『花手森』の心模様 - 涙と笑いのファンタジー

神崎 小太郎

第1話


 東京駅の一角にひそむ、木洩れ日が差し込む小さな森。昼時になると、人々が食事を求めて行き交う光景が広がる。


 この森は実のところ人の手が加わった癒しのスポットだ。飲食店を中心とするモール街で、四季を通じて温度は一定、雨風にさらされることもない。


 テラスからは、まるで双子のような超高層ビルが立ち並ぶ眺望が楽しめる。このモール街の上には、時代を越えて愛される日本で最も高級だと噂されるホテルも誇らしげに佇んでいる。


 女性たちはテイクアウトしたお好み弁当を手に、ベンチに腰掛けている。彼女たちは、色とりどりの花壇に囲まれ、樹木のぬくもりやアロマに包まれた、まるで温室のような空間で癒しのひとときを過ごす。


 ここは丸の内界隈のオフィスで働く、いわゆる「昼食難民」と揶揄されるOLたちにとって、ランチタイムを過ごすかけがえのないオアシスだ。そして、この特別な場所は『花手森』と呼ばれている。


 突然、どこからともなく「タ~ラ、ラララ、ターララ~、ララララ~ラ~」と、見世物小屋の呼び込みの裏で流れるようなメロディーが耳に入ってきた。それは見世物小屋で流れるメロディーとしてはあまりにも優雅な『美しき天然』という曲だった。


 次いで、最近あまり見かけなくなったちんどん屋風の衣装を纏った男がつま先立ちで現れ、通り過ぎる女性たちに声をかけた。彼のそばには、紙芝居の木枠に成り代わる大きなパソコン画面が顔を覗かせていた。


「さあ、さあ……寄ってらっしゃい、見てらっしゃい。古今東西の言葉が飛び交う抱腹絶倒の漫才が始まるよ!」


 男はモール街のイベント広場にあるステージの檜舞台に立ち、バナナのたたき売りのような軽快な口上を始めた。


 その話はどこまで続くか分からず、延々と続いていく。観客は彼の巧みな話術に引き込まれ、次々と繰り広げられるエピソードに笑いと驚きを見せていた。


「お代の引き替えに、さあさ、買うた、買うた、梅ジャムとソースが塗られた薄っぺらい駄菓子屋の煎餅を!」


「さあさ、聞いてごらん、観てごらんよ。色も形もよしの漫才昼話を……。今日のお題は色っぽい『つま先立ちで読むヨムカクの光と影』やで!」


 その声に通りすがる女性たちが足を止める一方で、サラリーマンの男たちは知らぬふりをして、その声に耳を貸すことなく通り過ぎて行った。


「はいどうも。〜丸の内の勝ち組の皆しゃ~ん、しゃんしゃんや! ここに集うのはお暇な肥えてるべっぴんさんばっかりや! どこがって? お財布やがな。今日は新年を迎えた仕事初めかい? ああ……残念やわ!」


 一人、二人、三人と檜舞台の前に集まり始め、ベンチに腰掛けるOLたちの姿が増えていった。サンドイッチを手に頬ぼる者、牛丼に箸をつける者、カレーライスにスプーンを向ける者など……。


 彼女たちは、その男の奇抜で滑稽な装いに気づき、自然と耳を傾け始めた。


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