5. 神奈川県三浦市の曼荼羅毒蜥蜴-6

「邪神ですか...」


洞窟に戻ってきた貝塚から話を聞いて、柿本は戸惑いながら嶋田の方を見る。


それが事実であれば、新米ハンターである自分には荷が重い任務だった。


だが、嶋田は懸念を打ち払うように首を横に振った。



「討伐が目的じゃない。上が動くだけの情報を集められれば十分だ」


嶋田の言葉を聞いて安心し、柿本はホッと息を吐く。


嶋田や貝塚とは違って、人間やそれに近しい種族と命の取り合いをする覚悟はまだ出来ていないのだ。



「じゃあ、怪しまれない間に中を探ろうぜ」


貝塚が洞窟の奥に進んでいくのを見て、嶋田と柿本も黙って後を追う。


首を抱えて外に出た2人が帰って来なければ、中にいるはずの残りが警戒し始めるに違いない。


彼らが行動を起こし始めるよりも先に、調査を終わらせ撤退するのが理想だ。



一行は警戒しながら洞窟の奥へと足を進める。


先頭は嶋田、最後尾は貝塚。


中央の柿本は嶋田から預かったカメラを持ち、報告用の資料として洞窟内部の記録を取る。


殺風景な景色と明かりだけが続く道を息を殺して進み、緩やかなカーブを描きながら地下へと下っていく。


そして、その先にあったのは巨大な地下空洞だった。



遠くまで広がる巨大な空間。


その地の底では赤とオレンジに彩られた溶岩が湖のように広がり、ゴボゴボと音を立てて流れていた。


時折、溶岩が吹き上がっては熱波を撒き散らしていく。


そして眩しいほどに赤く輝く溶岩の湖の中央には、まるで地殻そのものが吹き上がったような、黒く荒々しい大地がいくつも生えていた。



溶岩の水面から上がる炎が大地の基部を包み込む。


大地の上部と溶岩の間には10メートル程度の距離があるため、吹き出す溶岩が届くことはない。


だが、足を滑らせて落ちれば命はないだろう。



炎と溶岩に支配された、命を拒絶する荒涼とした世界。


地獄の深淵に足を踏み入れたかと錯覚するような光景だった。



目を凝らせば一際大きな黒い大地の上に、怪しげな光を放つ祭儀場らしきスペースがあった。


飾りを施され魔法陣が描かれたその場所で、30人ほどの人影が忙しなく歩き回っている。


その全員が洞窟の入口で見かけた者たちと同じ服装をしていた。


フードから覗く顔や服から浮かび上がる身体的な特徴を見るに、人間や鬼以外にも様々な人種が参加しているようだ。



「どうやってあそこに行くんだ?」


貝塚は眩しさを防ぐために目の上を手で覆いながら、祭儀場の周辺を見てルートを探る。


今いる場所から中央の大地には道が繋がっておらず、何らかの手段を用いる必要があった。



「歩きじゃないだろ。転移用の魔法陣でもあるんじゃないか?」


「あれじゃないですか?」


嶋田の推測を裏付けるように、柿本が来た道の先を指差す。


そこには緑色に輝く魔法陣があった。


貝塚が再び空洞へと目を向け見渡すと、同じ色と模様をした魔法陣がすぐに見つかった。



空間中央の黒い大地の側、別の大地の上にそれはあった。


その大地からは細い道が生えていて、その先には祭儀場が設置された別の大地へと繋がっている。


そして、その途中には高さ5メートルはありそうな、分厚く強固な門が設置されていた。



「...空を飛べばいけるか?知り合いに得意そうな奴は?」


「いない。それにいたとしても無理だろ」


嶋田が黙って指差した方向を見ると、門の手前に巨大な石像が設置されていた。


10メートルほどの巨大なミノタウロスを模した石像が2体。


丁寧なことに右手には棍棒を握っている。



「どう考えても動くやつだろ」


「侵入者を撃退する石像。いわゆるガーゴイルですね...」


貝塚が分かりやすすぎる罠を見て頭を抱え、柿本がカメラを石像の方に向けアップで取り始める。



よく見れば門の手前だけではなく、周囲の別の黒い大地にも似たような石像がいくつも設置されていた。


単純に手強そうな相手というだけではない。


あんなものが暴れれば、黒い大地の基部が壊れて溶岩の海に沈みかねない。


それを防衛に用いる相手の正気が信じられなかった。



「おい、まだ粘るか?」


貝塚は引き時だと言いたげに嶋田を見た。


これだけの戦力を抱えられる相手と分かれば偵察は十分だ。


敵の目的は十分に確認できていないが、状況証拠は有り余っている。



撤退時に別の敵と遭遇する危険もあるため、これ以上の長居は無用だった。


自分たちが見つけられていないだけで、下手をすれば洞窟の入口付近に転送用の設備があるかもしれない。


最悪、逃げ道を塞がれ挟撃される可能性すらある。



「...これは無理だな」


ため息をつく嶋田の視線の先には、溶岩の中を泳ぐ巨大な石の蛇がいた。


赤く輝く水面から時折顔を出し、泳ぎを楽しむかのようにまた溶岩の中に体を沈める。


全身が溶岩に浸かっているため全長は確認できないが、恐らく30メートルはありそうだった。


そんな蛇が何体も確認できた。



そして顔を見上げれば、地下空洞の天井にも巨大なワイバーンのようなものが飛び交っていた。


空を飛び石像や蛇を無視したとしても、このモンスターたちに襲われることになる。


監視が緩くなるのも理解できた。


これだけの戦力が揃っていれば、多少の敵が来たところで恐れる必要はない。


立川のハンター組合の保有戦力だけでは間違いなく対処できないだろう。



一行は一通りの光景をカメラで記録した後、速やかに撤退を開始。


洞窟を抜ける間に敵に遭遇することもなく、あっさりと洞窟から離れた場所まで到達することができた。



「で、この後はどうする?」


貝塚は周囲の安全を確認した後、何かを思案するように顎に手を当てている嶋田に判断を仰いだ。


今回の任務の目的は達成したと言える。


これ以上やることがないなら立川に戻って報告するだけだ。


だが、嶋田の考えは少し違ったようだ。



「...もう少し調査をしたい。少なくとも1人くらい捕まえて尋問し、目的の裏取りをしたい」


この様子なら、相手は他にも戦力を抱えている可能性が高い。


既に立川支部では手に余る事態だ。


こうなると関東全体からかき集める必要が出てくるが、全体の合意に時間がかかれば手遅れになるかもしれない。


合意を少しでも早めるために、材料は少しでも多い方がいいと嶋田は判断した。



「手伝えばいいのか?」


付き合ってもいいぞという顔をする貝塚に対し、嶋田は首を横に振って提案を断る。


「いや、お前たちは安全な場所で待機していてくれ。もし、俺が所定の時間まで戻らなかったら、その時は俺を待たず立川に戻って報告を頼む」


何かあれば見捨ててくれ。


そう主張する嶋田だが、貝塚は何事もないように受け入れた。



「了解だ。じゃあ、俺たちは街まで戻ることにしよう。街の近くに湧き水が出ている場所があっただろ?あそこで待ってるぞ」


「それはいいが...なんでそんな場所なんだ?」


貝塚の目的が分からず嶋田は戸惑う。



だが、貝塚の隣にいた柿本は違った。


不味い展開だと言わんばかりに顔に手を当てている。


そして貝塚はそんな柿本を気にもせず、堂々と胸を張って言い切った。



「そりゃ決まってるだろ。待っている間に料理をするためだよ。宿でモンスターを捌いたら迷惑だろ?」

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