5. 神奈川県三浦市の曼荼羅毒蜥蜴-8

貝塚と柿本がテーブルの前で立ち尽くしていると、そこにちょうど嶋田がやってきた。


貝塚は嶋田の方を向き、その姿を見て少しだけ表情を強張らせる。


嶋田の服は全体的に砂や土などで汚れていた。


単に山林を駆け回っただけではそこまで汚れることはない。


怪我は無さそうだが、どこかの相手やモンスターと戦ってきたのかもしれないと貝塚は判断した。



「追加調査は終わりか?どこまで調べてたんだ?」


「ああ、目的は達成できた。帰ってこない奴らを探しに来たのがいてな。そいつを襲って色々と聞き出してきた。後は周囲の探索と、首を持っていた奴らの目的を確認したりしていた」


「首を持ってた奴らの目的?あの道の先に何かあったのか?」


「...似たようなものが燃やされて、捨てられていた場所があった。首だけじゃなくて他のもな。奴らの目的は予想通り邪神の復活で、捨てられていたのは儀式のための生贄だ。それと、山の反対側に回ったら敵の拠点があった。敵の戦力は想定以上だな」



吐き捨てるように言った嶋田の言葉を聞いて、貝塚が眉をひそめる。


想像通りろくでもない相手のようだ。


証拠集めは十分できたが、間違いなく今後は警戒されるからやりにくくなるだろう。


だが彼らが儀式を止めるはずもない。



手持ちの戦力では嶋田のような人材を張り付かせて、細かく敵を削るのが精一杯だ。


それにも限度がある。


やり過ぎれば本格的な反撃を受けるだろう。


切り札として隠しているであろう戦力を加味すれば危険極まりなかった。



あの洞窟の様子では猶予はなさそうだから、それまでに対抗できる戦力をかき集める必要がある。


関東のハンター組合が総出で対処すれば何とかなるはずだ。


しかし、治安維持や拠点の防衛などを考えれば、全戦力を抽出するという合意はそう簡単ではない。


今後の課題を前にして嶋田は頭を抱えたくなったが、一旦問題から目を逸らすため貝塚らに話を振った。



「で、そっちは上手くいったのか?」


「駄目だ。全く駄目。完全にお手上げだ」


曼荼羅毒蜥蜴の調理を始めてから約4時間後。


嶋田の問いに対し、貝塚は両手を上げて全身で状況を表した。



「なんだ、駄目なのか?」


嶋田は意外そうな顔をした。


モンスター食の実績が豊富と聞いていたので、あっさりと食用にする方法を見出すのではと思っていたのだ。


貝塚は悔しそうに顔を歪め、足元に転がっていた石を蹴り飛ばした。



「毒が取り除けないんだよ」


貝塚は頭をガリガリとかきながら、嶋田に背を向けて木に吊るされた蜥蜴の方に歩き出す。


そして、そのまま蜥蜴を眺めながらブツブツと呟き出した。


嶋田は柿本の方に視線を移す。



「どういう状況だ?」


もう日が沈もうとしている。


明日の朝には立川に向けて出発しなければならない。


貝塚は諦めていないようだが、そろそろ切り上げて宿に戻る必要があった。


尋ねられた柿本もそれを察したのか軽く頷いた。



「そうですね、順を追って説明しますね」


「頼む」


そう言って嶋田はテーブルに視線を落とした。


テーブルの上には肉や爪などと共に、細かく切断されたり焼かれたり茹でられたりした部位が並んでいる。


それを見れば大体想像はつく。


だが、貝塚の挑戦に興味が湧いたこともあって、ぜひ確認しておきたかった。



「今回の食材は曼荼羅毒蜥蜴です。毒を持ったモンスターなので、この毒を除去するか、毒のない可食部を探すのが目標になります。まず解体を始めました。背中側の鱗のついた皮は流石に食べられませんし、部位ごとの毒の有無を切り分けるためです。それに小分けにしないと、調理するにも不便ですからね」


「そうだろうな。で、その次は?」


説明におかしなところは無い。


ごく当たり前の手順と内容だ。


嶋田は頷き、その先を促した。



「次に、半魚人さんたちからヒアリングした情報と実物を照らし合わせました。具体的に言うと、師匠が各部位や毒を接種して症状を確認。その後、僕が魔法で毒を治します。全ての部位でこれを繰り返していきます」


「頭おかしいのか?」


いきなり意味の分からない作業が始まったことに嶋田は戸惑い、冷や汗を流しながら疑問を口にした。


自分の体で毒を確かめた?


正気の人間がやることか?



「...お気持ちは分かります。ただヒアリングで得られた情報も不完全なので、毒性のある箇所が漏れないようにする必要があるんです。一応、命に関わるほど強い毒はないことは確認済みです」


柿本も目を伏せて沈痛な表情をする。


だが嶋田の目は疑いの色を消さない。


こんな実験に手を貸すあたり、柿本はまさしく貝塚の弟子に相応しい。


言動がまともなだけに完全に油断していた自分を恥じた。



「死なないとはいえ毒を試したのか?全部?」


「はい。爪に牙、舌と唾液、肉、内蔵、血、尻尾、皮。これらの部位に毒があることを確認しました。驚くことに全ての部位で症状が異なります。モンスターとはいえ、単体の生物がこれほど多様な毒を持った事例は初めてじゃないでしょうか。まさに生命の神秘ですね」


それを聞いて嶋田は呆れが混じった苦い表情をする。


食材探しというより人体実験にしか聞こえなかった。


モンスター食に熱中している人間はこんな奴らばかりなのか?



「......毒を試した。それは分かった。それでどうやって無毒化しようとしたんだ?」


自分の常識とは異なる世界に触れ、痛みを感じ始めた頭を手で押さえながら嶋田は尋ねた。


柿本はその姿を見て、「疲れたのかな?」と勘違いし、説明を手早く終わらせようと少し早口になって喋り出した。



「毒腺、つまり毒液や毒の成分を生み出す器官を切除しようとしました。ですが、驚くことにこのモンスターにはそのような器官がありませんでした」


「じゃあ、どこから毒が出てきたんだ?」


「細胞や体組織単位で毒を含んでいるようです。血液と毒、唾液腺と毒腺が一緒になっているといえば分かりやすいですかね。それと同じように、爪や肉といった部位も毒を含んでいます。これだと毒腺の切除や、毒のない可食部を探すという方法では対処できません」


「毒を持ったモンスターじゃなくて、毒で出来たモンスターってことか...」


「正しく言うなら、人間にとって毒となる成分を生まれ持ったモンスターですね。彼ら自身には毒による副作用はほぼ無いようですし」



柿本の説明を聞いて、そんなモンスターがいるのかと嶋田は驚く。


ただ、よく考えてみれば、植物やキノコなどによく似ていることに気がついた。


毒を持った植物は多く存在するが、彼らの体を構成している成分は人間にとって毒であっても、彼ら自身に悪影響を及ぼしたりはしない。


一方、ニンニクやナッツは犬猫にとって毒だが、人間は平然と食べる。


要はそれと同じ話であり、たまたま人間などに毒として効くというだけの話なのだ。



「なるほど。それで、次は何を試したんだ?」


「次に試したのは水にさらし、お湯で茹でる方法です。毒の成分を薄めようとしたわけですね」


「それも駄目だったわけか」


「はい。多少毒が抜けましたが、人体に影響が無くなるほどではありません。実際、茹でた肉を師匠が食べましたが、心拍数の異常な増加と体の震えが確認されました」


「なんでこんなものを食べようと思ったんだ!?」



嶋田はテーブルの上に置かれた茹でられた肉を指差しながら叫んだ。


話を聞けば聞くほど頭がイカれているとしか思えない。


毒を持ったモンスターを食べようとしているのではない。


毒そのものを食べようとしているのだ。



「最後に試した方法ですが、油で揚げてみました。また、直火で炙って乾燥させたりもしましたが、これでも駄目でした。高温でも毒が分解されず、体液以外にも毒を含んでいるため水分を抜いても効果無しという結果です」


「それで打つ手無しってことか」


「はい。こんにゃく作りのように、何段階も手順を踏めば何とかなるのかもしれません。ですが、流石に複雑な手順を試すだけの時間はありませんから...」



柿本が残念そうに大きく息を吐く。


しかし、嶋田はそんな柿本の気持ちが一切理解できなかった。


彼からすれば、明らかに食用ではないものを食べようとして失敗しただけだ。


紙やナイロンを食べようとする人間がいれば正気を疑うだろう。


貝塚や柿本がやっていることはそれと同じ行為にしか見えなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る