第22話メイド メアリー


ララー様のお付きのメイドは、私とは無駄なことを一切喋らない。

いや、普段から無駄話はしない主義なのかもしれないが…


なんだかさっきからチラチラ見られている…ような気がする。

気のせいか…うん、気のせいだろう…

気まず過ぎるので、必要もないのにランドセルの留め具を開けたり閉めたりして時間が過ぎるのを待っている。


「…あの」

「っひゃいい!」

突然話しかけられて、変な声をあげてしまった…ああ、恥ずかしい。

「あ、すいません…お髪が乱れているのが気になってしまって…」

「本当ですか?あれ、どこが変かな?」

「その、失礼してもいいですか?」

「ん?はい…」

そういうとメイドさんは私の座っている椅子の後ろに陣取り、どこからか櫛を取り出し、私のポニーテールを直し始めた。


久しぶりに人に髪を触られている…

この世界に来てから、いい美容師を見つけられなくて前髪は自分で切っているが、後ろは伸ばしっぱなしの状態だ。

「すごく…いい髪質ですね…」

「そ、そうですかね?自分じゃよくわからなくて」

「太すぎず、かといって細くない。ほどよくしなる髪で、艶やか…健康的な髪ですね…」

先ほどまでつっけんどんな態度だったメイドさんが、意外と話してくれる…

「あ、ありがとうございます。私はメイドさん…メアリーさんの綺麗な栗色の髪も憧れますよ!」

「そうですか?こちらではありきたりな髪です。この黒でストレートの髪、羨ましいです。ララー様の髪は、その、繊細で時間がかかるので…」

「そうなんですか?いつも髪のセットをメアリーさんがされてるんですか?」

「公貴な方はご自身で身支度なんてなさいません。私どもの仕事です」

そういうと彼女はちょっとキツめに私の髪を引っ張った。

「あ、ごめんなさい…」

「いえ、まあド庶民にはわかりませんよね…」

なんでこう、私の周りの異世界人は嫌味ったらしい人ばっかりなのだろうか…


しかし、人に髪を触られるとなんだか眠くなってくるな…

「…はい、できました」

「は、はい!」

これまたどこからかメアリーさんは鏡を2枚取り出し、1枚は私の前に、もう1枚は後ろ髪が見えるように持ってくれた。

「わあ!かわいい…!」

ポニーテールを直してくれているだけだと思っていたのだが、結び目のところで少量の毛束でリボンを作ってくれていた。

「え!めっちゃかわいいです!すごい!!お上手ですね…!!」

心の底から褒めちぎると、表情の少ないメアリーさんが少しはにかむ。

「ハルカ様の髪の毛を触ってると、ちょっと遊んでみたくなってしまいまして…」

「すごい…遊びで短時間でこんなアレンジできるって、天才ですよ!」

「いや、それほどでも…」


「あら、メアリーったらまたヘアアレンジしてるの?」

「おかえりなさいませ、ララー様」

「ララー様!メアリーさんってすごいですね!髪の毛のアレンジがお得意なんですね!」

「髪の毛だけじゃないんですの!お化粧もいつも上手くしてくれて…この子がいないと、わたくしなんて10歳は老けて見えますわ!」

「そんなことございません。ララー様は私がいなくてもお美しいです」

「あら〜メアリーったら、いつもありがとう!」


「ハルカちゃん見て!これ!」

葵さんの手には美味しそうなクッキーが山のように盛られたカゴバックがあった。

「わあ!美味しそうなクッキー…って、え?」

近くでちゃんと見ると、漢字の『愛』という字がアイシングされていた。

「愛…ですか?」

「そうですの!アオイ様に日本語を教えていただいているので、私の好きな漢字をアイシングしてみましたの!」

「そ、そうですか…」

「他には…『本気マジ』や『夜露死苦よろしく』などですわ…!」

「流石ララー様です。言語習得もお手のものですね」

メアリーさんが静かに拍手をして、主人を称賛する。


いや…そっちの『夜露死苦よろしく』って、今時のヤンキーでも使わないでしょ…!

パステルカラーで誤魔化されているようだが、抑えきれない素行の悪い文字が羅列されているのは、なんとも言い難い気持ちだ。


葵さん、あなたは一体何を教えてるんですか!


「漢字のアイシングだけでなく、クッキーは米粉で作ったのです!

メアリーからお墨付きもいただいているわたくしの力作でございます!

さあ、さあ!お召し上がりくださいませ!」


クッキーは非常に美味しそうなのだが…

いかつい当て字クッキーということもあり…、なかなか手が出しづらいのだが…

メアリーさんが遠くから『ララー様が手作りした貴重なお菓子を食べないとは不敬罪で死罪になれ…!』という念を感じた…。


「わ、わーい。ありがとうございます…!」

どの文字なら罪悪感無く食べられるか…迷い手ををカゴの上で繰り出してしまった。

やっぱり、『愛』…だろうか…


私はアイシングを見ないように一口食べた。


「ん!!美味しいです!!!」

アイシングが甘い分クッキー本体の甘さは抑えられており、サクサクの食感が最高にマッチしてりる。

「気に入っていただけて何よりですわ」

メアリーさんが後方腕組みの形で頷いていた。

「本当に美味しいです!ララー様はお料理もお上手なんですね!」

「趣味でたまに作っているだけですわ!今度はアオイ様も一緒にクッキーを作りませんこと?」

「ぜひ!私も昔はお菓子作りしてたんです!よろしくお願いします!」


憧れの綺麗なお姉さんの葵さんと、憧れの王族のお姉様ララー様が…

ヤンキー当て字クッキーを作る光景は私としてはあまり見たくない…

なんかもっとこう、お花を描くとかできませんかねえ…

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