〈16話〉我欲を満たす裁き


ロアを貫いてから地面に放置されていた呪縛剣を拾い上げたルアンリクスは、吊り上げられた俺の前に来て言った。


「もう気づいてるとは思うが、この剣でつけた傷は塞がらない」


鞘の付いていないその細い剣で右足を刺され激痛が走る。


「ああ、言い忘れてた。この剣の呪縛の効果はもう一つあってね。貫いた傷口の感覚を高めるようになってるんだよ」


ルアンリクスの言う通り、一刺しで、脳が揺れるほどの激痛が全身を支配する。


魔殻が使えない事も痛みに大きく影響してるのだろう。


今、俺を吊るしているオルダゴンという大蛸の水魔獣は、相手の魔力を無効化する特殊な触手を持っているため、こいつに捕まっている限り魔殻を纏えないのだ。


左の太もも、右の骨盤、右肩、左腕


ルアンリクスは次々と呪縛剣で傷をつけていく。


子供の頃の経験から、一方的な暴力を受け慣れている俺でも、傷口から広がる激痛で頭がおかしくなりそうだった。


「ハハッ!無様だな人間!痛いだろう?それが貴様らの罪の重みで贖罪だよ!ハハハッ!」


「人間の、つ、み?」


朦朧とする意識の中で、ルアンリクスの言葉が引っかかる。


「そうだよ!貴様ら人間は全員罪人だ。教団の奴らも、自分たちは救われるなんて夢物語を描いているが、そんなのは全部まやかしだ。愚かな罪人の劣等種は全員裁かれる宿命なのさ!」


何だ、何を言ってんだこいつ。


罪人?


教団?


話が分からないし、推測する余裕もない。


「あれ、そういえば。貴様の使い魔がいないようだけれど、どこに行ったんだ?」


もちもちのことか。


「しら、ない」


「ダメじゃないか。使い魔はしっかりと躾をしておかないと。そうだ!僕が代わりに使役してあげよう!あんな個体は見た事もないし、面白い玩具になりそうだ!」


「使い魔じゃ、ない。相棒だ」


俺の返しに、ルアンリクスは腹を抱えて笑った。


「ハハッ!相棒?あれがか?ハハッハッハハ!相棒の割には助けに来ないな!ハハッ!もう逃げたんじゃないのか?脆弱な貴様に嫌気でもさしたんだろう!ハハハッ!」


「そう、かもな」


「あ?おいなんだその態度は!もっと喚け!叫べ!そして懺悔しろ罪人!」


既に傷口のある箇所に、何度も呪縛剣を刺し込まれる。


もはや痛いのか痒いのか、熱いのか冷たいのか判断がつかない。


こいつは今、己の欲のために俺に痛みを与えている。


あの二人、俺とユキの両親と同じだ。


裁きだなんだとほざいているが、結局の所、自分の欲を満たすために何かと理由をつけて行いを正当化しているだけに過ぎない。


そして、そういう奴の弱点なら知ってる。


「なあ、オカマ野郎」


俺を嬲る自分に対して必死だから、周りが見えていない。


暴力に魅入られた者は、弱者を前にした時、周りへの警戒を解いてしまう。


「どうした劣等種。今更許しを乞う心でも芽生えたか?」


「楽しそ、うで、悪いん、だけど。後ろ、気をつけた方が良いよ」


上がらなくなった手の人差し指をその場で精一杯折り曲げて、オカマ野郎の後ろを指さす。


直後、ルアンリクスが振り向くより速く、俺と離れていたもちもちが猛スピードでルアンリクスの背後に飛び出して、剣を持つ腕にナイフを突き刺した。


「い゛い゛たい!」


ルアンリクスは呪縛剣を地面に落として、腕から流れる血を見て叫んだ。


「お前えぇぇ!ふざけるなよ!この僕に傷をつけるなど!そもそもどこから現れた!?」


ただの油断だよ。


勝ちを確信して警戒を怠ったお前の落ち度だ。


声には出さない。代わりにもちもちを呼んだ。


「もち、もち!」


「んま!」


もちもちは直ぐにオルダゴンの触手をミニナイフで両断した。


オークとの戦闘でロアがやっていたように、小さな武器でも魔力を込めて切り込めば、その魔力量に応じて刃渡りの数倍の長さで切ることが出来る。


戦闘が始まった時、俺の魔力を多めにもちもちに渡しておいてよかった。


オルダゴンの触手ごと地面に落ち、立ち上がろうとするも体が動かない。


「もちもち、俺の、魔力、で、治癒を!」


何とか動く口でもちもちに治癒を頼むと、もちもちは俺の腹の上に乗り体をぴたりと当てて治癒を施し始めた。


俺の魔力が主体となるからか、詳細は分からないが、ロアに治癒を施した時よりも速く傷口が塞がった。


しかし、ロアと同様、傷口は塞がっていても激痛が体に残り動けそうにはない。


「んま!んま!」


もちもちが俺のポケットを指して何かを訴えている。


ああ、あの時の。


ルアンリクスはミニナイフで刺された傷口を必死に抑えている。


オルダゴンも触手の切断面をグネグネさせながら悶えている。


その隙に、激痛を走らせながら腕を動かし、ポケットの中から地下室でもちもちに渡されたビー玉の様な白い球体を取り出す。


「んまっ!んまんま!」


「これを?食べるのか?」


もちもちの小さい版みたいな球体を食べるのには少し抵抗があったが、考えてる暇もないので口に入れた。


「もちもち、お前本当に何者なんだよ」


傷の痛みが全て消えた。


刺された傷どころか、今日の昼にロアにぶん殴られて引きずっていた腹の痛みも完全になくなっていた。


魔力量も元通りになっている気がする。


「ありがとう。お前のおかげだよ」


「んま!」


笑顔のもちもちを再び肩に乗せ、深呼吸して魔殻を纏う。


──────仕切り直しだ。

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