第33話 どうかお慈悲を
小部屋から出ると、神殿はヌラヌラとした血の海になっていた。
知らない国の兵士は、もう数十人しか残っていない、銃という文明の利器は圧倒的なんだ、改めて思う大量殺戮が可能な道具なんだと。
ただし、悪の戦闘員も無傷じゃない、二十人いたのが半減して、今は十人くらいだ。
槍もバカには出来ない、一斉に繰り出されたら、防ぐことは難しいのだろう。
そして、知らない国の巫女が、あっ婿か、ややこしいな、ようは神秘術をかけたのだろう、悪の戦闘員は徐々に押され始めて、次々に槍で体を串刺しにされている状況だ。
もう少し経てば、全滅しそうだな。
「きぃー、よくも私の〈ダダニエル〉君をやってくれたな。 殲滅してやる」
知らない国の使徒が、青筋をピキピキ立てて、激おこ状態だ。
近寄りたくは無いが、そうも言っていられない、俺はこっそりと後ろから近付いた。
決してムキムキおっさんの尻を触ろうとした訳じゃない、俺は筋肉質の尻は大嫌いだ、あくまでも柔らかい方が良いに決まっている、そうだろう。
「ぐわぁー、おまえ、よくも。 卑怯だぞ」
俺は背中から、ムキムキおっさんの胴体をブスッと刺してやったんだ、愛しい婿がやられたから、警戒が疎かになっていたんだろう。
〈アッコ〉がもしそうなれば、俺もこうなる自信があるぞ、仕方がないことだ。
「何が卑怯だ。 空き巣のくせに、良く言うよ」
婿が俺に攻撃をしてくるが、それは〈アッコ〉の神秘術が防いでくれている、兵士はそれどころじゃない。
唯一攻撃が可能な使徒は、俺の槍が内臓を貫いたのか、膝をついて動く事が出来ないらしい。
「ゴホォ」「ゴホォ」と口から血を吹いている、終わりが近いな、調子に乗り過ぎた末路だ。
俺もそうだな、人生を良く生きるためには、自制をして自省をし、時勢を読む必要があると思う。
「うぐぐっ、ちりぬべき 時知りてこそ 世の中の 男は花なれ 男は穴ほれ」
知らない国の使徒が、辞世の句を詠んでいったが、明智光秀の嫁だった〈細川ガラシャ夫人〉のまんまパクりじゃんか。
パクってするのが、この男の人生だったのだろう、謹んでご冥福をお祈りいたします。
残った二人の婿は、あっ、喉を突き刺して殉死している、うわぁ、嘘だろう。
「敵である私が言うのは、おかしいのですが、立派な巫女の最後です。 私もこうありたいと思っています」
うへー、〈アッコ〉が重い事をおっしゃる、そんなのはやめてくれ。
俺が死んだときには、〈ゲスから解放されたわ、今度はイケメンと恋をするんだ〉くらい言って欲しい、その方がお気楽だよ。
戦いは、婿の神秘術が切れる前に、知らない国の兵士達の勝利で終わっている。
悪の戦闘員は、残らず屍を晒している状態だ、だが、兵士達も残っているのは数人だけで傷つき疲弊しているな。
だけど俺は、この兵士達に慈悲をかけるつもりはない、俺の国の兵士じゃないからな、責任を持ついわれはない。
「〈アッコ〉、〈守りの帳〉をもう一回頼む」
「はい、仰せのままに」
俺は知らない国の兵士達の塊に、体をぶつけに行く、神秘術のおかげで槍は刺さらない。
兵士に触れたまま、鋭い刃物で切り裂いた隙間を通り抜けた、正面には〈所長〉と〈渡さん〉が拳銃を構えている。
キン、キンと俺の体を拳銃の玉が掠めるけど、〈蠢く鱗〉はまだ健在だ、二人は驚愕の顔になった後、焦った顔へ変わっていく。
そして、知らない国の兵士達の槍に突き刺されてしまった、拳銃の玉が逸れて兵士の一人を撃ち抜いたため反撃されたらしい。
それとも拳銃を撃ってくるから、異界で戦った者達の仲間だと思ったのだろう、正解だな。
〈所長〉と〈渡さん〉は槍を受けてもう瀕死だ、だが拳銃をまだ打ち続けている、しぶとさはゴキブリ並みだ。
だけどそれも、もう終わりが近い。
〈所長〉の胸から出た血が、白い服をどす黒く染めているし、〈渡さん〉は喉を突かれているから、もう〈所長〉の浮気を追及することは不可能だと思う。
〈りょうすけ〉の野郎は、青い顔をして怯えていやがる、アスファルトが濡れているから、盛大にチビッたようだ。
ふん、こんな事くらいでチビるのかよ、情ない男だぜ、この弱虫小虫の短小包茎めが。
〈さっちん〉にセクハラをした報いを受けるが良い。
俺は正面から、〈りょうすけ〉の顔面に槍をねじ込んでやった、顔を狙ったのはイケメンだったからじゃない、そうだったとしても結果が同じならば、どうでも良いじゃないか。
〈さっちん〉を縛っているローブと、猿ぐつわを外してあげたら、泣きながら俺に抱き着いて来たので、抱き返して、お尻をモミモミしてあげた。
〈りょうすけ〉が触った箇所を、俺の手で上書きするためだ、〈さっちん〉のためでもあるが、俺のためにやっているんだ、〈さっちん〉は俺の嫁なんだぞ。
「うっ、〈よっしー〉、ありがとう。 体をおもちゃにされるところだったよ」
「ははっ、もう心配しなくてもいい。 俺が全部始末してやったぞ」
「それはすごいんだけど、これどうするの」
「うーん、死体は異界に運ぼうか」
研究所から、台車を二台持ってきて、俺と〈さっちん〉は頑張った、途中からは〈アッコ〉も手伝ってくれて、何とか遺体を運び込む事が出来た、あぁ、何とかなって良かったよ。
「ふぅー、〈さっちん〉も〈アッコ〉も、ご苦労様でした」
「〈よっしー〉、この人は誰なの」
「使徒様、この方はこの世界の巫女なんでしょうか」
「えぇっと、二人は初対面だったっけ。 しどろもどろ…… 」
「ふん、言葉で〈しどろもどろ〉って、かなりテンパっているみたいね。 まあ、後でたっぷり聞かせてもらいましょう。 でも今は逃げる方が先よ」
「この方も巫女のようですね。 私に黙っていたのですか。 後でギリギリと吐いてくださいよ」
「はい、何でもしますから、どうかお慈悲を」
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