序章 全ての始まり
「はあはあはあ...早く逃げないと!あいつらが来る」
白銀の少年は長い長い廊下を走っていた。古びだ廊下は軋みギシギシと音が響いてくる。少年は走りながら振り向くと”それ”はゆっくりと少年に近づいてきた。
「もうそこまで来てる!逃げないと!」
少年は前を向き走り続けた。廊下に立てられた蝋燭は消えて月の光が不気味に廊下を照らしている。窓から見える景色は霧がかりよく見えずただならぬ雰囲気を醸し出していた。次第に雨が降り出し雷がなり始めた。まるで何かが起ころうとしているかのように...少年は走り階段を下り玄関に着いた。
「よし、やっと出口に着いた。これで...助か...え?」
と少年が取っ手を掴んで言いかけた時にブスっと何かが刺さる音がした。音がしたと同時に背中に激しい痛みが襲う。恐る恐る手で触ると背中にナイフが刺さっていた。
「くそ...毒か...」
少年は痛みで立てなくなりその場に倒れた。激しい痛みと毒で体が動かせなくなってしまう。そんな少年をあざ笑うかのように”それら”はやってきた。
「残念だったねーもう少しで逃げられたのに」
「惜しいですな」
「滑稽ですね!」
「ねえ?こいつどうする?」
「血が見たい...血が...」
「切り裂こうぜ?」
「それではつまらないですよ。私が遊んで差し上げます」
「「ねえねえー縫うのはどう?」」
「目をくり抜くのに一票」
「めんどくさ...早く終わらせよう」
「だったら私が着飾ってあげる!」
「ここは焼き殺そうよー」
「いいえ、神に捧げます」
「だったら狩りとるか?」
「どうせなら最高なショーにしてよね?」
と”それら”口々に言う。口を開けば殺す事しか口にしない。少年は意識を保ちながら”それら”を睨みつけた。
「お前...ら...し...」
「「なんかー言ってるよ?」」
「めんどくせーな」
”それ”は少年の髪を掴み上げ少年の首を絞めた。
「うるせえよ。めんどくせーし、手間かけさせんな」
「うぐ...」
少年が抵抗しようとした時に後ろから声がし手を離した。
「やめてください。主様のご到着です」
「ちっ!」
少年は投げ出され痛みに耐えていると”それら”の主が姿を見せた。
「遅くなったね子供たち。いろいろ言いたいことはあるがとりあえず置いておくとしよう。さて...本題に移ろうか」
と主は言うと少年しゃがみこみ少年の顔を覗いた。少年は毒が回り今にも死にそうになっていた。
「そうかい。追いかけっこはもう終わりかい。楽しかったんだけどなあ。君とのゲームは...終わってしまったのなら仕方がない。君には死んでもらおうか?振り出しに戻ろうか。今回はNERU《ネル》殺っていいいよ」
と主が言うとNERUは嬉しそうに少年に近づいた。
「ふふふ...やっと私の番だ。ちょうど実験に必要な胴体が欲しかったんだ。あなたのその体...私にちょうだい」
「まっ待ってく...」
少年の体にナイフを突き立てて片腕を切り落した。痛みに少年に構わず斬り付ける。NERUが少年に斬り付けたことで”それら”は興味を無くしただ眺めている。
「動かないでよ...じゃないとあなたの首を切り落せないでしょ?安心してよ...ちゃんとあの子も...Sullivan《サリバン》も殺してあげるから」
「お前...サリーに手を出したら殺...」
「うるさい...」
「サリー...」
NERUは少年の頭を一突きすると少年は力尽きた。
「あっ...死んだ...つまらない。もっと声を聴きたかったのに...まあいいか」
NERUはそう言いながら少年の遺体を解体した。床には少年の血があふれ出し、切り取られた少年の顔は涙を流していた。
「終わった...」
「でしたら執事たちに掃除させましょう」
「私たちメイドも手伝いましょう」
「よろしいですか主様」
「よろしく頼むよ」
主は窓の外から見える不気味で美しい月を見て不敵に笑った。
「そう言えば今日の月は綺麗だね。こういう日は血に限るよ。もう少しで”あのげーむ”が出来るのが楽しみだよ。今回は誰が生き残るのかな」
と主は言った。すると強い風が引き窓が開いた。風が止むとその場には誰のおらず少年の血痕だけが残った。
数百年前...とある事件が世間を注目させた『黒川邸失踪事件』。この事件は屋敷に住む住人十五人と使用人が全員行方不明、屋敷の『黒川邸』が全焼した事件だ。事件が起きたのは****県の****市の****にある黒川邸だ。この屋敷は山奥にあり古い屋敷であるため幽霊屋敷だと、人を殺す屋敷だと悪い噂が立たない。このうわさがたったのはこの屋敷に観光客が興味本位で訪れた際に帰ってこなかったため、神隠しや幽霊に連れていかれたのだと誰かが話したことが噂になり広まったそうだ。後日観光客は無残な姿で発見された。両目がくり抜かれ青白い顔をしていた。この観光客の身に一体何が起きたのかは定かではない。そしてなにより恐れられたのがその屋敷に住む住人たちだ。住人たちは不気味で奇妙さが漂い、地域に住む人は怯えていたそうだ。そんな屋敷が全焼し住人達が全員姿を消した。その後生存者がいないか調査したものの何も発見することが出来なかった。集団自殺か失踪事件かと騒がれたが事件はお蔵入りとなった。その地域に住む人は住人たちは呪われた。屋敷の呪いだと口々に言った。
そして、百年たった現在の2***年に十五体以上の白骨遺体が見つかったことで事件は急展開を迎えることとなった。
「いいみんな、私達ミステリーサークルで事件を解決するぞ!」
と元気よく声を上げたのは部長の・川上志保だった。川上に賛同するように副部長の海藤信ものる。
「部長の言う通りだ。俺たちで見つけるぞ!」
「「おおおお!!」」
と二人だけで盛り上がっている。そのやり取りを見た狂見はため息をついた。
「あほくさ...なんでせっかくの休日なのにこんなことしなくちゃいけないんだよ」
と狂見は愚痴をこぼした。
「まったくなんでこんなことになったんだよ」
とぼんやり周囲の景色を見た。きっかけはミステリ好きの後輩・佐久間淳と浅墓美桜が部室にやってきたことだ。ふたりは嬉しそうに印刷した紙を持ってきた。初めは興味がなかった川上と海藤ものり、乗り気じゃなかった狂見を連れてやってきた。今狂見たちは専用のフェリーに乗っている。カモメたちが鳴いて飛んでいる。飛んでいる方向が狂見たちが来た方角で羨ましかった。
「はあ...俺も連れてってくれ…」
「「そんな暗い顔しないの〜狂見くん。俺たちと一緒に謎を解明しようよ〜」」
「分かった分かった!引っ付くなよ、暑いだろ」
「ごめんごめん!」
「もう〜そんなに怒ってたらダメだぞ〜」
「おい!つっつくなよ」
川上が狂見の顔をつっついた。狂見はイラつき辞めさせようとした時に本を読んでいた四年の先輩本庄が狂見達に言った。
「君たち少し静かに…狂見くんは嫌がっているんだから無理にしないの」
「は、はい。すみません」
「ピクニックに来たんじゃないんだからね」
「「すみません…」」
本庄にそう言われた川上と海藤は小さくなり返事をした。本庄は頷くと指を指し、狂見達に言う。
「分かればいいんだ。ねえみんな、見てあれ」
「なんですか本庄先輩?」
「ついに見えたよ」
「どれどれ!」
「どこどこ?」
本庄に言われた狂見たちは本庄が指した方角へ目を向けた。すると不気味に霧ががかった島が見えた。今は更地だがその奥には噂となった屋敷があった場所が遠くからでも見える。
「あそこか」
「なんか不気味だな…」
「ねえ、本当にあそこに行くの?」
怖気づいたのか浅墓が控え目に言うと佐久間が茶化す。
「何?怖いの〜」
「な!別にそんなんじゃないわよ!」
「みんな!そろそろ着くから準備して」
「「「「はい」」」」
狂見は本庄に指示されたように荷物をまとめて降りられるように準備していた。
「さて、もうそろそろか…うん?あれ…なんだ?」
狂見はふと屋敷のあったとされる場所を見た時一瞬だがあるはずのない屋敷が建っているように見えた。そんなはずは無いと思いもう一度見るとそこには何も無い。
「俺の見間違いか?そうだよな。焼けた何百年前の屋敷があるわけないよな」
あれは見間違いに違いない。狂見はそう思うとことにした。慣れてない遠出の船旅のせいで疲れが出ているのだろう。一度宿について落ち着きたい。調査は明日にする予定のため狂見は一息着いた。
数分後、フェリーはその島に着いた。客は狂見達しかおらず客がいないフェリーは殺風景だ。ここまで操縦した親方は狂見たちが降りるとフェリーの向きを変えた。
「ここまで乗せていただきありがとうございました」
「いいや…気にすんな」
「でもいいんですか?タダで乗せて頂いて」
「いや…いい」
「本当にありがとうございました」
「じゃあお前さんたち気をつけろよ」
「はい」
と礼を言うと親方は無愛想にお辞儀をした。狂見も何か言おうとした時に親方は狂見をじーと見つめた。
「あ、あの…送ってくれてありがとうございました…ええと…俺の顔になにか着いてます?」
「あんちゃん、名前は?」
「え、名前?狂見です」
「…狂見なんて言うの?」
「奏です。狂見奏…それが何か?」
「いや…いいんだ。あんちゃん、これ持ってきな」
と言うと親方は狂見に少し傷ついている汚れたお守りを渡した。
「これは?」
「この島に伝わる加護のお守りだ。あんちゃんに渡しておく。お守りのことは誰にも言わず他の人には渡すな。決して肩身離さず持っておけ。この守りはあんちゃんが無事にこの島から出られるまで決して手放すなよ。じゃなあ」
「えっ…あ、あの…」
混乱する狂見を置いて親方はフェリーに乗り行ってしまい、狂見は聞こえるように叫んで礼を言うと遠くで親方が片手を上げたように見えた。
「一体…なんだったんだ?」
と呟いた狂見はもらったお守りをまじまじ見ると少し汚れて汚らしい。しかし、何故か捨ててはいけない。手元になくてはならないと感じた。呆然と固まる狂見に遠くから川上たちが呼ぶ声が聞こえた。
「おーい?何やってんだよ狂見〜」
「早く宿泊まりに行くよ」
「悪い!今行く!」
狂見は荷物を持ち走って川上たちの所に合流した。
「悪い悪い!」
「別にいいよ。フェリーで酔ったか?」
「そんなんじゃねえ」
「ならいいけど。さっきみんなに説明したことを説明するな」
と言うと海藤は地図を取りだした。
「今自分たちがいるのは港でそこから少し坂を登った所に宿があるから。今夜はそこで泊まって明日は一日調査して次の日帰ると」
「なるほどな。それにしても坂登るのはきついな」
「文句言うなよ狂見〜」
「つっつくな!」
川上と狂見が言い合っている中本庄は屋敷のある更地を見上げていた。
「みんな、静かにして…これから坂を登るんだから」
「はい」
「それにしても…不気味だわ。今日は調査を忘れて休みましょう」
「そうですね。本庄先輩」
狂見達は本庄を先頭に坂を登り宿へ向かった。宿はボロく壊れかけて床がギシギシなっていた。
「大丈夫かな?ここ」
「おい、川上…失礼だぞ」
「悪い…でもなんか宿っていうよりお化け屋敷って感じがする」
周囲を見回すと川上の言うことも分からなくもない。あちらこちらで穴が空いており、誰の視線を感じる。誰かに見られて監視されているようで落ち着かない。
「そんなことよりー早く風呂に入りましょう。歩いて疲れました」
と浅墓が言った。本庄も賛同し、順番に風呂に入った。狂見の番になり風呂場へ向かった。
質素で雰囲気がある風呂場で川上の言うように出そうな風呂場だった。狂見は頭や体を洗い湯船に浸かった時、誰かの視線を再び感じた。
「まただ。何なんだこの宿は...視線を感じるしまさか本当に出るのか?」
と言いながら風呂場を見ると入り口のドアに人影が立っており狂見は驚いて叫んだ。
「うわああああ!」
と叫ぶとドアをノックされた。
「すみません。驚かせてしまいまして...お食事の用意が出来ました。お風呂が終わりましたらお客様の分をお持ちいたします」
立っていた人影はこの宿の女将だった。女将はゆっくりと話し出した。
「あ、ありがとうございます」
「いえ、では...」
狂見が礼を言うと女将はどこかへ行ってしまった。狂見は一度息を整えた。
「びっくりした...本当に見ちゃったのかと思った...」
と言いながら天井を見上げた。サークルで失踪事件を調べるせいか、この島のただならぬ雰囲気のせいかそう言うことに敏感になっているだけなのかもしれない。深く考えてもだめだと思った狂見は風呂場を出ることにした。
「そろそろ...出よう」
狂見は風呂場から出て自分たちの部屋に向かった。部屋を開けると川上たちが先に料理をおいしそうに食べていた。
「ああ、狂見ー!先食べてるぞ」
「先輩、お先です!」
「お先なー」
「これ美味いです」
と川上・海藤・佐久間・浅墓は狂見に言った。それを見た狂見は思わず呟いた。
「お前ら...普通待つだろ...」
と狂見が呆れていると本庄が狂見の肩に手を置いて言う。
「ごめんね狂見君。私が先に食べていいよっていたんだ」
「そうなんですか?本庄先輩が言うならそうなんでしょうね」
と川上たちを見る。川上たちは誤魔化すように目を反らすと小さな声で狂見に言った。
「せ、先輩は待っててくれたんだから...先輩に礼を言えよ」
と言われ先輩の方を改めてみると確かに先輩の料理は手を付けておらず狂見を待ててくれたのだろう。料理も冷め切っている。
「すみません先輩。待ってもらっちゃって」
「いいの。私が待ちたかっただけだから」
「すみません」
と狂見が本庄に謝ると川上たちを見た。
「先輩が待ってるんだからお前らも待てよな?」
「「「「はい...」」」」
と川上たちが言った時に襖が開いて女将が狂見の料理を持ってきた。
「お客様のお料理をお持ちしました」
「ありがとうございます」
「いえいえ...では...お料理は食べ終わりましたら廊下に置いてくださいませ。それでは失礼いたします」
と言うと女将はお辞儀をして襖をしめた。
「それじゃあ狂見君。食べようか?」
「そうですね、本庄先輩」
狂見は本庄と隣に座ると自分の料理と本庄の料理を交換した。
「狂見くん、私の料理は冷えてるから食べない方が」
「先輩は待っててくれたんですから、温かい方を食べてください」
「...ありがとう、狂見くん」
と言うと二人は手を合わせて”いただきます”と言う。狂見たちが料理を食べている時、川上たちはのんきに雑談していた。楽しそう雰囲気で失踪事件を調べに来たようには思えなかった。狂見は料理を食べ終えると一息ついた。
「食べた...冷めていたせいか御飯がべちゃべちゃで魚もあまりおいしくなかったな...」
「そう言わないの。宿に泊めてもらえて料理まで出してくれるなんて中々ないよ。感謝しないと」
「...そうですね。当たり前じゃないですもんね。調子乗ってました。すみません」
「それが分かるならいいよ。そろそろ寝る準備をしようか?明日も早いし」
「そうですね。あいつらに声を掛けておきます」
と狂見は言うと川上たちに声を掛けた。寝る準備をして布団を敷き始めた。
「これで...よし!それじゃあー寝るぞ!」
「川上、うるさい。時間帯を考えろ」
「ごめん、狂見」
と謝る川上に狂見たちは笑った。本庄は時間を見ると時刻は零時を指していた。
「みんな、もう遅いから寝ようか」
「「「「「はい」」」」」
本庄の一声で狂見たちは頷いて布団に横になった。狂見も初めは眠れなかったが次第にウトウトし始めて気づけば寝てしまった。
時刻は深夜二時。狂見はトイレに行きたくなり目が覚めた。
「まだ二時か...早くトイレをすまして寝よう」
狂見は部屋を出ると廊下に出て厠でことを済ました。
「厠が一階って遠いな...えっとどこから来たんだっけ?」
と言いながら暗い廊下を歩いた。すると厨房の明かりがついており中を覗くと女将が何かをぶつぶつ言いながら何かを切っていた。その切る音が鈍く不気味だった。女将は狂見に気づいていないようで”何か”を切り続けている。狂見は何も言わずその場から立ち去り階段を上り部屋に戻った。狂見が階段を上った時、女将は廊下に顔を出した。その顔には何かの返り血がついており不気味だった。女将は廊下を見回した後、ゆっくりと厨房に戻っていた。
翌日、目が覚めると女将は宿におらず厨房にはメモ書きが残っていた。達筆な字で”お暇を取らせていただきます”と書かれていた。
「お暇を取らせていただきますってどういうことですか?」
「多分、辞めるってことじゃないかな?」
「でも、なんで急に?」
「分からない。でも、女将さんが俺らに朝食を用意してくれたみたいだ」
「それを食べようぜ?」
「...海藤の言う通りだ。とりあえず食べよう」
何故女将が急に姿を消したのか、何があったのか疑問が残るままだ。皆、何も言わずに朝食を食べた。食べた茶碗を洗っている時に狂見はふと考えた。
(この宿は不思議なことが多すぎる。もしかしたら...女将は最初から居なかった...なんてそんなわけないよな。俺たちは昨日女将と会って...料理を食べて...うん?そう言えば昨日...女将は此処で何かを切っていたような...)
狂見は茶碗を洗い終えて厨房内を見回した。女将は何かを切っていたが料理は米と具がない味噌汁だけだった。
(何を切っていたのだろう?それとも俺が見ていたのは夢だったのか?)
狂見は調べてみたが包丁が見当たらず何の変哲もなかった。
「俺の...気のせい?俺の見たのは夢だったのか?」
と考えていた時に本庄たちが厨房にやってきた。
「準備終わったよ、狂見君」
「それじゃ、いこうぜー狂見」
「ああ、行こう!」
狂見はそう言うと海藤が持っていた自分の荷物を受け取る。本庄と川上が部屋の確認をすると言い宿の中を見て回った。
「さて、二人が確認している間に佐久間と浅墓と合流するか。二人はどこだろう?」
狂見は古びて使われていない地図が壁に貼り付けられていたのでそれを見る。一階は厨房、玄関、風呂場と厠。二階は寝床があるようだ。
「なるほどな。なら、玄関・風呂場と厠を見て見るか」
狂見は玄関や風呂場と厠に向かったが二人の姿はなく、二階へ向かった。二階は寝床しかないので二階に行くと二人の話声が聞こえた。二人は二階にいるのだろう。狂見が襖を開けようとした時、奇妙な会話が聞こえた。
「ねえ、ほんとうにあれでよかったの?」
「仕方ないだろ?ああ、するしかないんだから」
「でもさ...わかりゃしないよ」
「川上先輩や海藤先輩ならともかく...狂見先輩と本庄先輩はどうするの?」
(俺と本庄先輩に気づかれたらまずいことってなんだ?二人は何を隠しているんだろう)
と疑問に思った時に海藤が一階から俺の名前を呼んだ。俺は我に返り寝床から離れた所で返事をした。
「海藤、俺はここだぞ」
と狂見は二階の二人にも聞こえる声で言った。二人は会話を辞めて襖越しから狂見と海藤の会話に耳を澄ませたようだ。狂見も話声が聞こえなくなったことに気づき知らないふりをする。何も知らない海藤が声つられて狂見のところに来た。
「よう狂見。川上と本庄先輩から確認終わったみたいだから皆を呼んできてって言われたから来たぞ」
「そうか、俺も今二階に行って二人を呼びに行こうとしたんだ。二人で呼びに行くか」
「おう、行こうぜ!」
と狂見が言うと海藤はガッツポーズをしてそう言った。狂見は海藤と共に二階へ向かった。狂見は少し躊躇ったが海藤は襖を開けた。
「おーい、二人ともそろそろ行くぞ?」
と海藤が言うと二人は遠慮気味に答えると荷物を持って一階へ降りて行った。
「なんだ?あの二人、テンション低いな。もっと上げ上げでいこうぜ」
「お前は元気だな...」
「まあ、それが俺のとりえだからなー」
と自慢そうに言う。海藤は川上と本庄に連絡をしている時に狂見は部屋を確認した。あの二人の会話がどうしても気になっていた狂見は海藤に気づかれないように調べると、佐久間と浅墓の畳に薄っすらとしみがついていた。
(これはシミ?というより...血だ)
唯のシミではなく血なのかもしれないと思うと狂見はゾッと鳥肌が立った。
(もしかして、二人は俺たちが知らない所で何をしたんだ。分からない...)
いくら考えてもその答えは出なかった。冷汗が出始めた頃に海藤は連絡を終えた。
「よーし、二人に連絡したし行こうぜ!」
「そ、そうだな。行こう」
海藤と共に玄関に向かうと皆が揃っていた。
「さあ、全員揃ったからいこうぜ!」
と川上が言うと宿を後にした。
「屋敷があった場所に向かう前に礼の白骨遺体があった場所に向かうぞ。これ、渡しておくな」
と海藤に渡されたのはこの島の地図だった。
「迷子になった時はこの地図を使えよ。あと、携帯電話は今は使えるけど森に入ったら使えないから注意してくれ。各自単独行動をしないように」
「そうだな、地図ありがとう。今は宿から少し歩いたところか」
狂見が地図を見ながら言う。森の中心部に例の白骨遺体が発見された場所がある。まずはそこに向かって調査をした後、屋敷の跡地に向かう。狂見は歩きながら皆を見た。佐久間と浅墓の二人は地図を見ている。川上と海藤は二人でたのしそうに雑談し、本庄は地図を形にただ歩いていた。森の入る際、川上の一言で皆息を飲んだ。
「よし、入るぞ」
意を決して森に足を踏み入れた。それが良くなかった。俺はこの森に足を踏み入れたことを本当に後悔することするとは知らずに...
それから****時間後...
「はあはあ...はあ...はあ...逃げないと!来る...あいつが俺を殺しに来る!」
何かに逃げるため狂見は廊下を走り続けた。狂見が走る廊下は蝋燭の炎が揺れ薄暗い。月が登り窓から不気味に廊下に光が差した。逃げた先は行き止まりで近くの逃げ道を探す狂見に姿が見えない何者かが近づいてくる。
「く、来るな!来るな!」
狂見はそう叫び、何者かは不気味に笑うと鈍器を振り上げた。
「来る...うがっ...ああああああああああああああああああ」
斬り付けられた狂見の体からは大量の血が飛び散り、痛みに耐えられなず狂見は叫ぶ。それをあざ笑うように喉を潰し何度も斬り付けた。狂見は動けなくなり目から涙が溢れた。溢れる血を見た狂見は意識が遠くなっていく感覚に襲われた。
(どうして...どうして...こんなことに...誰か...助け...死にたくない...死にたくな...)
「し...た...な...」
狂見はつぶれた喉で何かを言おうとしたが頭を割られてしまい、死んでしまった。狂見を殺したそいつは口元が笑うと死んだ狂見の首を切り落し掴み上げた。
「また、失敗しちゃったね...やり直しだよ。お兄さん」
と言うと狂見の首を投げ捨てた。すると月は雲に隠れ、蝋燭の炎は消えた。
「月が隠れた...これでまた始まる。このゲームが!また遊ぼうねーお兄さん」
と言うと返り血に触れて舌なめずりをしてその場を後にした。捨てられた狂見の首からは大量の血と目から涙がこぼれた。
なぜこうなってしまったのかは****時間前に遡る。
森の中へ足を踏み入れた狂見は歩きながら周囲を見回した。百年経っているとはいえ独特な不気味さが残り気味が悪かった。周囲を観察するとその異常さが見て取れる。この森は雰囲気もあるが何より狂見が嫌悪したのは”誰かに見られているような視線”だった。
(何なんだよ。一体...宿と言いこの森と言い...なんでいつも誰かに見られている気がするんだよ)
狂見は視線の先に顔を向けるがそこには何もない。視線を向けると違う所からまた見られている視線を感じてしまうのだ。川上たちを見るが視線に気づいていないのか平気そうに歩いている。
(みんなは視線を感じないのか?それとも俺が敏感になっているだけなのか?そうだよな...この森は不気味な雰囲気だし、少し霧が出てるしで疲れてるんだ。気にしたらダメだ)
気持ちを切り替えるため一呼吸をした。しかし、視線は感じるが狂見は気にしないように別のことを考えた。すると、佐久間と浅墓のことが浮かんだ。二人のあの時の会話が気になった。聞きたいが聞ける内容ではなく悩んでいると川上が声を上げた。
「よし、ついたぞ!ここが例の観光客の遺体が発見されたと言われている場所だ」
「ここが...」
「百年前だからもう何もないね」
「あるのは印ぐらいか?」
百年前に観光客の遺体が発見された場所は影も形もなかった。唯一あったのは注意書きとされる印とかなり薄くなった血痕らしきものだった。
「百年経つと廃れるせいか何もないな」
「そうだね、調べてみても何もないし写真でも撮っておこうか」
「はい、本庄先輩」
本庄に言われた通り浅墓はカメラを取り出して写真を撮ろうとするがなかなか写真を撮らない。
「浅墓ちゃん、どうしたの?」
「い、いえ...な、何でもないです」
と言った浅墓の両手は震えていた。不審に思った狂見が訳を聞こうとしたが浅墓がシャッターを押した。写真を確認した本庄は上手く取れていたようで安心したが浅墓は何かに怯えているように見えた。狂見はやはり話を聞こうと思ったが先に海藤が声を上げた。
「よし、ここはあらかた調べてみたし、次の場所にいこうぜ!」
「そうだな。次は白骨遺体が見つかった場所だよな?」
「そこのほうが調べられるかもしれないね」
「...そうですね、本庄先輩」
と狂見が言うと四人は白骨遺体の場所に行こうとするが佐久間と浅墓はその場から動こうとしなかった。
「あれ?佐久間、浅墓どうした?」
「早く行こうぜ?」
「......」
「......」
「二人どもどうしたの?佐久間君、浅墓ちゃん?」
二人に声をかけるが二人は話そうとしない。本庄が二人に近づき声を掛けると浅墓が口を開いた。
「本庄...先輩...あ、あの...カメラ...」
「カメラ?カメラがどうしたの?」
「中身を見てください」
「中身?」
本庄は言われた通り見て見るが何の変化もない。狂見と川上と海藤も確認するが異変は何もない。海藤が不満そうに二人に言う。
「何もないじゃないか~もう、そう言う悪ノリやめろよ」
「違うんです...」
「え?違うって何が...」
「そうじゃないんです。森の奥...そこを拡大してみてください」
「拡大?」
浅墓に言われた通り海藤は森の奥を拡大してみることにした。その場所は崖になっていて本来は何もない場所だ。そこに何があるっていうんだ。
「拡大したぞ」
「よく見てください...その場所...」
「うん?何かいるな...」
と海藤の一言でその場が凍りついた。
「え?よく見せろ!」
焦った川上が海藤から掻っ攫うと見た。そこには確かに誰かが立っていた。
「いる...誰かあそこに立ってる...」
「「!!」」
真っ青な顔をする川上に続き本庄と狂見が確認するとそこには誰かが立っていた。しかし、その場所は崖で人が立てるわけはない。
「な、なんでこれ...」
「お前ら...いたずらにしてはやりすぎだぞ!」
「いたずらじゃないですよ!」
「だいたい、こんなの悪ノリすぎじゃないですか!」
「ならなんだよ!これ...心霊写真ってやつか?」
「調べてもらえればきっと...」
「心霊写真なんて今どき誰も信じてくれないだろ!」
「なら、どうするんだよ!」
と、皆が焦り口論しているが本庄は写真をじーと見つめていた。本庄が皆に声を上げると一斉に本庄の方を向いた。
「ねえ...勘違いだったらごめんね?」
「なんですか...本庄先輩?」
「この人影...よく見たらあの人に似てない?」
「あの人って...誰ですか?」
「女将さん...私たちが泊まった宿で急にいなくなった女将さんに似てない?」
と本庄が言うとその人影は女将に似ていた。
「確かに...似てる。もしかして...女将さんが?」
「ちょ、ちょっと待てよ。なんで女将さんがここにいるんだよ!女将さんは...」
「お暇になるって...死ぬってことなのか?」
「分からない。でも、ここに映るってことは女将さんは死んでたってことか?」
「「「「!!」」」」
狂見に一言で皆は青ざめた。体が震えて頭が真っ青になる。
「お、俺達...昨日女将さんと一緒にいたよな?」
「当たり前だろ?だって宿泊まったし、料理食べたし...」
「ほんとに女将さんって生きてたのかな?俺達本当に女将さんを見たのかな?幻を見てたのか、それとも...」
「なあ?いったん落ち着こうぜ...皆、この森から出よう」
と川上の意見に皆が頷いた。この森から一刻も立ち去りたいと全員が思っていた。その時だった。突然雷が落ち、雨が降り始め天候が悪くなった。急な落雷と天候の変化に狂見たち驚きの声を上げる。
「きゃあ!びっくりした」
「雷!なんで急に」
「雨まで降り始めた!」
「皆、ここは危ないからいったん宿まで戻ろう」
と本庄がいい狂見たちは走り来た道を引き返した。雷が鳴り響き雨はどんどん降り始めた。
「くそ、まだ着かないのかよ!」
「もう足が痛い!」
「霧が濃くなってきた。皆はぐれないで!」
「はい!」
狂見たちは来た道を戻っているはずだったがいつまで経っても戻る気配がなく、変わらない景色に気づき足を止めた。
「皆、ちょっと止まってくれ!」
「何言ってんだよ狂見!止まったって意味ないだろ!」
「どうしたの狂見君!早く降りないと!」
「俺だってそうしたいですよ...でも、気づくませんか?」
「気づくって何がですか先輩!」
「...俺達さっきから降りてるはずなのに降りられてないんだ。それに景色がさっきの場所と変わっていない...」
と狂見が言うと皆は周囲を確認した。先ほどの場所だった。
「な、なんで!距離的にもう宿についてるはずだろ!」
「なんなんだよ一体!」
「俺にも分からねえよ!」
「一体どうしたらいいんだろう?」
と狂見・川上・海藤・本庄が言い合っている時に浅墓と佐久間が取り乱した。
「きっとそうだ...」
「浅墓ちゃん?どうしたの?」
「俺たちのせいだ...」
「俺たちってなんだよ?」
「絶対そうだ...呪いなんだ」
「呪いって何言ってんだよ、浅墓。佐久間も止めろよ...冗談きついぞ」
と海藤が言うと浅墓は海藤に詰め寄って叫んだ。
「呪いです、呪いなんですよ!女将さんの呪いだ!絶対そうだ!」
「おおい...落ち着けって...呪いなんてあるわけないだろ?なあ、佐久間?」
「...呪いですよ、きっと...俺と浅墓は女将さんに呪われたんだ!だから傍にいた先輩たちまで呪いにかかって...」
「落ち着け!浅墓、佐久間。呪いなんてあるはずないだろ。とりあえず一度一呼吸しろ」
と川上は言い二人は指示に従った。一呼吸をしたふたりは少し落ち着いたようだ。川上は二人に訳を聞いた。
「よし、落ち着いたようだな、二人とも。訳を聞くからゆっくりでいいから落ち着いて話してくれ。二人と女将さんに一体何があったんんだ」
と質問をされた二人は顔を見合わせてゆっくりと小さな声で言った。
「ろしたんです...」
「うん?何をしたって?」
「すみません、浅墓は混乱して離せないと思うんで俺が言います」
「ああ、頼む。それで二人は何をしたんだ?」
「俺と浅墓は宿で...女将さんを殺しました」
「「「「!!!」」」」
と佐久間は言うと下を向き”すみません”と謝った。狂見たちは驚いたが過ぎには理解が出来なかった。
「俺と浅墓は宿で...女将さんを殺しました」
と佐久間は言ったが狂見同様、その場にいた全員が理解できなかった。
(今...佐久間は人を”女将さんを殺した”と言ったか?俺の聞き間違いか?殺した?本当に...殺したのか?)
(でも、そうなら女将さんが急にいなくなった理由も二人の宿での会話も納得する。けど...それがどうして呪いに繋がるのか分からない)
狂見は考えていたが佐久間の告白に誰の発言せず固まっていた。しばらく沈黙が続いたが本庄が口を開いた。
「少し聞いてもいいかな?」
「...いいですよ?」
「二人はどうして女将さんを殺したの?もともと女将さんを殺す予定だったの?」
「そ、それは...」
「私は二人とはサークル内で活動して長く過ごしていないけど二人が人を殺す人間だとは思えないんだ。訳があるならちゃんと話してほしい」
と本庄が言うと浅墓は泣きながら話し出した。
「違うんです...私も...佐久間も女将さんを殺すつもりはなかったんです!本当です!ただ...あの時...昨晩の夜に事件は起きたんです...」
「女将さんはただの宿を経営する女将じゃなかった。女将さんは”宿に泊まった宿泊客を殺して喰らう殺人鬼”だったんです」
と佐久間は言った。
**
時刻は昨晩の深夜に遡る。狂見が厠に言った後に浅墓も目が覚めた。
「ううん...トイレ、トイレに行きたい」
寝ぼけた浅墓だったが襖を開けると真っ暗の廊下を見て思わず襖を閉めた。トイレに行きたいが怖くていけず誰かを起こすことにした。
(川上先輩は茶化すし、海藤先輩は下品だし、狂見先輩はデリカシーがなさそうだし...本庄先輩か佐久間を起こそう)
浅墓は本庄に声をかけたが起きず佐久間に声を掛けると佐久間は起きた。
「うん?どうした...まだ深夜だぞ?」
「あの...トイレ行きたいから厠までついてきて欲しいの」
「ええええ~」
「お願い!ついてきてくれたら何かおごるから!」
「分かったよ。ちょうど俺も行こうかと思ってたし行こうぜ」
「ありがとう!」
と浅墓はお礼を言うと二人で厠に向かった。数分後、厠で事を済ました二人は階段を降りようとした時に、厨房が明かりがついていることに気が付いた。
「あ、明かりついてるよ。まだ女将さん起きてるのかな?」
「そうみたいだな。声かけるか?」
「そうだね。声かけようか」
と二人は厨房に行き女将に声を掛けた。しかし、集中しているようで気づいていなかった。気づかないなら言わなくていいんじゃないかと思い佐久間は先に二階に行き浅墓は女将が気づきまで声を掛けた。
「女将さん!」
「!!」
何度か呼びかけて気づいた女将はゆっくり振り返った。
「料理作ってくれてありがとうございます。こんな時間なのに起きてるから一応声かけようと思って」
「そうですか...今仕込みをしていたのです」
「仕込み?」
「はい...久しぶりのご馳走ですので...何年、何十年に一度食べられるかどうかですから...今日はご馳走です」
「そうなんだ。それはよかった。私が手伝えることはありますか?」
「お客様が手伝えること...そうですね。そこの戸棚にあるお皿を一つ取っていただいても?」
「あそこの戸棚のやつね。了解です!」
浅墓はそう言うと指示された通り戸棚からお皿を取り出そうする。取り出そうとしている皿は奥にありなかなか取れない。取り出そうとしている時に浅墓は女将に話しかけた。
「ごちそうってどんなやつなんですか?」
「それは私にとって最大なごちそうでございます...そのごちそうが今夜食べられるのが幸せでございます..」
「女将さんが食べるんだ。ごちそうなのにお皿はひとつでいいの?ところでごちそうの食材って何?」
と皿を取った浅墓は食器を戻しながら言うと女将が言った。
「それはお客様ですよ...」
「え?私達?」
と女将に言われた浅墓は驚いて皿を落としてしまい女将の方に振り向いた。すると女将がナタを振り上げていた。
「きゃああああああ!」
咄嗟にナタを避けたが浅墓の悲鳴を聞き佐久間が急いで厨房へ向かった。
「今の悲鳴!行かないと!」
佐久間は寝ている狂見たちを起こしたがなかなか起きず飽きられて走る。佐久間が厨房へ向かうと片腕を怪我した浅墓とナタを持ち襲おうとした女将がいた。
「な、なんだよこれ!浅墓、どうした!」
「おや?ここにもごちそうがいるとは...」
「はあ?ごちそうってなんだよ!」
「この人、私たちのことごちそうとして食べようとしてるの!」
「な!人を殺すて喰うって...人肉だろ...ふざけてるのか!」
「ふざけてはいませんよ。あなたも肉や魚を食べるでしょう?私の場合はそれが人肉と言うだけのことです」
「くそ!浅墓、ここは俺に任せて先輩たちを起こしに行け!」
「無駄ですよ...お客様には睡眠薬を混ぜた料理を食べていただきました...一度眠れば朝まで起きることはありません...仮に起きたとしても睡魔が襲ってくるはずです」
と女将が言うように睡魔が佐久間と浅墓を襲う。
「浅墓、眠いが寝るな!死ぬぞ!」
「う、うん...片腕を掠ったから痛みで耐えられそう」
「そうか、よかった」
「はあ...まったく...せっかく眠っていれば痛みなく死ねたものを...お客様には同情しますが...私のために死んでいただきます」
と言うとナタを持ち突っ込んできた。浅墓は佐久間の所へ向かう。女将は二人を追いかけてくる。眠る狂見たちを殺させるわけにもいかず二人は厠に隠れた。
「いったんここで女将を撒くぞ」
「でも、ここに来たら?先輩たちが殺されちゃうよ!」
「それを防ぐためにもここにいるんだろ?ここから階段で女将が二階に行ったか見えるしな」
「そっか、良かった...いて!」
「大丈夫か腕?」
「平気...」
「タオルしかないけど巻くぜ」
「ありがとう...その...佐久間ごめんね。私が誘ったばっかりにこんな目に合って」
「別に浅墓のせいじゃないだろ?悪いのはあの女将だ。あれは常習犯だ。今日が初めてじゃない。きっと前にも俺たちの他にこの宿で泊まって殺された人がいるはずだ。俺たちはその人たちの分まで生きなきゃいけない」
「佐久間...そうだね!」
「とにかく武器になりそうなものを持っておけ」
二人は掃除用具からデッキブラシとスッポンを取り出した。
「これ、トイレのつまりを直すやつじゃない?」
「箒より強いからいいだろ?待て、女将が」
佐久間は隙間から見える廊下の景色を見た。女将がナタを持ち廊下をうろうろしていたが再び厨房へ向かった。
「厨房か、あそこにはナタの他に武器がありそうだな。持ってこられたらやっかいだ」
「そうだね。ここ以外に隠れられる場所はあるかな?」
「外には倉庫があったぞ」
「そこに行こう?ここは臭い」
「分かった。様子を見て...!!」
佐久間と浅墓が厠から出るとナタが飛んできて佐久間の首元を霞んだ。
「危ない!」
「ごちそうが...こんなところに...逃がしはしない」
「どうしよう!」
「仕方ない!倉庫に行くぞ!」
「行き止まりだよ!」
「此処よりはましだ!」
佐久間は浅墓の腕を掴み外へ出て倉庫へ向かった。倉庫は鍵が閉まっていて中に入れなかった。
「くそ!中に入れない」
「どうやらこれまでのようですね...せっかくのごちそうがまずくなってしまいます...ここで死んでいただきます」
「ちっ!逃げろ浅墓!戻って殴ってもいいから先輩たちを起こして逃げろ!」
と言うと佐久間は女将に向って走り体当たりした。女将と佐久間はその場で倒れ、ナタは浅墓の足元に飛んだ。起きるのが遅くなった佐久間に女将はデッキブラシで殴り続け頭から血を流している。浅墓は咄嗟にナタを拾うと女将とナタを見て女将めがけて走り出した。
「佐久間!ナタが...これなら...ああああああああああ!」
と叫びながら女将の腹にナタを刺し離れた。刺された女将は痛みに悶えながらナタを抜くと腹から大量の血が流れる。佐久間と浅墓は傍に駆け寄り女将から離れた。女将は痛みで周囲が見えていないのか手当たり次第にナタを振り上げている。それがいけなかったのだろう。女将は足を滑らせて持っていたナタが頭に刺さってしまった。
「きゃああああああ!」
「な、ナタが頭に...」
叫ぶ二人を置いて女将は頭から流れる血で前が見えずゆっくり手探りで歩き始めた。女将の歩く方向には深い井戸があり、女将は井戸に落ちてしまった。井戸を確認すると女将の遺体があり二人は怖くなって宿に戻った。
**
「その後宿に戻って不審なところが無いように証拠を隠して宿に合った救急セットで当ててをした後、女将さんの部屋を調べました。女将さんの部屋にはスットクされた人肉がたくさん保存されていたり殺された時の写真がたくさん飾ってあったんです」
「そこには百年前に殺された例の観光客の写真もありました。歴代の女将さんたちはここで宿泊客を喰らってあの森で残骸を捨てていたそうです」
「そうだったのか...百年前の一連の事件は宿の歴代の女将さんの仕業だったわけだ。二人は確かに女将さんを殺したけど二人は襲われたわけだし、俺たちも二人が居なかったら今頃死んでたかもしれないし...”正当防衛”じゃないか?」
「話を聞くに刺したかもしれないが最終的には女将さんは自分で井戸に落ちたのなら事故だな」
「うん。私もそう思うよ。辛い話をしてくれてありがとう」
と本庄は言うと緊張の糸がほぐれたのか浅墓と佐久間は泣き始めた。
「ごめんなさい、ごめんなさい!」
「俺も、すみません」
と頭を避けて謝るとふたりは互いを庇い合った。二人は形はどうあれ女将を間接的に殺したのは事実だ。
「私達は自首します」
「俺も一緒にいきます」
「二人の気持ちは分かった。この件は部長である俺にも責任はある」
「「川上先輩...」」
二人は川上に抱き着いた。川上は二人を受け止めると背中を摩る。二人の告白で森から出られるかと思ったが出られず根本的な問題の解決にはならなかった。
「な、なんで!女将さんを殺したことは話したのにどうして!」
「俺たちどうしてここから出られないんだ!」
「落ち着いて...ねえ?女将さんが死んだ時、何か変様子はなかった?」
と本庄が聞くと思いだした佐久間が答える。
「そう言えば小さな声で何か言ってなんです。ってやるって」
「それって...呪ってやるじゃない?」
と本庄が言うと浅墓が言った。
「そうだ。女将さんは井戸に落ちる前に私と佐久間を見ていったんだ。呪われろって...」
「じゃあ俺たちが下りられないのって女将さんの呪いかよ!」
「そんなわけないだろ!呪いなんであるはずがな...」
取り乱した海藤に狂見は反論していた時にふと顔を上げると崖の所に誰かが立っていた。
「あ、あれ...」
狂見が指を指しと全員が振り向きその場所を見た。ちょうどその時近くに雷が落ち、崖にいた人物の顔が見えた。崖に立っていたのは死んだはずの女将だった。
「「「「「!!」」」」」
「「きゃああああああ!」
「「「うわああああああああ!」」」
狂見たちは発狂し走り出した。皆が混乱しながら走り続ける。辺りは霧に包まれ全員が走った。森から出られて宿に付き一息ついたが佐久間と浅墓がある異変に気付いた。
「「先輩、大変です!狂見先輩がいません!」」
「「「!!」」」
慌てて振り返り周囲を観察するが狂見の姿はなかった。
走り続けた狂見は宿がある場所まで向かうと息を整えてふと顔を上げる。
「やっと宿に着いた...はあはあ...え?宿じゃない」
狂見の目の前にあった建物は宿ではなく漆黒に包まれた立派な屋敷だった。不審に思い振り向くが霧のせいで視界が狭まり周囲が見えなかった。狂見は屋敷に建てられた札には”黒川邸”と刻まれていた。
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