act.2 狐面天狐

「な、なんだテメェ!!?」


 突如とつじょ現れた仮面の侵入者に見張りを任された男が椅子を跳ね飛ばして立ち上がり、慌てながら剣を抜く。


「そなた随分とやられておるようだが大事ないか?」


 しかし侵入者の狐面はそんないさむ見張りの男を無視して檻の中の紫黒色の髪の男へと言葉を向けた。


「んなっ!?

テ、テメェ無視すんじゃねぇ!」


「………」


 そのことにいきどおり声を荒げる見張の男、トーテも檻の中からその者を見る。

 月明かりを受けながら立つその者は白を基調としたあでやかな刺繍の入ったそでの大きく膨らんだ上着に青い筒袴つつばかまを履き、その腰には孤月紋様こげつもんようこしらえ朱色の鞘に納められた反りのある刀剣を差していた。


「(あの衣に武器……確かこの大陸の東、外海の向こうにある島國しまぐに特有の……)」


 だがその豪奢ごうしゃな衣装よりもっと目を引くのはその頭部である。

 顔が白い狐のような仮面で隠されており、髪は月光に照らされ輝く絹糸の様に綺麗な純白だった。

 特徴的な衣装と相俟あいまってその姿は浮世離うきよばなれした神秘さをたたえており思わず見惚れてしまう。


「なんだ? 二人して化け物を見るような目を向けおって。

そなたよ何を突っ立っておる、剣を抜いたなら早よかかってくるがよい」


「な! な、なっ!

テ、テメェ何モンかしらねぇがそんなに殺されたいならやってやるよーっ!」


 動きを止めていた見張りの男が軽い挑発に顔を赤く染め上げ剣を振り上げ斬りかかる。

 それを見て狐面の侵入者は男を迎え撃つように重心を落とし左手で鞘を握り右手をそのつかへと滑らせた。


 キンッと鍔鳴つばなりの音。


 ほんの刹那せつなとき、トーテは月明かりを受けきらめいた剣閃を見る。

 そのの斬線は確かに斬りかかった見張りの男の首を捉えていて———


 カランと剣を落としドッと音を立てて見張りの男が膝から崩れ落ちそのまま膝突きの体勢で動きを止める。

 その顔は前ではなく背後をに見ていた。


「(首の後ろの皮を残し……! とんでもない技術だな……)」


 断面からゴボリと血が噴き上がりこぼれ落ちまたたく間に見張りの男の鎧を赤黒く染める。


「痛みは無かったろう、安らか眠れ」


 白い頬に跳ねた返り血ひとしずく、それをゆぐうこともせずは静かに狐面が呟いた。



「そなた、体は大事だいじ無いか?」

「あ、ああ。助かった」


 狐面によって己をつるしていた鎖の束縛より解放されたトーテは縛られていた手首をさすりながら改めてその者を見る。


 身の丈はトーテの顎に頭頂がくる一六〇センチ弱と小柄。

 やたら古風な言葉を使って話す声は男にしては高く女と断ずるにはやや低い。

 ブカブカな服装をしているため体型も分からず性別は不明であった。


「あんたは何者だ? なぜここにいる?」


 檻から出たトーテが部屋を物色ぶっしょくしここへ繋がれる前に押収された装備を探しながら問う。


「うむ、その疑問はもっともだが今この場においては悠長ゆうちょう、時間が惜しい」


「……ならせめて名前を教えてくれ」


 上着を見つけ広げる、脱がされる時無理に刃物で破られており使い物になりそうになかった。


「わしはムネチカと申す。そなたは?」


「珍しい名前だな、俺は……トーテだ」


「そうか……トーテか……ふむ……」


 トーテの名を聞いたムネチカがなにかを考える様にその狐面の双眸をジッと向ける。


「どうした?」


「いや…… 」


 トーテはその視線に首を傾げいぶかしみつつ。使い物にならない上着を放って麻の外套を直接羽織り腰を縄で縛りそこに二本の長剣ロングソードを差した。


「野盗のようなみてくれだ」


「ほっといてくれ」


 上半身裸ローブ……確かにこれでは野盗や山賊だ、と紫黒髪の男が肩を落とす。


「して、そなたよ。これからどうする?」


「……この砦に囚われている捕虜を解放したい」


「逃げぬのか?」

「解放したら逃げる」


「そなたはこの砦に詳しいのか?」

「それなりに」


「うむ、では共に参ろうか。

そなたとわしの目的はほぼ一致しておる故、協力できそうだ」


「(目的、か……)」


 今いるこの場所はケセド大国の正規軍に占拠された砦、ケセド大国とティファレト皇国の国境付近に位置する前線の関所砦だ。

 前線といっても主戦場は別のところにありこの砦のある山間やまあいわば裏道に当たるのだが、


「(砦に侵入、ケセドに敵対している東の國の刺客しかく……。やはりこいつは……)」


 表情の分からない狐面。

 だがその素性すじょうにトーテは一つ思い当たる。


「(わたりに船……か……少なくとも今は……)」

「どうかしたか?」


「いや、道案内なら出来る。

頼む、捕虜救出に手を貸してもらいたい」


「うむ、頼まれた」


 同行の意を示し協力して砦攻略を開始するのだった。

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