04 松井田と岡埜谷が現れた▼
さて、目的地となる
俺たちが通っている朝凪高校への通学路とほとんど変わらないその道のりは、大晦日という今日の日付のおかげもあってか、普段よりも歩道を往来する人の姿が多かった。
それでもまだ、こうして三人横並びで歩いてみても、反対側から向かってきた人たちとすれ違うことについてはひとつも支障は生じないくらいの雑踏だ。道路の方も、今はまだ昼間だから車通りに目立ったものはない。日が暮れることでようやく、神社で年越しをしようとする車たちでこの道はじわじわと埋まりはじめるのだろう。
「あ」
「えっ」
「……」
そんな道路の隣に整備された広めの歩道を、主にゆきの話を聞きながら三人でゆるゆると歩いて。この辺りではかなり大きな敷地と歴史を持つ朝凪神社の、横に広くて段数も多い大きな階段の前にたどり着いたとき。
階段近くに立ち並ぶ屋台から響く唸るようなエンジン音と、その前に立ち並んだ他の参拝客の会話が賑やかな空間を作り出す、夏祭りにも似た音に溢れた空間で。
ふいに俺の耳は、聞きなれた声を二人分、きっちりと拾い上げた。
出来れば拾い上げたくなかった声だ。聞かなかったことにしたいのが俺の本音だったが、気付いてしまった以上これを無視すれば後が面倒になるのは火を見るよりも明らかだった。
(……なんていったって、原因は俺だし)
加えて、俺にその声が聞こえたということは、隣にいるゆきと我妻にも絶対に同じものが聞こえているはずで。
「あれ?」
「おや」
それでもって、聞こえてしまったからには、俺と違って無視する理由のないこの二人が反応しないわけがなくて。
さらに、最初に声をあげた二人の内のひとりが、俺たちのことを目に映したからには絶対に逃がしてくれるわけがない相手で。
「ひぃー……ろぉー……せぇえっ!」
ほら、来た。しかも俺をピンポイントで名指しして。
俺はしれっと我妻の背中に隠れてみたが、もちろん無駄な努力だった。
目の合ったうちの一人が、がつがつと靴で砂利を抉ってるんじゃないかと思うくらいに豪快に足音を鳴らして俺たちの方にまっすぐにやってくる。
加えて、我妻はそいつの到着と同時に一歩横へと足を動かして壁の役割を放棄した。まじか。
「こぉーたっ!
地を這うような声を出しながら俺の前に仁王立ちになったのは、
元気で、純粋で、能動的で、なんだか眩しいやつ。たぶん、少年漫画の主人公とか向いてるなって、俺にそう思わせるのが松井田だ。
松井田は、がしっと俺の両肩を掴むと、そのまま前後にぐわんぐわんと揺らし始めた。
「コータお前、お前! 俺とシュンが初詣に行こうぜって誘ったときは『あ、俺はパス。寒いし、家でゆっくりする』……とかなんとか言ってしれっと断ったくせに! 断ったくせにぃ!」
絶叫アトラクションのように人の身体を揺さぶっていたくせに、俺の断り文句を再生するときだけは俺の肩から手を放して、まるで舞台役者のように大げさな手振り身振りをするこいつは、たぶん演劇部として生きていく才能もあるのだろうなとちょっと思う。
それはそれとして、松井田から見た俺は、そんな感じなのか?
「松井田って、絶妙に広瀬のモノマネが上手いよね」
なるほどな、我妻。俺はそんな感じなのか。
「確かに、今のは広瀬みたいだったね!」
幼馴染みのお墨付きまでもらった。
「それで? どういう心境の変化なわけ?」
揺らすのを再開した松井田に、しばらくされるがままになっていた俺は、その言葉を合図にアトラクションから解放された。
同時に、さきほどまで松井田と一緒に居たもう一人が、俺たちに合流したことを知る。
話しかけてきたのは
さっき俺は松井田のことを少年漫画の主人公に向いているとたとえたが、同じたとえ方をするなら岡埜谷はそのライバルキャラに値すると俺は思っている。なんかいかにも女にモテるタイプのクールな天才キャラ。
まあ、実際のこいつはクールというよりはただの無気力系男子である。部長でエースという肩書きと普段とのギャップに、実際の彼の実力を知っていてもなお部員の俺たちが風邪をひきそうなのだが、陸上部の部長は代々先輩たちからの指名制なので、おとなしく体温計を脇に挟んで己に熱がないことをお祈りするしかない。
さっきまで、容赦なく松井田に揺らされていたせいで、まだ少し頭がくらくらする。それでも俺は反論したくて口を開いた。
「……変化も何も、ゆきたちに無理やり連れ出されたんだっての」
確かに俺は、冬休みに入る前の学校で、松井田から初詣に誘われていた。何を考えているのかわからない顔で「えー、おれは確定なの?」と言う岡埜谷の首根っこを捕まえたまま誘ってきたこいつに、うん、確かに言ったな。一言一句、さっき松井田が再現してくれた台詞を言った。で、断った。
「えー、本当かな?」
岡埜谷がわざとらしく首をかしげて見せる。そういうのはたぶん女の子がやるから可愛い仕草にみえるだけで、こいつがやってもなにひとつ可愛くはない。いや本当に可愛くない。
俺は大げさなため息で応えた。
「本当だよ。見ろ、俺のまったく気合いの入っていないこの『限界まで寝て鯛』トレーナーを。外に出る予定じゃなかったのがまるわかりだろ」
とん、と俺が自分の胸元を拳で叩けば、我妻と辺りを見渡していたゆきが、俺たちの話に入ってくる。
「あ、確かに広瀬、その変な服のまま玄関でコート羽織って出てきたもんね」
「変な服って言うな。個性的って言え」
そんでトレーナーに描かれた、敷布団に寝転がってる赤い鯛に謝ってほしい。
「なるほどなー。そっかー。……いや、コートを着てるからお前が中にどんな服着てるとかオレには全然わかんねぇけど!?」
松井田の主張はもっともである。
このままだとこの寒空の下、コートを脱げと言われそうだ。それは俺も嫌なので、とりあえず四人をうながして石段を上ることにする。
「そもそも、お前ら二人もどうしたんだよ。初詣に行くなら時間が早いだろ」
「いやそれが、シュンのやつが混んでる時間は嫌だーっていうから、早めに済ませることになって」
「実際、ものすごく混むじゃんこの神社」
見上げた階段の先には、大きな赤い鳥居が立っているのが見えた。塩もクリームも身体に塗りこんでいないというのに、まるで俺たちをそのまま丸呑みしようとするみたいに階段のゴールで口をあげて、どっしりと待ち構えている。
学校の階段にも、部活のロードワークの途中にある地獄坂にも文句を言わない足腰が、今はたったの一歩すら、重く感じた。
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