【完結】忘れられない初恋の女性と数年ぶりに再会した俺には、ラブコメ展開が待っているはずだったのだが……!?
よこづなパンダ
第1話
「はぁ……」
思わず、溜め息が零れる。
昨日の飲み会は、散々だった。
新卒2年目ということもあり、幹事をさせられて疲れたというのもあるが。
「はぁ、あぁ……」
下戸の俺にとって、2次会、3次会と連れ回されるのは大変苦痛なことだった。
先輩方のどうでも良い話を散々聞かされて……そして、挙句の果てに。
また、面倒事を押し付けられた。
入社3年目で1つ年上の先輩、
一見するとお淑やかで聡明、そして綺麗な女性なのだが。
彼女のあまりに残念過ぎる短所、それは―――酒癖が悪いこと。
俺はまたしても、そんな彼女を家に送り届ける役を任されてしまった。
同僚も皆、「お前なら安心して任せられる」などと言って……いくら俺が人畜無害キャラだからって、何でもしてあげると思うなよ。
まあ、なんだかんだでしっかり安全に送り届けたわけだけど……
昨晩で、何度目だっただろう。
初めの頃は彼女の豹変っぷりに驚いてしまったが、今ではもう何とも思わない。
泥酔状態で彼女の家を聞き出せず、やむなく自室へ招き入れたこともあったが、それも過去の話。
今となっては彼女の部屋の勝手もよく知っている。
俺の肩にもたれかかっていた身体を、ベッドの上にそっと下ろす。
すると彼女は幸せそうな表情で、静かに寝息を立てていた。
美人な彼女の、そんな無防備な姿を前にして―――
普通の男性なら、うっかり魔が差してしまうこともあり得るのかもしれない。
それでも俺が、1度たりとも手を出したことがないのは。
俺が決して人畜無害だからではなく……
ずっと昔に、恋していた彼女のことを、どうしても忘れることができないから。
コンビニで夕食の弁当を購入し、昨日の出来事でまだ少し痛む右腕をかばいながら、袋を下げて1人寂しく帰路に就く。
俺はそんな現実から目を背けるように、今日も過去の思い出に縋りつく。
俺は1日だって、彼女のことを忘れた日はない。
彼女と知り合ったのは、高校3年生のときのクラス替え。
仲良くなったのは、放課後の教室で、彼女が1人物憂げに音楽を聴いていたところに声を掛けたのがきっかけだったと思う。
地方の高校には色んなタイプの人間が混ざっているものだ。
俺のような大学進学組もいれば、進学先も就職先も決まっていないようなヤンチャ組もいた。
そんな中で、彼女はクラス委員長を任されていた。
とても責任感の強く、真面目な女の子だった。
整った顔立ちに長い黒髪が良く似合っていて、そんな彼女に注意されると、騒いでいた男子たちも皆、おとなしくなる。
彼女は皆から一目置かれていた。そのせいか、少し他人と距離があったように思う。
真面目だからこそ、ふざけたことができずに、うまく人の輪の中に溶け込めなかったのだろう。
だけど俺にはそんな姿がとても魅力的に映って、いつしかどうしようもなく惹かれていた。
放課後、受験勉強の息抜きに、そんな彼女と他愛もない話をする―――
気づけばそれが日常になっていた。
彼女は一度だけ、俺の目指している大学名を尋ねてきたことがあった。
俺が受験しようと思っていたのは、都会にある某名門大学。
まだ合格するとも決まっていない中で、その名前を出すのは少し憚られたが、それでも俺は口にしてしまった。
大学名を聞いたときに見せた、彼女の酷く寂しそうな表情を……俺は今でも鮮明に覚えている。
後になって気づいていったことだが、彼女の学力では到底及ばない大学だった。
きっと彼女は瞬時にそれを悟ったのだろう。
俺はあの頃、既に彼女に恋をしていたと思う。
だが、将来の進路が別たれていること。その事実は、受験という節目が近づいてくるにつれて、次第に現実味を帯びていく。
一時の恋愛感情なんかで、進学先を決めるものじゃない。
あの時の俺には、学生特有のそういう変なプライドがあって、彼女もまた、それを理解していたと思う。
彼女が俺のことをどう思っていたかは、分からない。
彼女にとって、俺はただの気さくに話せる親友で、異性としては意識していない相手だったかもしれない。
それでも俺は、後悔している。
あの時、彼女に―――たった一言。
好き、と、想いを伝えられなかったことを。
俺は勉強の甲斐あって第一志望に合格することができ、やりたい学問に励み、有名企業に就職することができた。
普通の人からすれば、羨ましく思われるのかもしれない。
それでも、俺の心の中にはぽっかりと穴が空いたままだった。
失われた青春。
彼女よりも魅力的な女性には、もう出会うことはないだろう。
街を歩くカップルを見るたびに、心がぎゅっと締め付けられる。
どれだけ働いても、どれだけ稼いでも、その全ては自分自身のためだけ。
新しい趣味でも始めようかと散財してみても、ただ虚しくなるだけなのでもう辞めた。
恋人へのプレゼントだとか、結婚のための資金が足りないとか、そんな同僚の悩みでさえも羨ましく思えてきて。
昇給やら昇進やらを目指しても、それは将来がただただ忙しくなるだけに思えてしまい、俺は目指すべき目標を見失ってしまった。
「はあ……」
もう、何度目だろう。
また零れてしまった溜め息に、ずきりと痛む右肩。
そして……ぴきりと破れる音。
嫌な予感がした。
咄嗟に腕に力を入れるも、ただ痛みが増すだけで。
びちゃっと嫌な音がして、下を見るとそこには袋から零れ落ちた弁当が、地面に広がっていた。
「あっ、あああっ……」
―――最悪だ。
今日の夕食が無くなってしまった。
どうしたものか。
金銭的にはまた買い直すくらい、何てことはない。
ただ、今の萎え切った感情を立て直して、もう一度コンビニへと向かう気力なんて、俺にはもう残されていなかった。
だが、そのとき。
「あの……大丈夫ですか?」
綺麗な、声がした。
それは、思い出の中のものと、よく似ていた。
……まさか。
いや、そんなことなんてあり得ない。
そんなラブコメみたいな出来事が、現実に起こるなんてあり得ないんだ。
それでも俺は、この胸の高鳴りを抑えられずにいた。
恐る恐る振り返ると……
あの霧島千秋が、そこに立っていた。
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