなさそう。当然ながら、わたしもだ。
「ん?」
見切れていた部分をスクロールすると、新しい表示と気になる単語が出てきた。
【サブスキル】移動店舗召喚/換金
【換金対象】金貨0枚/大銀貨0枚/銀貨0枚/大銅貨0枚/銅貨0枚/魔珠0個
【換金レート】
・金貨:1、600ドル
・大銀貨:64ドル
・銀貨:16ドル
・大銅貨:2ドル
・銅貨:50セント
・魔珠(スライム ):4ドル
・魔珠(ゴブリン):10ドル
「……スライム? ゴブリン ? ……て、魔物?」
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