6ザーサイ祭り
「ふんふんふーん♪いやぁ、地獄ってこう言うところ便利だよな?遠くに行くにもワープできるし」
「まぁネ。でも事前申請がなければ獄卒がセットじゃなきゃホイホイ使えないアル。それにレンタカータダで使えるのは私たちだけヨ」
「ははぁ、シャオメイ様のおかげです、誠にありがとうございます」
「うむ、よろしい」
俺たちは今、無料レンタカーに乗って比較的暖かい地域に来ている。地獄でも日本はそのままの形で存在し、現世で言えばここは千葉の房総半島って場所だ。
ここは寒い時期でもそこまで冷えず、道端には菜の花が咲き、ゆるやかな海風に吹かれて春の様相だ。桜も3月には満開になる。
今は二月で、冬なんだけど日差しがポカポカあたたかくて気持ちいいな。
俺が住んでいるのは都内とでも言うか、地獄でも比較的人が集まっている都会だから……こう言う田園風景は大変心が落ち着くよ。
移動に電車を使おうか悩んでいたら(そう、地獄って電車もあるんだ)、『時間短縮しよう』ってシャオメイが言って、真っ黒いドアがたくさんある謎の場所に連れてってくれた。
そのドアを潜ると行きたい場所にワープできるんだが、一般人にはそうそう使えない。利用料金が高いし、俺みたいに存在すら知らない人が多いとか。
使い方はすぐわかったけどな、どこでもド……げふんげふん。
それはさておき、俺は地獄指定の飯屋を営んで行く予定だから数ヶ月すれば申請許可が降りて、黒いドアをタダで使えるようになるんだと教わった。
最高だ、仕入れに行きまくれるじゃないか。
今回はシャオメイ同行のおかげで、申請してなくても使わせてくれた。レンタカーもタダで貸してもらえたし、本当にシャオメイ様様だ。
「しかしアレね、アンタ免許持ってたのカ」
「うん、出身は地方だったからな。独り一台の地域だ」
「田舎育ちカ?」
「そうだぞー、とんでもない田舎で育ったんだ。集落の人口より野生生物の方が多かったし、朝は山々から炭焼き小屋の煙が立ち上って霞が漂うんだぜ。水源も井戸、電気は通ってたが電波はほとんどなくてさ。
夜は夜で木々に吸われて音がなくなるから、耳がキーンってなるほどだったな」
「へぇー、料理はどこで学んだカ?」
「料理は小さい頃からやってたよ。殆ど自己流。両親は出稼ぎでほとんどいなかったし、爺ちゃん婆ちゃんと暮らしてた。
山で散々遊んでたから食い物は区別できるし、山歩きもできるし、今こうしてる事を考えればありがたい生活だったな」
「そう……なるほどネ」
車の運転は久しぶりだから、助手席のシャオメイを見る余裕がない。でも、なんとなく沈んでいる気がするな。
うーん、どうしたもんか。
「あそこが最後のサービスエリアっぽいけど寄るか?」
「産直ありそうネ」
「いや、ああ言うところはちょっと高いからな。買い物はしないよ」
「じゃあイイ」
「そうか。シャオメイは煙草吸わんの?」
「私は火が苦手ヨ。焼け死んだから」
「ありゃ、そうなのか。じゃあこのまま目的地まで行っちゃうかぁ」
「ウン」
沈んだままの声が気になるが……いや、ここは突っ込むとこじゃないな。シャオメイなら必要であれば自分から話すだろう。
無理やり聞いてもダメっぽいし、話したくなったら聞くことにしよう。
俺は本当に久々のマニュアル車を乗ってるから運転に集中しなきゃだ。ギアを一つ落とし、アクセルを踏んだ。
━━━━━━
「こんちはー!」
「あれ?仲良し食堂の……」
「はい、じーさんのあとを継いだんで。今後とも宜しくお願いします」
「あらあら、そうだったのね。わざわざ来てくれたの?ちょうどお茶の時間だから飲んでって」
「おっ!喉乾いてたんだ!やったぜー」
目的地その一、温暖な気候で育つ『ザーサイ』の農家さん。俺は履いてきた長靴で畑の脇をスタスタ歩き、畑で作業してるおばちゃんに声をかけた。
ザーサイは菜の花みたいな花を咲かせる植物だ。畑にはそこかしこに黄色い花が咲き、蝶々がひらひら飛んでいる。のどかで静かないいところだ。
「シャオメイ、大丈夫か?」
「ウン……ヨイショ。畑は歩くの難しいネ」
「長靴は普段履かないもんな。ほれ、つかまれ」
ちょこちょこ畦道を歩くシャオメイは危なっかしい。スーツのままだから転んだら大変だ。
やってきた道を戻り、シャオメイに手を差し出すと……やや微妙な面持ちで握られる。
「悪いな、オッサンの手で」
「アンタ二十代でしョ」
「死んだのはそうだな。中身がおっさんなんだ」
「んっふ……否定できないアル。新聞読みながらお茶を飲む様は堂に入ってタ」
「うっせい。あぁ、ぬかるんでるから気をつけろよ」
「ウン」
えっちらおっちら歩いて、畑の脇にある東屋に辿り着いた。東屋といっても収穫時期に建てられる簡易的な日避けがあるだけだが。収穫したザーサイを箱詰めし、出荷作業するための小屋に布を張ってテーブルと椅子が置いてある。
ポットからお茶を注いでくれたおばちゃんは、ハウス栽培も手広くやってる結構大きな農家さん。旦那さんはこの前先に天国に行ってしまったからな……同じ境遇で協力し合う、近所のおばちゃんたちが卓を囲んでニコニコしている。
「あらぁ!若い子が来たわよ、なかなかいい男じゃない!」
「おばちゃんの隣に座りなさい!」
「ちいちゃい子は獄卒さん?お仕事でついてきたのかしら。お疲れ様ねぇ」
「お煎餅もあるわよ!ザーサイの浅漬けもあるから!遠くから来たんでしょう、お茶飲んで休憩しなさいね」
「ありがとう、これは今年のか?」
「そうよぉ!今年は収穫量が多いんだけどねぇ、ここいらでは旦那の方が先に成仏しちゃうから作業が大変なの!」
「女の方が罪深いのかしらね!」
「「あははは」」
屈託なく笑うおばちゃんたちは、元気な様子だが……男手がないと確かに大変だろうな。
女が罪深いのではなく、旦那さんの借金を優先して返済しているんだ。だから、この辺りの農家さんは女性ばかりになってゆく。
もちろん逆の場合もあるし、夫婦仲良く天上へ登る人もいるけどさ……『愛』故の行動なんだと思う。
現世で死ぬ時もそうだが、独りで残されて大変なのはどっちだろうな。男性だったら多少なりとも心当たりがあるだろう。都会では少ないが、地方なら尚更多いケースだ。
奥さんだけが地獄に残り、切ない気持ちを抱えているだろう。でも、俺みたいな奴にも優しくしてくれるし……真面目に働いて毎日を誠実に生きる人たちだよ。
過去に罪を犯してしまったとしても、悪い人だなんて思えない。
「これは浅漬け、キムチに、甘酢漬け、ナムルみたいにしてみたのもあるよ」
「すごいな、ザーサイ天国だ!いただきまーす」
「ザーサイって塩漬けだけじゃないアル?」
「そうだな、農家さんは収穫しても市場に出せないモノを食べるだろ?こう言うお呼ばれで勉強させてもらうんだよ」
「へえぇ……」
差し出されたタッパーの中には、青緑と白のコントラストが綺麗な漬物たちが入っている。ザーサイはスライスされて売っているか、ポコポコした根っこだけ売っていることが多い。普通は塩漬けしか売ってないから、生は産地でしか見かけないだろう。
ほんじゃ塩漬けからいただこう。厚めに切られたきゅうりの漬物みたいなそれに楊枝を刺して、口に放り込む。塩がやや強めでコリコリした感触が気持ちいいな、んまい。
「なんとフレッシュ!古漬けにしないのカ!!」
「そうよぉ、浅漬けでも絞ってあげれば名前の通り
「絞らなくても美味しいわよ!キムチは今朝和えただけだからシャキシャキしてるよ」
「ほほぉ!キムチもいいな、味付けは?」
赤く染まった搾菜を口に放り込むと、唐辛子や塩辛が入ったヤンニョムの味とこれまたシャキシャキコリコリした食感だ。ちょっと甘めなのがいいな、発酵したらさらに旨みが増しそうだ。
「キムチの素と蜂蜜入れただけー!本場はヤンニョムも作るだろうけど、めんどくさいからねぇ」
「仕事してるんだからそらそうか。蜂蜜……甘いの美味しいな」
「私は甘いのが好きだからねぇ。甘酢も美味しいよ、酸っぱいのは疲れが取れるから。甘いのに飽きたらごま油で和えたナムルも食べてみて」
「すごいな、ここで甘いしょっぱいの永遠ループだぞ。箸が止まらん」
おばちゃんたちは朗らかに笑い、俺は次々と勧められるままにザーサイを口にして、お茶を飲み……畑のティータイムを楽しむ。
のどかなひと時を過ごした後、しばし農作業を手伝うことになった。
「昨日雨が降ってぬかるんでるから気をつけてね。花芽は好きなだけ持って行きなさい」
「おっ!助かるよー!ザーサイは売ってもらえるか?」
「働き次第で分けて差し上げましょう!後一時間で出荷だから、それまでお願いできる?」
「おう、任せとけ」
先に畑に戻っていったおばちゃんたちを追いかけ、畑いっぱいに育ったザーサイを眺める。ザーサイは畑の鮑と言われる独特のコリコリ食感が特徴の、根っこを食べる野菜だ。名前の通り水分を絞る事であの歯応えが出てくる。
過食部は土には埋まっておらず、地上に薄緑色のもこもこした茎として露出している。そこだけ食べるのが一般的だな。
畑ではこうしてわさわさ葉っぱが生い茂り、遠くから見たらほうれん草畑にでも見えるかも。
刈り取ると、見た目は……例えようがないくらい根元側がボコボコに膨らんだ形、その上にセロリが生えたみたいな?
ハーブのフェンネルに似てるけど、不思議な植物だよなぁ。
主な可食部の他にも葉っぱや花芽……花が咲くためにニョキっと茎が伸びて、その先に蕾がつくんだが、これが最高にうまい。
花芽の茎はアスパラガスに味が似ているし、花は咲いてしまうと苦いが蕾なら茹でて
さぁて!たくさん収穫するぞ!!
俺は鎌を片手にザーサイを掴み、ザクっと刈り取り始めた。
━━━━━━
「お疲れ様、じゃあこれ!」
「うぉっ!?こんなにくれんの?」
「うん、規格外とか中に空洞あるのも入ってるから処理が面倒だけど。ハウスの野菜と新芽、摘果もはいってるから」
「おおおーありがとう!漬物にすれば長持ちするし、めちゃくちゃ助かる。ちょびっとしか手伝えなくてすまんな」
「いやいや、助かったよ、積み込みだけでも居てくれて。今日が一番出荷が多かったからね。お茶飲んで行く?」
「いや、これから山歩きだからな。もう行くよ」
「はーい、また来てね!」
「おう!じゃあな!」
収穫、出荷が終わって段ボールに四つも野菜たちをもらってホクホクだ!
鼻歌を口ずさみながら車に戻り、箱たちを荷台に乗せる。
「うーーーむ、うーんむ」
「なーに唸ってんだ?」
「ワンボックス借りたのはこの為カ。こんなにたくさんくれるなんて……いや、あの労働対価としてはどうなんだろう……」
「こんなにもらったら多すぎるかもなぁ」
「うーん、でも……うーん」
唸りながら悩み続けるシャオメイは、なんだかんだ言いながら出荷の梱包を手伝ってくれた。休みなのに働いてくれたんだから、本当にいい奴だ。獄卒さんはみんな俺よりずっとお人好しだぞ。
運転席に座り『帰りに飲め』といただいたペットボトルのお茶を口にしてシートベルトを閉める。
次は山に行こうかなー。ぽちぽちナビを操作していると、まだ思い悩んでいるシャオメイが視線を遣す。
「どした?」
「なんか、アンタといると損得考えるのが馬鹿らしいネ」
「そうか?考えたほうがいい時もあるだろ、商売やってるんだから。シャオメイは特にそうだろうなぁ」
「まぁネ。重労働の割に楽しかったし、おばちゃん達は……優しかった。あの人たち、スキ」
「うん、そうだな……いい人たちだ。でも俺はちゃんと損得勘定してるぞ。何も考えてないわけじゃない」
「そうなのカ?」
うん、と頷いてエンジンをかけると、シャオメイはまだじっと俺を見ている。軍師様は俺の資質を試してるのかもしれんが、根本的な考えは変わらんしな。
気負っても仕方ないだろう。装うのは苦手だからしゃーなし。
「大切に育てた野菜をさ、収穫する時だけに現れた俺に嫌な顔ひとつせず、わずかな労働で対価をくれるなんて凄いだろ。
顔を覚えてもらってて本当に良かったよ、助かった」
「いつも、こんな風に手伝うノ?」
「いや、お茶だけ飲んで野菜もらってくることもあったよ」
「ふぅん……」
「野菜ってのは……いや、果物でもそうだし他もそうだと思うけど。1日2日で結果が出るものじゃないだろ?売って金になるまで時間がかかる。畑を耕して、天候に悩まされながらも毎日世話して……数年かかってやっと収穫できる物もある」
「そうネ、農家さんは毎日毎日大変な思いしてル」
「うん。自然が相手ってのが大変だし、ひとつひとつの作業は全身の筋肉を使う重労働だ。疲れても野菜は成長を止めてくれんから、休めない。
日々の積み重ねで作り上げた野菜を分けてくれるんだから、ただもらうだけってものは良くないだろ?」
「……前回来た時は病院に連れてったらしいナ」
「うん、怪我してたから。車で行かなきゃいけない距離だったし」
「何でも屋さんよろしく手助けカ」
「何でもはできないぞ。お互い知人だし、良くしてくれる人が困ってたら普通はそうする」
「アンタはそうじゃないだロ。最期も人助けで死んだ。本人は覚えても居なかった赤の他人を助けてタ」
「そうだなぁ、もっと上手くやれれば良かったな。体を鍛えていれば俺がホームに落ちずに済んで、女の子にも車掌さんにも嫌な思いをさせなかったかもな。……轢かれるその時を見る人もいなくて済んだだろうに」
「…………」
ついに沈黙してしまったシャオメイはシフトノブに置いた俺の手を撫でる。小さな手は温かく、柔らかい。
その指先は全ての爪が失われていた。
爪ってのは、数回剥がれたりしたくらいじゃ復活するんだがな。生えてこなくなるまで何かがあったか、されたか。
シャオメイの人生は過酷だったみたいだ。
「悪意って、サ……どうにもならないだロ?善意で動いているアンタにもアンチは存在してる」
「うん、そうだなぁ。勤めたばかりの時は結構ひどい目にあったぜ」
「そう、私もそれを聞いたヨ。同じ地獄に落ちて、贖罪で金を稼ぎ続けなきゃならない仲間なのに仲良くできない奴もいル」
「うん」
「どうして、恨まないノ?誰も憎まないなんて、どうやったらできる?アンタ、菩薩なのカ?
死んでまで周りの人の事を気遣えるなんて……どういう精神構造してるノ?」
「うーーーーーーーん…………」
難しい質問ぶつけてくるなー。俺もほとんど意識していないからな。どっちかというと合理主義なんだとは自分で思ってるけど。
シャオメイが聞きたいのは救いの言葉か、それとも……。いや、そんな事を考える必要はない。この子は自分でちゃんと納得してくれるだろう。
「人を恨むことはしたくないだけだ。それで何が得られるかって考えると、まるで無意味だし。自分のために生きていくなら自分の事が最優先だしな」
「それなのに犠牲になるのカ」
「犠牲になってるのは結果だろ?やってる最中は何も考えてないよ。俺はいい人でいたい。優しいと思われたい。別に犠牲だとそもそも思ってないけど、打算はあるかも知れん」
「……ほう」
「自分の事が大切だから、悪意をぶつけられれば嫌な思いはする。だからってそれを覚えても自分のためにはならない。偽善でも、善をなすならそれは結果としていい事だし他の人の意見は知らん。
俺はいい奴でいられる自分が好きなんだよ」
「アンタの場合は度を越してる気がすル」
「そうかなぁ?自分がいい奴でいたら周りにもそういう人が集まるだろ?平和で優しい世界で生きていきたいからそうしてる。俺は自己中なんだぜ」
「はぁ……なるほどネ。お人好しなのは変わらないでショ。悪い輩に気をつけなって言おうとしたけど。
アンタ……
「あはは、そうなるといいな。何にせよ人に感化されてグレても何もならんよ。俺は自分のために環境を良くしてるだけだ。
何かに手を伸ばさなければ、何も結ばれないんだぜ」
「悪いものには手を伸ばさない、か。
アンタの手は傷だらけなのに、こうして触ってると……なんか落ち着くよネ」
「生前の傷が残ってるんだ。生きてるだけでこうなるんだよなあ。
俺の手なんか触っても得にはならんぞ?」
「……佑の手、スキ。この手が料理するから、ご飯が美味しいんだってわかっタ」
「誉め殺ししてもソフトクリームしか出ないぞー」
「んふ……じゃあ一番美味しいの食べさせてヨ」
「そうしましょう」
シャオメイは、きっと……手を伸ばしても誰にも助けてはもらえなかったんだろう。それを思うと、スゲー切ない。
俺に出会ったなら、何かあげられたらいいなぁとは思う、美味しいご飯を食べて毎朝活力をつけてもらうしか今のところないけどさ。
時々こうやって、話を聞こう。いつか、いろいろ話してくれるだろう。
居心地のいい沈黙が降りて、パタパタと音がする。シャオメイがこぼす透明な雫は、俺の手のひらに優しく降り注いだ。
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