第一章 大晦日の出会い
01 広瀬、厄払いに行こうよ
厄払いに行こう。
そう言って俺を家の外に引っ張り出したのは、幼馴染である
時間を確認するために取り出したスマートフォンの液晶には、十二月三十一日、と一年の終わりを示す日付がでかでかと表示されている。つまり大晦日だ。大掃除もおせち作りもすべてを昨日のうちに終わらせて、「本日はゆっくりします!」と宣言した母親が撮りためていた大河ドラマを、特にやることもないからと惰性で一緒にみていたところに、来客を告げるチャイムと元気な挨拶が襲来した。
「こんにちは!
祖父母から譲り受けたらしい俺の家に、インターホンは無い。
居間と玄関との距離が近いとはいえ、扉越しにはっきりと聞こえる女の子の声に、俺は思わず母さんと顔を見合わせた。
「……いや、俺の家は全員が広瀬だけど」
「でも”ゆきちゃん”がそう呼ぶのはあんただけでしょ。ほら
確かに、ゆきは俺の母親のことは昔から「はるみちゃん」と名前呼びだ。母さんも「おばさんって呼ばれるよりいいよね」とそれを許容している。夜勤明けで泥のように眠っているだろう父さんも同じようなものだったから、必然的にゆきが言う「広瀬」は俺を示す。
まるで追い払うみたいに掌を振りながらテレビに再び視線を戻した母親は、どうやら梃子でも動かないらしい。ゆきは俺に用があるのだから、それはそうだ。
俺は静かにため息をつくと、重い腰をあげてこたつから抜け出した。
移動の時に寒いからと廊下に出していた反射式ストーブを避けて靴の並ぶ土間へと向かい、父さんの靴を勝手にサンダルがわりにつっかけてから冷え切ったドアノブをゆっくりと外に押す。
玄関の扉を開けば、一昨日の積雪によって光が白く反射する眩しい世界の中に、ゆきが笑顔を咲かせて立っていた。
「はろはろ広瀬、こんにちは!」
独特な挨拶に今更驚く仲じゃない。
ただ、なんで俺にだけその挨拶、とか、ハローハローを縮めてはろはろ、って挨拶はどうなんだそれ、とか、そういう疑問は未だにあるし、あったとしても長い付き合いだ、彼女相手には言うだけ無駄だと知っている。
ショートヘアのせいで冬の空気に晒された首元を、真っ赤なマフラーが分厚く守っている。寒いのを誤魔化すように足踏みをする彼女が、靴の裏で平らに均してきただろう白い雪。まだ茶色には踏み荒らされていないそれらが視界のほとんどを染めているせいで、幼馴染みの姿がふと、通学路にこぼれた椿の花を思い出させた。
「……ん。……とりあえず中、入れば」
ひゅる、と吹いた風は扉の隙間から俺にも襲来する。容赦のない冬が、俺のトレーナーの首元から滑りこんでくる。寒い。すごく寒い。彼女が何の用事で俺の家まで来たのかはわからないが、とりあえず自分は寒いし、ゆきも寒そうだしと扉をもう少しだけ外に押して促してみたが、いつもだったら慣れたように玄関の敷居を跨ぐ彼女が珍しく首を横に振った。
「ううん、今日は大丈夫。それに、アガツマ先輩を下で待たせちゃってるし」
遠慮の言葉に続いてさらっと告げられた言葉に、俺は外の眩しさに押し負けるように細めていた目を、驚きで見開くことになった。
「……は? あがつま?」
思わず固まったのは、あまりにも聞きなれたクラスメイトの名前が幼馴染みの口から聞こえたからだ。
あがつま。吾妻。
いやたぶん、群馬の地名の方じゃなくて、我の妻と書いて我妻。
「……アガツマ、って。
一応、確認した。なんなら同時に、何故に我妻って思った。
我妻伸也。俺の同級生。クラスメイト。同じ部活仲間。
固まる俺のことなんか置いてけぼりにして。案の定、ゆきはそんなの当たり前でしょうとばかりに屈託のない笑顔のまま頷いた。
「うん! 勿論その我妻先輩だよ?」
いや、うん! じゃないんだが。
なんで大晦日に、ゆきと我妻が一緒に居るのか。
たぶんそこで強く反応してしまった時点で、俺の負けだった。
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