4. 栃木県日光市の黒瑪瑙鰻-3
街の外に出た後、ケンタウロスからすれば少し遅く、人間からすればそれなりの速度で一行は目的地に向けて進んでいた。
草原の風は暖かく、草の香りと土の匂いが混ざり合っている。
遠くでは活火山の噴煙が空に筋を引いていた。
今回の目的地はかつての中禅寺湖。
今では原型を留めていないその湖の浅瀬、樹木と湖が絡み合った場所に黒瑪瑙鰻は生息している。
「形は鰻のように筒型で、全長60センチくらいまで成長。太さは10センチ前後。頭部は一回り大きく、ナマズのような大きな口を持つ。胸ビレは15センチと大きく、尻尾にはエイのような毒針がある。身体は石のように固いため曲がらず遊泳力が低く、泳ぐ時はヒレを使って進む。うーん、これは鰻というよりナマズでは?」
柿本は休憩中に資料を見直して呟いた。
紙に描かれたスケッチと注釈を見る限り、鰻というよりは他の生物の方が近いように思える。
食用可能な部分や処理手順が変わるため、違うというなら早めに判明させておきたいところだった。
柿本の話を聞いた貝塚はニーデンの方を向いて尋ねる。
「ニーデン、目的の湖は海に繋がっているのか?」
「いや、そういう話は聞いたことがないな。黒瑪瑙鰻もあの湖周辺でしか見たことはない。そういうのはお前たちの方が詳しいんじゃないか?」
ニーデンは少し怪訝そうな顔で答えた。
その返答を聞いて貝塚は頭をかく。
「地形が変わってるから昔の話は当てにならないんだよな...。というか、海に繋がってないなら鰻じゃないな」
「師匠、海に出ないタウナギの方じゃないでしょうか?」
「タウナギは鰻じゃねーだろ!誰だよ適当な名前つけた奴は」
「モンスターの名前が当てにならないのはよくありますけど、下手したら死人が出ますからね。今回は情報も少ないですし、やっぱり実物を見ないと駄目ですね」
二人の会話を横で聞いていたニーデンは不思議そうに口を開いた。
「何でそこまでするんだ?」
今回の目的が黒瑪瑙鰻の食用化であることをニーデンは承知している。
ただ彼からすれば、生態もよく分からないモンスターを、わざわざ遠路訪ねてまでやることなのかが理解できなかった。
しかも今回の対象は使える素材も取れないため、ケンタウロスであれば誰も狩ろうとすらしないモンスターなのだ。
「食べ物に困っているなら、もっと手軽に採れて簡単に食べられそうなモンスターの方がいいだろう。食べ物に困ってないなら、今食べられているモンスターの調理方法だけを考えればいいんじゃないのか?」
ガイドとして仕事を請け負った以上は責任を果たすつもりだが、それはそれとして純粋な疑問は解消しておきたかった。
黒瑪瑙鰻を食べると聞いた時、周りのケンタウロスたちも「それはないだろ」と口を揃えており、成功するか失敗するかで賭けが始まったくらいだ。
そんなニーデンに対し、貝塚はさも当然のように答える。
「知らないことを知り、できないことをできるようになるのが楽しいんだよ。手軽に食えそうな奴は一通り試し終わったから、今度はもっと新しい奴をっていう理由もあるけどな」
「...ふむ」
「大異変が起きる前の俺たちの世界では冒険という言葉は時代遅れだった。世界最高峰の山には誰でも登れ、一部の人間は装備に制限かけて縛りプレイしてるくらいだしな。冒険すると言ってもせいぜい海の底くらいしかなく、空の彼方の宇宙に赴くには時代が早すぎた」
貝塚は周囲に向けて両手を大きく広げながら続ける。
「だが今は違う。少し歩くだけでそこら中に未知が溢れかえってる。そんな知識が何の役に立つんだとか聞いてくる奴もいるがそんな話じゃない。俺が楽しいからやってるんだ。上手くいかなくとも試行錯誤の経験は俺の中に蓄積される。そして今日学んだことは、明日別のことに挑戦する時に役立つこともある。それで十分じゃないか?」
貝塚の表情はいつもと変わらず、虚勢や冗談で話しているわけではないことが伝わってくる。
ニーデンもそれを察し、少し考えた後に口を開いた。
「無駄が多いのではないか?上手くいかないことも多いだろう。徒労で終わるのは辛くはないのか?」
「成し遂げたいことがあるなら、遠回りをせずに最短距離で行こうとするのが正解だろう。だけど俺は寄り道も楽しいと思ってる。ああ、他の者たちが損得勘定を基準に考えるのが悪いと言ってるわけじゃないぞ。俺はそういう者たちとは別の基準で生きてるって話だ」
「何を成すかではなくどう生きるかという話か…。確かに難しい話だ」
ニーデンは悩むように眉を寄せ、腕を組んで空を眺める。
そのやりとりを見ていた柿本が、どこか達観したような表情で口を挟んだ。
「真面目に受け止められているところ申し訳ありませんけど、師匠は単に好き勝手やっているだけですよ...」
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