第20話 迫り来る学園祭の不安

 学園祭当日が迫っていました。


 愛乃わたしは、ステージ配信企画は生徒会が中心となって準備をしているので、あちこち駆り出される日々です。


 わたし自身は細かな仕事をこなすタイプですけれど、さすがにこの時期は慌ただしくて落ち着かない気分になります。


(本当なら、もう少し余裕を持って下準備を終わらせたかったのに……)


 そんなことを考えながら、生徒会室に向かいました。ところが入口の前で思わず足を止めてしまいます。


 なぜなら、部屋の奥にルリ先輩の姿が見えたからです。


「友部さん、書類整理をお願い出来る?」


 声をかけられると、わたしは瞬間的に肩を震わせていました。


 もちろん生徒会でのルリ先輩に、悪い印象を持っているわけではありません。


 でも……ここしばらくの出来事が頭を離れず、先輩を前にすると無意識に警戒してしまいます。


「は、はい。すぐにやります。ただ……ごめんなさい、わたし、ちょっと教室に行かなくちゃで……」


「え? そうなの?」


「は、はい! この仕事は教室でやっちゃいますね!」


 資料を抱え込みながら、わたしは生徒会室を思わず逃げるように出てきてしまいました。


 こんな態度、失礼だとわかっていますが、どうしてもルリ先輩の視線に耐えきれなかったのです。


(もし、わたしの態度がルリ先輩の気に障ったのなら……どうしよう……)


 わたしの頭には裏配信の内容がずっと引っかかっていました。


 最近はさらに過激化しているようで、見るたびに背筋がぞっとするほど怖いのです。


 愛する人の姿を思い浮かべて病的な台詞を囁く声は、もし冗談でなく本気なら……いつか本当に何かしでかすのではないかと思えて仕方がありません。


 けれど、わたしはルリ先輩のことを嫌ったわけではなく、むしろなんとかしたいとも思っていて……でも、どうすればいいのか……


(……学園祭で大勢の人が集まってくるのに、それに乗じて、ルリ先輩が颯太先輩に迫ったりしたら……)


 そう考えると胸が苦しくて、手が震えます。


 わたしは資料をぎゅっと抱きしめて、慌ただしく廊下を歩き出しました。


(できれば颯太先輩に相談したいけど、先輩はクラス発表の手伝いで忙しそう……)


 ちらりと窓から外を見下ろすと、体育館へ続く通路にルリ先輩の姿が見えました。わたしが生徒会室を出た後、ルリ先輩も出たのでしょう。


 あの姿を見た瞬間、心拍数がいっそう上がりました。


「……こ、怖い……」


 ルリ先輩はいつもクールで堂々としているけれど、もしわたしの怯えた様子に勘づいたらどう反応するでしょうか。動画の内容を見られたと気づけば、わたしを排除しようと動くかもしれません。


 自分の考えすぎだとわかっていても、あの裏配信で語られる歪んだ欲望を思い出すと、まともにルリ先輩と話す勇気が出ないのです。


(だからって、何もしないわけにもいかない。どうすれば……)


 うなだれながら歩いていると、書類を抱えたままの手がかすかに震えているのに気づきます。わたしは深呼吸をして気持ちを静めました。


(いつかは、ルリ先輩に気づかれる時がくるかもしれない……)


 すべては学園祭が落ち着いてから考えよう──そう思うものの、学園祭当日こそが何か起こりそうで、その不安が頭の中をぐるぐると駆け巡ります。


(そのときわたしは、いったいどうすれば……)


 それでも誰にも相談できない以上、わたし一人で抱えるしかない。


 わたしはうつむきながら、廊下の先へと歩みを進めました。

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