20 心に染みる

「家康さん、おはようございます」

「おお……土井殿?朝からいかがした」

 

「一週間の準備期間にやることがありまして。毎朝お邪魔しますんで宜しくお願いします」

「毎朝とな……」


「はい。毎日食べて欲しいものをまとめてあるので、この紙をチェックしながら食事をとってもらえますか。あと、今食べてるものと体調を聞きに来ました」

 

「ほぉ……ほぉ……」



 毎日摂って欲しい食べ物一覧表を彼に手渡す。だいぶ面食らってるぞ、眠たそうだし。

 

 朝……と言ってももう十時になるが、あんまり早すぎても失礼だろうしな、と迷いつつ家康さんのお家にやって来た。  

 この庭にある材料で天ぷらを作れと言われたからその偵察と……それから体の状態を知るために毎朝往診する事にしたんだ。


 彼は目の下にクマを作り、白眼が赤く充血してる。縁の下でぼーっとしながら飲んでいるのは濃い緑茶。……さっそくツッコミどころが満載だ。

 今日から一週間の生活が、彼の出した課題が叶うかどうかの鍵になる。

 

 ――さて、問診を始めよう。




「今朝は何を食べましたか?」

「朝は粥を食した。七分粥じゃの」 

「おかずは何を?」

「茗荷味噌を少々」

「ふむ……塩っけの強いものはあまり摂り過ぎないように気をつけてくださいね。特に徹夜をした次の日、ストレスで味の濃いものを求めがちになりますから」


「おお……徹夜が露呈してしまったな。いや、昨晩は少々胃が痛くてな、眠れんかったのよ」

「どのあたりが痛みましたか?嫌でなければ……触ってみてもいいですか?少々知識があるので」

「あぁ、構わぬ。横になるか?」

「お願いします」



 

 彼はそれ以上何も言わずにごろんと横になる。俺は手を擦り合わせ、冷えてないか確認してから彼の着物の中に手を差し込んだ。胃のあたりを触っていると、ぽっこりと硬いしこりに触れる。


「生前の物ですね、これは」

「あぁ、もう大事ないが残ってしまっているのじゃ。ワシの死因がこれと言われているなぁ、後世では」


「はい。あなたは胃がんで亡くなったとされてます。ただ、他の説もあって……俺はそっちが直接の原因だと思いますけど」

「ほう?癌ではなく、何が原因とお思いか」


誤嚥性肺炎ごえんせいはいえんだと思います。ご高齢の方は主たる病気で亡くなるよりも、その方が多い。特に癌は急激に進行する可能性が低いですからね。

 あなたが最期を迎えた時の体調を見ると明らかです。胃癌によって少しずつ衰弱し、その上で鯛の天ぷらを食べて体調を崩し、抵抗力が落ちていたところ誤嚥性肺炎でトドメを刺された感じだと思います」


「ふぅむ……そうか。人の内臓機能が衰えるのは、致し方ないんじゃろうな」

「そうですね、生きていれば内臓が衰えるのは当然ですし。……ここ、痛みますか」



 下腹部を手のひらで軽くおさえると、彼は『んぐっ』と声をあげる。こりゃ便秘だな。

 お年寄りの方は水分を少なめに摂る傾向がある。トイレが苦痛に感じるんだ。

 ただでさえ排泄する筋肉が衰えて便を出しにくい+水分不足で便秘になりやすいのはよくある事だ。




「少しマッサージしましょう。痛くて我慢できなかったら言ってください。腰紐をほどきますよ」

「う、うむ……」

「深呼吸しましょう。方の力を抜いて……吸って……吐いて……はい、上手ですよー」


「すー……はー……」



 下腹部をマッサージしながら顔色を確認していると目が合った。やや緊張した目線を受け取り、俺はゆっくりと口角を上げて微笑む。

 パチパチ瞬いた彼はだんだんと緊張が解けていき『ふふっ』と笑って目を瞑る。……なんか可愛いな、その反応。


 

 

 図書館で調べたが、家康さんはガチの健康オタクだ。当時の年齢からしたら長生きの部類になる。秀吉さんと同じく体に気を遣って、世を治めていた。


 彼の主な死因としてよく言われているのが『鯛の天ぷらを食い過ぎて中毒死』、『胃がんを寄生虫と自己判断して虫下しを飲んだから』、『胃癌による衰弱+誤嚥性肺炎』ってやつだ。



  

 俺も胃癌+誤嚥性肺炎だろうなー、とは思う。胃にデカいしこりがあるのもそうだし、吐血、食欲不振、胸のつかえ、体重の減少という症状があった。

 癌は歳をとるほど進行が遅くなる。罹患しても寿命のほうが早く来た、なんて人もいるくらいには。


 胃癌で弱って来た体に油物をぶち込まれたら、そりゃー体調悪くもなるよ。今そばにいてわかったが、若干胃の調子が悪い。口からの匂いがかなり強いから、そうだとわかる。夜更かしでポテチでも食べたか?




「家康さん、お昼には必ず温めた牛乳を飲んでください。胃を守ってくれますから。

 朝のお粥はとてもいいんですが、おかずがもう少し欲しいです。茗荷味噌も悪くはないですが、食物繊維のある野菜を何か一つ加えてください。あ……俺が朝飯届けましょうか」

「ぬ?ううむ。日参して下さるのに飯まで用意させるのは、流石に気が引けますな」


「うーん、じゃあうちの店に来るのはどうです?」

「そうしよう。ワシの調子を整えるのじゃろう?」


「ええ、そうですよ。〝胃もたれしない〟天麩羅なんて存在しませんからね」

「ふっ、ふっ……そうだな。しかし、まさかこんな風にして下さるとは思わなんだ。

 何とあたたい手をお持ちなんじゃろう。の奥までぬくまるようだ」




 冷たく固かった下腹部がマッサージによって温まり、ほぐれて柔らかくなってくる。気持ちよさそうにしてるから、今日はスッキリできそうだ。

 便秘も歳をとるとバカにできない。腸閉塞にでもなったら大変だし、お腹のマッサージは教えておこうかな。


 目を瞑っていた彼はいつのまにか瞼を開き、マッサージを続ける俺の顔をじっと見つめている。なーんか、憎めない人だな……目がキラキラしてる。優しくされてそんなに嬉しいのか?

 昨日のお小姓さんも居ないし、普段は一人なのか。寂しくて夜更かししてたのかもしれないな。


  

 

「……秀吉にはこのような事はされなかっただろう?何故ワシにはしてくれる?」

「今回からちゃんとした仕事で請け負って、一週間も準備期間があるって聞いたんです。それはどういう意味なのか考えました。

 地獄からの指定なんですが……『相手に合わせて色々試行錯誤してやってくれ』って事かなと」

 

「そうだとして、先ほどの紙一枚渡せばよかろう?かなり事細かに記してあった。他の協力店はそんなものを用意せず、腹までさすってはくれはしない」

 

「うーん。せっかく俺に依頼してくれたんだし、変なところで手を抜くのは性に合わないんですよ。俺がやりたくてやってるんで、気にしないでください」 


  

「……土井殿は、噂通りの人好きする方のようだ」

「ふふ、そうだといいですけど。はい、じゃあ起き上がって……次は背中をさすりましょう」


 着物の袂をしっかり直し、彼の両手を胸の前で組ませる。両肩をふんわり抱え込んで俺は膝立ちになった。

 

「……??」

「よっこいせ」




 俺が尻餅をつくように力を後方に動かすと、家康さんの肩が持ち上がる。その間に自分の膝を落とし、背後から支えてやると、彼の体が起きた。


「あぐらをかいてもらえますか」

「おぉ……土井殿は力持ちですな」

「こう言うのはコツがあるんですよ。力はほとんど使ってません」

「ほぉぉ……」




 床に寝っ転がったから、彼が自分で体を起こすのは危険がある。介護の要領で体を起こしたんだが、家康さんの目がこぼれ落ちそうなほど開かれて、びっくりしているのがわかった。


 あぐらをかいてもらって、前傾姿勢になった背中をさする。

思った通り背中は血流が悪く、冷たい。上から下まで手を動かすと、気持ちよさそうなため息が落ちた。




「はぁー……こんな事までしてくれるのか」

「気持ち良いでしょう。いつもはお世話の方がいるんですか?昨日案内してくれた小姓さんみたいな人は?」

「あぁ、あれも弟子じゃ。小遣いをやるために案内に立ってもらっていたが、普段は一人で生活している。年寄りの世話はつまらんじゃろ」

 

「そうですか……。散歩とかしてます?」

「いや……最近不精していたな」

 

「じゃあ、せめて一週間の間は毎朝俺のお店に来てください。運動しないと心臓が血を運んでくれないんです。血流が悪いと全部を悪くしますよ」 

 

「おぉ、そうか。冬の終わりが一番きついのはそれか。気温が低いと出かける気も失せる」

 

「はい。季節の変わり目は亡くなる方もとても多いです。変わりゆく季節に合わせて体の準備が整うまで『寒い時は暖かく』『暑い時は涼しく』する必要があるんですが……歳をとるごとに温度を感じにくくなります」


「そうさな、年寄りになると色んなものが鈍く感じる。だが……」




 彼の体に震えを感じ、寒かったか?と思わず自分の上着を肩にかけた。すると、背中側からキラキラ光って溢れる雫が見えた。


「人の温かさは、ようく染みるようになる」

「……そうですね」




 家康さんを抱え、俺は切ない気持ちになりながら背中を優しく擦り続けた。



「家康さん、俺……毎朝お迎えに来ようか?」


 突然タメ口に切り替えて話すと、彼は満面の笑みを浮かべた。

 あぁ……、俺は勘違いをしてたな。彼が腹に一物抱える人だなんて決めつけてたんだ。彼もいつの間にか砕けた話し方をしてくれていると気づく。



  

「いや、いい。散歩コースを検討せねばならんからの。これを機に毎朝散歩の習慣を作ろう」

「そりゃ良いことだ。じゃあ店で待ってるからね。そろそろ朝の営業も始めようと思ってたし、練習相手をお願いしてもいいか?」


「あぁ、喜んで。土井殿は本当に好い人じゃったな」

「んー?まだ初日だぞ。絆されるの早くない?」


「くっくっ、年寄りは絆されやすいんじゃよ。お前さんもそうじゃがの」

「うん、そうだな」

 


 家康さんも、俺の事ちょっと警戒してたみたいだ。俺もそうだったけど……全くの初対面ってのが久しぶりで、こう言うのを忘れていた。

 

 自分が警戒してたら相手もそりゃ警戒するよな。反省しなきゃ。



 暖かくなって来た背中が痒いと言い出した家康さんと笑い合って、俺たちは何の蟠りもなくこれからの予定を話し合った。

 

 

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