37.故郷を守る為に


「……私から、する?」

何を、とは言わないが、それが何かは明らかだった。

カトレアにそう問われ、勇はようやっと覚悟が決まった。

これまでにも散々、カトレアの言葉に甘えて来た。

求婚の言葉もカトレアから先に言わせてしまった。

だが、こんな時にまで甘える訳にはいかない。

「いや」

カトレアの問いに短く答えて、勇はゆっくりと顔を近付けていく。

緊張の面持ちのまま近付いてくる勇を見て、カトレアは一瞬だけ微笑んで、静かに目を閉じる。

そして、微かに、それでも確実に二人の唇は重なり合った。

「今、お二人の愛が女神ティアナ様の御前で証明されました。これよりお二人を夫婦と認め、限りない祝福を捧げましょう。おめでとうございます」

神父の言葉を聞き、参列者達は溢れんばかりの拍手を二人に送った。

拍手を聞くと同時に勇は急いで身を引いて、真っ赤な顔を隠す様に逸らす。

対してカトレアはいつも通り淡々とした様子で、参列者達の拍手を受けて会釈を返した。

その後、二人が腕を組んで教壇を後にするまで拍手は続き、二人と参列者はそれぞれに宴会場へと場所を移すのだった。

結婚祝いの宴会が続く中。

「素晴らしい式だったよ」

むすっとして酒を飲む勇に、参列しに来ていたアーノルドが声を掛けた。

ニコニコと嬉しそうに笑うアーノルドを見て、勇は一応姿勢を正して応えた。

「……お褒めの言葉、ありがとうございます」

「この場には、私とイサムしか居ないのだから気軽に頼むよ」

「社交辞令で言っただけだ」

言われるまでもないと言いたげに、直ぐに態度を変えて勇は酒をぐいっと飲み込む。

ヤケ酒の様に見える飲み方をする勇に、アーノルドは苦笑して言った。

「ちょっと変わっていたけど良い式だったのに、どうしたんだ?」

アーノルドの問いを受けて、勇は自嘲した笑いを浮かべて答える。

「己の不甲斐なさに呆れ果ててただけだから気にするな」

ほんの少し触れる程度にしか、口付けるのが精一杯だった事実が実に情けない。

覚悟を決めてもその程度か。と勇は自分を嘲笑する。

そんな勇を何を言っても励ませそうにない事を察し、アーノルドは話題を変えた。

「所で、どうして結婚式で〝絆の儀式〟をしたんだ?

あれが婚約式の儀式である事はイサムも教えられたんじゃないか?」

絆の儀式とは、魔法陣に勇とカトレアが二人で手を置き、火の柱を出した事を言う。

本来ならば結婚式ではなく婚約式で行うものであり、結婚式では繁栄の儀式と、愛の儀式の二つの儀式しか行わないのが通例だ。

しかし、今回の二人の結婚式では、婚約式で行うはずの絆の儀式も行ったために、参列者から驚きの声が上がったのである。

その疑問に対し、勇はすっと答えた。

「婚約式は省いたからな。その代わりだ」

勇とカトレアは婚約式を上げていない。

と言うのも、婚約式とは内外に婚約を知らせるための儀式であるため、祝勝会で婚約が貴族間に広く伝わった事により、必要ないだろうと判断しての事だった。

それよりも一早く結婚式を上げて、夫婦になってしまった方が何かと都合が良いと思ったのである。

そんな事情もあって、アロウティ神国式の結婚式を挙げる事になったのだ。

日本の神前式を挙げようとしていたら、三ヶ月どころか一年と掛かっていたかもしれない。

「それは知っていたけど……まさか、結婚式で婚約式もするとは思わなかったな」

「神父に提案されたんだ。婚約式を省くのはともかくとして、周囲を納得させるために絆の儀式だけは行ってはどうか、ってな」

「なるほど。婚約式をせずに、いきなり結婚式となると、情緒や伝統が無いと文句を言う者も出て来かねないからか」

「そんな所だ」

主に文句を言い兼ねないのは、勇が侯爵になった事を受け入れようとしない一部の貴族だ。

そこには、英雄である勇と自分の娘を結婚させたがっていた貴族も含まれる。

勇の弱みに付け込んだり、カトレアに難癖を付けようとする貴族からの批判を少しでも無くす為だ。

急に決まった婚約と結婚だったが、一緒になると決めたからには、なるだけカトレアを謂れ無い言葉から守りたい。

そんな思いから、二つの儀式を同時に行ったのである。

「良い判断だったと思う。それに今回の結婚式は、婚約式を挙げない平民の間で話題になりそうだ。二つの儀式を一つに統一する事で、貴族らしい結婚式を挙げられる。と言った感じでね」

新しい形の結婚式に参列した事を喜んで、アーノルドはそう言って微笑んだ。

そして、続けて言った。

「君はこれから幾らでも〝前代未聞〟を生み出していくんだろうね」

嫌味とも、褒め言葉とも取れる事を言われて、勇は顔をしかめる。

「俺をこの世界に引き留めた代償とでも思うんだな」

「英雄のする事だ。我が国としては大歓迎だ」

勇の嫌味をすんなりと受け止めて、アーノルドは嬉しそうに笑った。

生きる英雄がこれから先もアロウティ神国にいる事が、心から誇らしいと言いたげに。

全面的に勇がする事を受け入れるつもりのアーノルドに、少し呆れた様子を見せながらも、心中では自分の存在を認めて貰える事を勇は喜んだ。

生まれ故郷には帰れない。

だが、ここを第二の故郷とするべく奮闘していく。

隣に立つ頼りない友人と、頼り甲斐しかない妻が生きる、この国で。

宴会の様子をアーノルドとぼんやり眺めながら、勇はアロウティ神国で生きて行く事を改めて決意した。

どんな形ででも生き残り、故郷へ帰る。

かつての上官が掲げていた信条を胸に、勇は英雄イサム・カジロ侯爵として

異世界イモンディルアナのアロウティ神国で生きて行くのだ……――



上等兵・神代勇の英雄譚 完

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