18 成仏援助協力店


「さーて、今日の営業も無事終了……明日は休みだ!」


 ルンルン気分で玄関先の暖簾をしまい、ドアの鍵を閉める。真新しい食券機のドロワーを開けると自動で計算されたレシートが出て来るんだ。これのおかげで売り上げの計算もだいぶ楽になった。

 すごいなぁ、ハイテクだなぁ。助成金がなけりゃこんなの買えなかったぞ。


 感心しながらレシートを帳簿に貼って、お金を数える。機械が間違えるはずもないけど……一応な。



 お店の中でつけっぱなしのテレビは昼下がりの観光地でまたもやインタビューをしているようだ。既視感があるが……いや、まさかな。あんな遠くに環さんがいるわけないし。


 レジ金を数え終わって腹ペコに気付き、慌ててキッチンに戻る。どんぶりに白米をよそい、鰹節とお茶をかけて塩を振る。昼は簡単なご飯にしておかないと。夕食をシャオメイと環さんと食べる習慣が身についてしまったからな。

 

 朝、夕と二人がいるのが当たり前になりつつあって……昼飯はあまり凝ったものを食べなくなってしまったんだ。

一人で食べるご飯はちょっと味気ない。



 サラサラとお茶漬けを食べていると、なんだか聞いた事のある声が聞こえる。




「それがのう、ワシも成仏するつもりはなかったんじゃが。あそこのメシを食わせてもらって、妻とも関係性が変わって……次の節目で地獄とおさらばする予定にした」

「……?あれ……秀吉さんか?」


 テレビの中には若々しい姿の男性と女性が写っている。おしゃれなキャップを被り、お揃いのダボッとしたパーカーを着てるけど……いや、どこからどう見ても秀吉さん夫婦じゃん。

 ちょっと嫌な予感がするぞ。なんか起きる時はテレビで予告されるのか俺は。





「その人を思うメシを丹精込めて作ってくださる食堂でな、店主がもうええ人でええ人で……。おかげでこの通り若々しい体を取り戻しましたぞ!

 佑殿〜!テレビを見てるか〜?ワシは心から感謝しておるぞ〜」


「ぶほっ!?な、何……ゲホ、ゲホ……」




 突然名前を呼ばれて思わず咽せた。テレビの中では秀吉さん夫婦が手を振っている。……おい、やめろください。俺の名前を全国区で叫ぶな!


「……環さん、流石だな。――もしもし」




 テレビの放送が一区切りついたところで環さんからお電話が入った。胸をトントンしてから電話に出ると、いつもの『お疲れ様です』が聞こえる。


「お疲れ様です。テレビの事だったらもう知ってるぞー?今……」

 

『え?何故それをご存知なのですか?来週の特番で秀吉さんが出演なさるそうですが、おそらく土井さんの食堂を紹介するだろう……と報告のためお電話しました』

 

「な、何それ?俺が言ってるのは、今テレビで秀吉さんが俺の名前を連呼しててだな」

『それは知りませんでした。……本日夕方早めに参ります。とりあえず、明日の仕入れは多めにしていただいたほうがよろしいかと』


「何でだ?俺の名前知ってる人ってそんなにいる?」

 

『あなたは借金長者番付一位を向こう100年は持続するでしょうから、知らない方の方が少ないですよ。あなたとお店が結びつくのは容易い状況です。

 来週の放映でさらに増えるでしょうから作戦会議をしましょう』

 

「……ふぁい」


 俺は渋々頷き、買い出しに行く時間を確保するためにお茶漬けをかきこんだ。


 ━━━━━━


「秀吉さんの次回成仏申請は1年後ですね」

「ほーん……」

 

「明日新聞にも載るって連絡があったアル。佑の名前とお店の名前も出るらしいヨ」

「なんでだよ!!勝手に載せるな!有名にするなっての!」

 

「仕方ありませんね、獄卒の成仏を願い一人でそれを通してしまいましたし。500年以上成仏しなかった歴史上の人物の考えも変えたのですから」

 

「シャオメイのはしゃーないとしてだ。秀吉さんの話は俺のせいじゃないだろ?あれは奥さんの……」


「来週放映されるテレビを見てからそれ言ったほうが良いアル。羽柴秀吉、天下人の成仏を決めた一言って特番らしいアル」

「…………お、奥さんの一言だ。きっとそうだ。だって俺のところには何にも連絡ないぞ?環さんとこにもないよな?」




 本日の夕食を終え、大人数を捌くため仕込んだ牛丼の鍋をかき回している。

環さんはカウンターでお茶を啜り、そっと一枚の紙を出してきた。

 すごく見たくない、嫌な予感しかしない。


「テレビ局からの取材申し込みはこちらからお断りしました。ですが、地獄管理庁からの依頼書があります」

 

「………………ヤダァ」

「佑、腹括りなさいアル。男らしくないアルよ」


「男らしくなくて良い。俺はしがない街の食堂を営んでいるだけだ!お偉いさんからの依頼なんか知らんぞ」

「そうですか……こちらの依頼を受ければ借金の大幅減免があるかもしれませんが、仕方ありませんね」



 なっ……何ですと。借金の減免……?


 思わず環さんがしまおうとする書類を掴むと、彼女の顔に『ニヤリ』と笑みが浮かんだ。

 

「ご依頼は拒否されるのでは?」

「……な、内容を見てからにしようかな?せっかくだし??」

「ふふ、そうしてください。どうぞ」




 なんだか環さんの策略に引っかかったような気がしなくもないが、減免となりゃ俺としてはやぶさかじゃないぞ。

 

 どれどれ……。


 書類を見ると、初っ端の題名で俺は眉を顰めるしかない。

『成仏援助協力店参画のお願い』?


 

「罪人たちが成仏したほうが、地獄にとって得なのか?」

「ええ。本来ならば生まれ変わって苦労をしなければならないところを、地獄で安穏と暮らすのは如何なものか……的な考えの管理職が多いのです。

 昨今は人口が増加し続けていますから、管理する側も大変なのです」

 

「なんか、リアルな話だな」



 

 書類をしっかり読んでみると、俺の担当は月に一度、一週間の準備期間をかけて『成仏見送り人』にメシを食わせると言うものらしい。対価として……一回…………。

 

「ひ……100万!?そんなに免除になるのか!?」

 

「はい、あなたに割り振られる予定の方は『歴史上の人物』となります。秀吉さんはあっさり行きましたが、面倒な方もいらっしゃるでしょうね」

「でも、メシを食わせるだけなんだろ?あっ!成功しなかったらどうなるんだ?」

 

「一円も免除になりません。材料費はお客様負担ですので、土井さんの労働力と一週間の売り上げが犠牲になります。ギャンブルに近いかもしれませんが……」

 

「はい、やります。よろしくお願いします」


 


 ぺこりと頭を下げると、環さんが微妙な顔つきになった。『コイツマジか』って顔すんなし。


「だって百万だぞ?一週間の売り上げそんな行かないぞ???」

「まぁ、そうですね。担当の人物は事前に知らされますから。いつもいらっしゃるおばあちゃんの件は別でご用意していただいて良いとの事です」

 

「あ、それは助かる。ちなみに次の担当って決まってるのか?」


「はい。羽柴秀吉さんの紹介だそうです」

「だ、誰なの?怖い人か?」

「怖いと言えば、怖いですね」


 

 環さんは懐からもう一枚紙を取り出し、手渡してくる。その紙にはでっかい文字で……。


「と、と……」

「徳川家康、戦国時代を終わらせて江戸幕府を開き初代将軍となった方です」


「ワァ……」



 俺の小さな呟きは、シャオメイの苦笑いと環さんの微妙な顔に受け止められて……前途多難な行き先を思う余裕もなく消えて行った。



 

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