第46話 不穏な空気



 「カルマスさん、隣でカリカリチーズを作ってくれる?」

「はい」

 面接に来てすぐ働いてもらうのは気が引けたけど、すぐにでも人手が欲しかったから助かった。

 「油を少しだけ多めに、転がすよう焼いてください」

「わかりました」


 たぶん年上だと思うけど、僕の指示に嫌がらず嬉しそうに調理をしているので良かった。まだ会ったばかりだけど、手際の良さや丁寧さを見て腕は良いと見た。簡単な料理からやってもらって徐々に、手間がかかる料理を任せていこう。

 「こちら、出来上がりました!」

きれいにお皿へ盛り付けてもらった。

「盛り付けのセンスもいいね!」

僕が褒めるとカルマスさんは、くしゃくしゃな顔して笑った。

 「褒められるなんて、いつぶりだろう……。嬉しいです」


 「え? そうなの?」

褒められるのが久しぶりなんて……。僕は聞き返した。どうやら貴族のお屋敷で働いていたり、高級な場所で料理を作っていて、出来て当たり前だったらしい。魔界では差別と、人間界では出来て当たり前の、厳しい所で働いていたようだ。

 「なので、ここで働けて嬉しいです」

ダンジョン前の食事処という、特殊な場所だけど……? と思ったけれど、楽しそうに料理を作っているからいいかな。


 「お待たせしました、ハリマさん。こちら角煮丼と、餃子とカリカリチーズになります!」

 良いきつね色のカリカリチーズと、良い感じに焼けた餃子が香ばしくて美味しそうだ。それに角煮丼は美味しさのお墨付き。ハリマさんの感想が楽しみだ。


 「ありがとう! え、餃子と角煮丼?」

ハリマさんはおかしな反応をした。なにか変だったのか。

 「あの? 何か変でしたか? 野菜類が欲しいのなら、サラダを持ってきますか?」

 たしかにボリューム満点だけど、それだけじゃない気がした。


 「いや。懐かしいなと思って。いただきます!」

 ハリマさんは微笑みながら言った。ん? 懐かしい? その意味を聞こうとしたけれど、ハリマさんは角煮丼を食べ始めたので聞けなかった。

 「こんちは――!」

 そのうちに他のお客さんが、お店に入ってきたのでまた忙しくなった。


 僕は料理を作ったり、接客を手伝ったりしていた。ハリマさんが食べ終えたころに感想を聞きに行った。

 「バッチリ美味しかった! 角煮の柔らかさと味もいいし、餃子の焼き加減も最高だったよ!」

 ハリマさんは親指を立てて、いいね! と言ってくれた。


  隣に座っていた髭の長い冒険者も角煮の美味しさに喜んでいた。

 「マオ君! 角煮美味しいよ! それに、このカリカリチーズのカリカリ感! いいね~!」

 「餃子っていうのかい? これもジューシーでうまい!」

 好評で良かった――! 僕はカルマスさんに頷いて笑顔を返した。カルマスさんは、自分の作った料理が好評なのをみて笑顔になっていた。


 「あ、話は変わるけどよ……」

髭の長い冒険者が暗い顔をして話しかけてきた。

 「どうも、魔物たちの様子が変らしい。前より狂暴になって人間を襲い始めたようだぜ」

「え……」

 魔物が人間を襲い始めた?

 「あ――。俺も来る途中で魔物に襲われかけて、この村へ避難して来たんだ」とハリマさんは髭の長い冒険者に話をした。


 「え、大丈夫だったかい!?」

「逃げ切れたから、何とか無事だったよ」

 ハリマさんと髭の長い冒険者は話を続けた。すると他の冒険者たちも話にまざって、魔物の話を始めた。その魔物の話で、食事処は色々な遭遇話で盛り上がっていった。

 魔物が……。僕は何も言えずに冒険者たちを眺めていた。


 「マオ様!」

僕はサウスさんに呼ばれ、冒険者たちの輪から抜けた。どうやら各地で、今までおとなしかった魔物たちが人間を襲い始めたらしい。……なぜ。

 キッチンへ戻ると、サウスさんとミレーヌが僕を待っていた。

「なにか込み入った話があるようだね? 食事処の料理は、カルマスさんが大丈夫し、ここは私たちがいるから抜けても大丈夫よ!」

ざわついた雰囲気を察した、ベテランママさんがそう言ってくれた。頼もしい。

 

「カルマスさん、レシピはこの水晶タブレットに詳しく載せてあります。今日の今日で急で申し訳ないですが、大丈夫そうですか?」

 水晶タブレットを渡して、レシピを見せてみるとカルマスさんは頷いた。

「かなり詳しく書いてあるので問題ないです。角煮はまだたくさんあるようですし、餃子とカリカリチーズはさっき作ったので焼くだけですし、他の料理はまだありますし、大丈夫です!」

 良かった。心強い。

 

 「なにか問題があったら、呼び出しして」

キッチンへ僕専用呼び出し通信機を置いた。これも水晶でできていて高性能だ。

 「「わかりました!」」

 僕はミレーヌとサウスさんと一緒に、食事処のお店から出た。


 

 外に出てみると、青空の良い天気から曇り空になり風が強くなってきていた。僕達はそろってダンジョンの管理者だけが利用できる、秘密の隠し通路から地下へ入っていった。装飾もない壁の薄暗い通路を下りていき、この間造った僕達三人だけの管理室へ着いた。扉を開けると中は、水晶端末機がたくさんそろっているセキュリティ室兼会議室だ。

 ここなら誰も入って来られないし、誰にも話を聞かれなくていい。 

 

「『魔物が前より狂暴になって、人間を襲い始めたようだ』って……どうして?」

僕はテーブルに両手を置いて、項垂れて二人に言った。

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