六章 故郷の為に

32.契約書


祝勝会当日。

アーノルドからの伝言を受け、勇とカトレアは二時間早く登城した。

アーノルドの側近の案内で通された談話室で、アーノルドの到着を待つ。

数十分して。

「待たせたね」

談話室の扉が開き、勇とカトレアは揃って頭を下げて出迎えた。

「アーノルド皇太子殿下にご挨拶申し上げます」

「うん。急な事に良く応えてくれたね」

アーノルドが席に着き、促されて二人が席に着くと、直ぐに話は切り出された。

「……さて、と。早速だけど二人に見て貰いたい書類がある」

アーノルドは側近に目で合図して、とある書類を机の上に置かせた。

「まずは目を通してほしい」

そう言って、アーノルドは二枚の書類をずいっと二人の目の前に押し出した。

「拝見致します」

見る事を促されて、カトレアは片方の書類を手に取った。

もう片方の書類を勇が手に取り、その内容に目を通す。


イサム・カジロをケリー侯爵家、後継者に推薦する。

   〈ルイス・ケリー侯爵〉

   〈イサム・カジロ〉


「……は?」

「えっ……」

勇とカトレアが同時に声を上げると、お互いに驚きの表情で見合った。

驚く二人にアーノルドが言う。

「書類を交換して見たら、お互いが何に驚いたか分かるよ」

そう言われて、勇とカトレアは持っていた書類を交換して目を通した。


カトレア・ケリーの婚約者に、イサム・カジロを認定する。

   〈ルイス・ケリー侯爵〉

   〈イサム・カジロ〉 〈       〉


「……」

「……」

お互い何に驚いたか分かったものの、二人共が余りの事に言葉も出なかった。

すると、アーノルドが言う。

「うん。二人の様子を見て確信したよ。どちらもケリー侯爵の置き土産だって事がね」

困った様に笑いながら、優雅にお茶を口にするアーノルド。

対し、カトレアは茫然とした様子で書類を机に置き、必死に頭の中を整理しようと目を泳がせている。

勇はと言うと……。

「なっ、なん、何で俺の署名がある!?」

一呼吸遅れてやってきた驚愕に突き動かされて、椅子から立ち上がり声を上げた。

こんな書類に同意して署名した覚えはない。と物語っている勇の様子を見て、

アーノルドは静かに息を吐いてから問う。

「本当に覚えがないんだね?」

「あ、当たり前だろう!? 後継者だとか、こ、婚約者だとか、俺が同意する訳が……!」

「それなら……署名も君の字に似せた偽物と言う事かな?」

「偽物に決まって……!」

そう言いながら、勇は自分の署名部分を目を凝らして見た。

偽物だ。そう断言出来ると思っていた。

しかし、何度見ても自分が書いたとしか思えない筆跡で、益々頭が混乱してくる。

言葉を失い茫然と立ち尽くす勇に、アーノルドは紙とペンとインクを差し出した。

「論より証拠。イサム。ここに君の名前を書いて見てくれるかい?」

穏やかに微笑みながら、そう要求してくるアーノルドを見て、勇は冷や汗を流す。

有無を言わせず、書く様に求められて、勇は震える手で紙に自身の名前を書いた。

勇が書き終わると、アーノルドが書類に書かれている署名と、今しがた書いたばかりの署名を見比べる。

「……震えてるけど、非常に良く似ているね」

そう結論付けられて、勇は冷や汗に続き、脂汗も大量に流す。

こんな書類に署名した覚えがないのだから余計だ。

しかし、署名は間違いなく自分の物だと証明してしまった。

なら、何処かで書いた筈なのだが……。

「目を通して貰った事だし、この書類が届いた時から話そうか」

そう言って、アーノルドは書類が皇城に届いた経緯を話し始めた。

書類が皇城に届いたのは約二ヶ月前。

届けたのはケリーの、軍における側近の部下の一人。

最前線からの知らせを待っていた皇帝は、その書類を受け取り中身を見て愕然としたらしい。

戦時中にする事ではない。書類を送ってきた本人が最前線に居ると言うのに、何を考えているのか。

皇帝とアーノルドはケリーの奇行に一時は呆れた。

しかし、その数日後にケリーの訃報が届き、自分の死を予感していたのだと理解し直した。

アロウティ神国随一の騎士と呼ばれた、西方の守護者が戦死した事実は、知らせを受け取った皇帝にとって大打撃だった。

ケリーの次に領主とする貴族は、ケリー以上か、ケリー並みに西方守護の役目を果たせなければならない。

本人に守護の能力があるか、周りを動かす能力があるかのどちらかが備わってなければならない。

だが、アロウティ神国随一の騎士の代わりを務められる者など、早々居ないのが現実だった。

西方の守護者に名乗りを上げる貴族も居るとは思えない。

それほどに西方の守護は、ただ領地を納める以上に重く責任が乗しかかるものなのだ。

しかし、ケリー亡き後に、イサムが最前線で代わりを果たす様になり、結果としてはイサムの存在を無くして、戦争は終わらなかったと称されるほどの活躍をした。

最早、イサムほどに西方の守護者としての役割を果たせる、存在は居ないと知らしめるほどにだ。

これにより、皇帝はケリーが残して逝った、後継者推薦状と婚約申請書を無視する訳には行かなくなったのだ。

これらの書類を皇帝の名で承認すれば、勇はケリー家の後継者となり、

即座に侯爵の位を授かった上で、ケリー家の娘カトレアと結婚しなければならない事になる。

しかし、届いた書類には重大な欠陥があった。

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