二人目の魔術師

 日が沈み、夕食時間を回る頃。突如として閉店することになった喫茶秘花にて、包帯にまみれた男がソファー席で寝かされている。それを案じるように覗きみる小さな影が一つ。


 「ねえ、本当に救急車を呼ばなくて大丈夫?」


 楓原古詠。幾ばくか前、瞬間移動にて喫茶へと入った彼女はあくせくとしながらも、店主へユーゲン・ハートマンの名前を出す。堀の深い顔が一段と暗がりを深めたことに震えたものだが、そこへ溌溂とした声の助け舟が出された。


 「きっと大丈夫ですよ、古詠ちゃん。私も出会って間もないですが、この人はそう簡単に死ぬような人じゃありません。そのうちひょっこり起きてくるんじゃないでしょうか」


 カウンター席にてスパゲティを食す女性が一人、草薙律加である。彼女は困り顔で震えている古詠からユーゲンの事を聞くと、一先ずは此処にいるべきだと提言した。何故なら、突然喫茶店へ転移した、なんてことは彼女の方が一足早く経験しているからだ。しかし、ここは律加のモノではない。当然おいそれとはいかなかった。


 「ひょっこり起きてきたんなら、早めに店じまいした分の損失を補填してもらいたいものだがな」


 カウンターにてグラスを洗っているのはこの喫茶店の店主、ゴルド・バルスター。律加の熱い説得によりどうにか事を荒立てる始末にはならなかったが、店主という身の上からすれば到底納得はいかないものである。それでもこうした小言で留めているのは、速報として流れた飛行場跡の惨状と運ばれてきたボロボロのユーゲンの姿を見たからである。魔術だなんだという二人の言葉には首をかしげながらも、治療の手伝いには尽力をしたのだ。彼は気難しい面があるものの悪人とかではない、むしろ良い人、というのは律加の弁である。

 こうした経緯があり、今に至る。古詠は食事をする気になれないと言い、ずっとユーゲンの看病をしている。三者とも、特別会話が好きな性分ではないため、店内で流れるジャズ音楽がひときわ大きくそれぞれの耳へと届く。


 「あれま、静まり返っちゃって」


 閉店後の閉じていた扉が開く。ジャジーに差し込むカラカラとした明朗な声に、青と金のツートンカラーが映える頭。白いローブを着たモデルのような優男がレジ袋片手にやって来た。ニコニコとした表情を寸分とも崩さず、律加の隣席へと腰掛けた。


 「帰ったんじゃなかったのか」


 「帰るは帰りましたとも。しかしどうにも気にかかるじゃないですか。だって、彼を治療したのは僕なんですから」


 けらけらとしながら炭酸ジュースのボトル缶を傾ける。袋の中身は食料であふれており、彼は図太くもコンビニ弁当の温めの為に、電子レンジの使用許可を店主へと請う。結果、白いローブは小躍りで裏口へと消えていく。その慌ただしさに微笑ましさを感じたのか、食事を終えた律加はふと呟く。


 「それにしても驚きましたよ、彼が魔術師だったなんて」


 彼の名は『ユグ・ラシャール』。異世界からやってきた魔術師である。素性はさておき、彼は凄惨極まる飛行場へ古詠と赴いてユーゲンを喫茶へと運んだ後、治癒魔術で治療を行った。魔術師の事は魔術師が解決するべき、とは彼の雄弁であり、結果としてユーゲンの病院行きは免れることとなった。

 席へと戻ったユグは、から揚げ弁当をついばみながら、古詠へと話しかける。


 「それで、楓原さんはご飯食べなくていいのかい? オレンジジュース買ってきたけど飲む?」


 「ご飯はやっぱり食べる気にならないかな……。ジュースは飲みたい」


 彼はペットボトルのオレンジをソファー席にいる古詠へと手渡すと、今なお目覚めない男、ユーゲンの状態について話す。


 「いいかい、今の彼は魔力が欠乏している状態だ。どういうわけか、少しばかり彼のモノ魔力が残留しているものの、おそらく今日いっぱいは目覚めないことだろう。君の心配する気持ちは大いにわかるけど、君自身もしっかりと心身を休めないといけないよ」


 「うん、分かってるけど、それでも……」


 少女はその瞳を尚揺らして、ずっとユーゲンを見つめている。彼は致し方ない、と呟くと再び席に戻り残った弁当を口いっぱいにかき込むと、その後こう言った。


 「せっかくだ。少しだけ、僕のことを話しておこう。このまま黙りこくってバイトをクビになったりしたら困るしね」


 「人一人の命を救った人間を邪険にする男ではないぞ、私は」


 鋭い眼光が注がれるも、流石に失言だったかとユグはそっとカウンターから距離を取る。背中へ突き刺さる視線に心の痛みを感じながら、彼は彼自身の身の上を話す。


 「えーと、そうだ。僕はそこにいるユーゲン・ハートマンと同じ魔術師だ。そして僕自身もまた、君たちの言うところの異世界からやって来た。ただ、僕がやって来たのは一年ほど前で、この世界の調査をしていたんだ」


 「一年ほど前、うちへふらりとやってきたのもその頃だったな」


 「そうそう、懐かしいな。……それはさておき、僕はこうしてこの世界でマイペースに生活してるってわけさ。ちなみに僕以外の魔術師をこの世界で見たのは、今日が初めて。少なくともこの街には彼と僕以外の魔術師は居ないだろう。いたとしたならそれはきっと……」


 「きっと、何?」


 「僕らよりも強い。生殺与奪の権は向こうに握られているだろうさ」


 まるで時が止まったような静けさ。乾いた口を癒そうと飲んだオレンジジュースが普段よりもキンと冷えているような――あるいは、流れている音楽がうまく聞こえないような、そのような感覚を三者とも感じ取った。

 ああ、これは恐がらせすぎた。と彼は困り顔で笑う。


 「ま、まあ大丈夫。あくまで仮定の話さ。それに、詳しいことはそこにいる彼が目覚めてから話をすればいいよ。僕は彼よりも魔術師としての実力が低いから。あ、一応言っておくけど僕は犯人じゃないからね! あんな破壊をしろと言われても今すぐ撃てたりしないから!」


 今更自身への弁護を必死に捲し立てるユグに、思わず少女も笑いを零す。ここにきてようやく見せた、古詠の明るい表情だ。


 「不思議な人だね、ユグは」


 との言葉に、彼は微笑みで返す。

 このような一幕がありつつ、古詠とユーゲンは喫茶にて一晩を過ごすことになった。喫茶二階の店主の自宅にある一室を借り、古詠は律加と共に就寝する。二人はともにユーゲンとの出会いを話し、特に律加は明るく優しい性格だった為、すぐに打ち解けあった。古詠も少し落ち着き、少量ながら夕食を取ることができた。


 「明日、もしユーゲンさんが目覚めたら、古詠ちゃんの事も教えてね」


 「うん。きっともう少し話さなきゃいけないと思うから、私も頑張る」


 こうして夜は更けていった。ちなみに、ユグも喫茶に泊まりたいと子供のように駄々をこねたが、店主の腕っぷしにより放り出されてしまった。一度に四人も泊まらせるスペースはこの家には無かったのだ。夜十時過ぎにとぼとぼと歩いて帰るその姿に、古詠も少し悲しみを覚えた。しかし律加曰く、これは日常茶飯事で明日になればまたいつも通りになるとのこと。



 ●



 朝日が射す。長い事休息を取っていた彼の身体は再び活動を始めようと、めいっぱいに魔力を走らせる。腹は空腹を訴え、喉は渇きを主張する。それを克服するために、脳は目覚めを訴える。こうして彼――ユーゲンは激闘を越え復活した。それをいち早く知ったのは、日課の掃除をしようと降りてきた店主である。


 「起きたか、体調はどうだ。今すぐあの子を呼んでこよう」


 「そうだな、そうしてくれ」


 しばらくして律加と古詠が下に降り、騒がしくしながら皆で朝食を取ることになった。


 「ユーゲン……あの、最初にどうしても言いたいことがあって」


 「どうした? 卵焼きの味付けか?」


 「そ、そうじゃなくって!」


 そういえばこいつは甘い方が好きだったなとユーゲンは思い出したが、当然そのことではない。古詠は顔を赤らめて、ひどく緊張している。陰ながら、律加からの応援を受けて少女は勇気を奮った。


 「――ありがとう、ユーゲン。私を助けてくれて」


 震えた声が紡いだのは、偽りのない感謝の言葉だった。

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