第5話 弟子にしてください(2)

 なんと少年は、獣人の子どもであった。


 獣人は、魔導都市マジョリカから遥か北の森の奥に住み、森を駆け回り、群れで獲物を狩り生活をしている。基本的に人と出会うことはない。


 ときどき、必要な物資を仕入れるために、人に扮して街にやってきては、持ってきた毛皮や干し肉を穀物に交換するらしい。という噂は聞いたことがあるのだが、だれも獣人と出会ったものはおらず、まるで童話の中の人物のような存在だ。


 まさか、夜中の台所で出会ってしまうような、存在ではないことは確かだ。人間も獣人も、お互いに距離を保ちつつ、余計な摩擦を起こさないように暮らしてきたのだ。


 温かい干し芋とカップのお茶がすっかりなくなってしまう頃、少年はすっかり気がゆるみ、眠い目をこすり始めた。


「ルーク、もう仲間が心配するからおかえりなさい」


 マリィは、優しく諭す。しかし、少年は真面目な顔で首をふるふると振った。


「帰れない」


 マリィは、途方にくれた。帰り道が分かるのであれば、送り出すこともできる。しかし、こんな夜更けに家を追い出して、また人に見つかったら大変だ。


 最悪、悪い人に捕まってしまったら、売り飛ばされて見世物にされたり、閉じ込められて二度と外に出られなくなってしまうかもしれない。


 子どもがたった一人で安心して暮らせるほど、この街は安全ではないのだ。


「じゃあ、どうしてここに来たの?」


 マリィの家に忍び込んで、食糧を荒らしたことは、お茶を出した時点で不問だ。


「ここから匂いがしたんだ。お母さんの形見を探して歩いていたら」


 神妙な顔つきで口ごもるルークに、マリィははたと気がついた。昼間、友人に押しつけられたあのペンダントかもしれない。


 あのペンダントを見せて、ルークは嘘をつくだろうか?

 いいや、つかない。


 だって、ルークの背中には、「母の形見のペンダントを探す獣人」と見えているから。


 これは、マリィだけの秘密だ。

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