第48話 つくばキャンパス宿泊施設にて

 放射光施設の見学を終えると宿泊施設の方に移動して夕食まで休憩となる。残念なのは宿泊施設は男女別なことで、これでは本来の目的の合コンはできないし私も修二くんと別々になってしまう。しかも女子の引率は私しかいないから重い責任を感じる。


 宿泊施設は全て個室、バス・トイレ付である。男子は3号棟・女子は4号棟を利用する。実は男子は1号棟も使えたが、それだと女子の4号棟と各階でつながっていて夜這いしやすいので避けた。もちろん一番危ないのは私である。3号棟・4号棟ともに他のビジター研究者も宿泊しているので個室での宴会は禁止、各棟ところどころに設置されている談話室で静かにするよう通達した。どうしても男女でお話したい場合、宿泊施設共用棟1階の談話室でするよう厳命してある。私は自室に荷物をおいたらすぐ、読みかけの論文とタブレット端末を片手に共用棟1階談話室へ向かった。


 すぐ来たからか一番乗りだ。自販機にはちゃんとバナナオーレがあるのを確認した。ただし今日はさっき一本飲んだから、500の緑茶を買う。

 論文を読みながらタブレットを開く。タブレットにスタイラスペンで計算を書き込んでいく。以前は出先でも紙に計算を書いていたから持ち歩く紙が増えてしまい不便だった。でも最近は出先ではタブレットに書き込むようにしている。これならいくら書いてもいくらでも保存できるので便利だ。ただ、どんどんファイルが増えてしまうのでちゃんとタイトルを付けないと後でわからなくなる。

「おお、ハイカラなもんをつかってるね」

 顔を上げると伊達先生が覗き込んでいた。

「木下さんも使ってるけど、便利かい?」

 私はいろいろとメリット・デメリットを説明した。

「ふ~ん、僕も一つ買ってみるかな? 安いのでいいの?」

「いえ、安いのは書き心地が悪いので、あんまりけちんない方が。あ、教育関係者はディスカウントもありますよ」

「そらええな」

 気がついたら吉岡先生も私のタブレットを覗き込んでいたし、なんと澤田先生もいた。

「あれ、先生いつの間に……」

「さっきついたところや。なかなか仕事が終わらんで、往生したわ」

「お忙しいのに、すみません」

「いやな、女の引率が神崎さんだけやっちゅうんで、夜だけでもと思ってな」

「ありがとうございます。助かります」

「で、何の論文読んどるんや」

「ええ、せっかくなので、放射光を利用した高温超伝導体関連のをですね」

「みせてぇな」

「はい」

 澤田先生はしばらく目を通し、

「あんたぁはやっぱり、実験好きやな」

「はは、そうですね。現実に合わない理論など、何の価値もありませんから」

「はは、厳しいな。それだと超弦理論とか、まったく興味なさそうやな」

「そうでもないですけど、手を出す時間が全く無いです」

「そらそうや、ははは」

「それにしても先生、みんな降りてこないですね」

「ふむ、変やな、男女で話しできるの、ここしかないんやろ」

 そう、今回のセミナーは、セミナーの名を借りた合コン、男女別に行動していてはなんの意味もないのである。私としても早く修二くんとまったりしたい。

「しゃあないな、わてがちょっと見てくるわ」

 澤田先生に行ってもらうのは申し訳ないので腰を浮かしかけると、

「ええ、ええ、あんたはここにいてもらわんと」

とおっしゃってさっさと行ってしまった。相変わらずのフットワークの軽さである。


 私は修二くんに電話かけた。

「修二くん、どうしたの? 私談話室で待ってるんだけど」

 つい語調が強くなる。

「ああ、助かった。あのね、今僕、上で捕まってるんだよ。どうやって出会ったとかなんとか」

「ふ~ん」

「でさ、さっきからそんなことより女子と顔合わせたほうがいいって言ってるんだけどさ、放してくれないんだよ」

「わかった、かわって」

「了解、スピーカーにする」

 一呼吸おいて私は怒鳴った。

「あんたらいいから下に来なさい! 女子待ってるよ!」

 うそだったがしょうがない。


 幸いほどなく澤田先生が女子を連れて降りてきたので私は嘘つきにならずに済んだ。扶桑の学生たちが澤田先生に逆らえるわけがない。そして男子共は修二くんに連れられて降りてきた。それでも男子・女子でかたまって座ろうとするので私は強引に男女をまぜて着席させた。人数を数えると全員いる。

「修二くん、ドア閉めてくれない」

「うん」

 修二くんが見たことがないような素早さでドアを閉めに走った。

 締め切られたことを確認した私はみんなの前に立った。

「あの、みなさん、今回のセミナーの真の目的はご存知ですよね」

 さすがに返事はないが、みな頷いている。

「私も女子大出身だから、よくわかります。扶桑のみなさん、外に出なければ出会いは無い!」

 なんか語気が強くなってしまった。

「物理学校のみなさんも、女子の殆どは薬学部、出会いが少ないのはよくご存知のはず」

 私は一同をみまわして言葉を継いだ。

「折角のチャンスは大事にしないと」

 すると小声でだれかが呟いたのが聞こえた。

「聖女様はいつも、合コンは始まるまでが合コンって」

「ナニ! 誰だ今言った奴!」

 下を向いている本間くんが怪しい。

「女子! 参加の男子に文句ある?」

 みな首を横にふる。

「男子! 女子はみんなかわいいでしょ!」

 みな首をたてにふる。

 ここで私は笑顔を作り、

「ではみなさん、夕食までこちらでご歓談を」

と言って、部屋の外に出た。修二くんにはついてくるように目配せをした。


 宿泊棟の外に出た。もう日は落ちて暗くなっていた。修二くんはなんか笑いをこらえているようだ。

「修二くん、どうしたの?」

「いや、怒らないでくれる?」

「内容による」

「じゃあやめとく」

「何よ、気になる」

「まあ、なんでもないから」

「何よ、怒らないから教えて」

「やだ、絶対だめ」

「ふ~ん、ルドルフ呼ぶよ」

「杏、ずるいよ」

「とにかく、お、し、え、て?」

「わかったよ、あのね、やっぱり杏は、緒方さんと恩田さんの友達だなって思っちゃってね」

「どういうことよ」

「まあ、怒った感じが似てるっていうかさ」

「わかった。約束だから怒らない。だけどのぞみと真美ちゃんに伝えとく」

「や、やめて」

「それとね、修二くん」

「なに?」

「修二くんもやっぱり、明くんの友達だね。たまに意地悪い」

「なにそれ、仕返し?」

「いや、科学的事実」

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